77.イオアナ、最底辺まで落ちぶれ闇落ちする
鑑定士アインが、精霊たちと楽しい日常を送る、一方その頃。
レーシック領を流れる河川。
その下流にて。
「ゲホッ! ゴホッ! ゲホッ!」
魔族イオアナは、川から上がり、大の字になって寝ていた。
「ぢぐしょ~……」
イオアナは、先日アインの炎攻撃を受け、命からがら、逃げてきたのだ。
そこから川に流され、翻弄され……。
やっとの思いで川から脱出したときには、精も根も尽き果てていた。
しばし、その場から動けなかった。
一夜が明けて、ようやく動けるようなった。
「なぜだ……体力が、以前のようにすぐ回復しない。いったいどうなってるんだ……?」
重たい体を引きずりながら、イオアナは歩く。
「アインめ……今度こそ……今度こそ……」
と、そのときだった。
「おや~?」
「そこにいるのって、魔公爵のイオアナ様じゃねー?」
森の茂みから、魔族が2人、現れたのだ。
「君ら……なに?」
「おれらこれから、王都に行ってちょっと観光にーって思ってさ」
「なっ……!? お、おまえらアインを倒しに魔界からやってきたんじゃないのか!?」
イオアナを見て、魔族二人がぷっ……と噴き出す。
「いやもうそういうの、ダサいっすよ」
「そーそー。どーせあのバケモノ級に強いアインなんて、だーれも倒せないんですって」
「最近じゃ、アインの強さが魔族連中に伝わってるのか、人間界へ行くやつら減ってるって話っすよ~」
それを聞いたイオアナは、ぎり……と歯がみする。
「おまえら……恥ずかしくないの?」
「は? なんすか急に?」
「魔族として恥ずかしくないのかって言ってるんだ! 人間ごときサルに負けるならまだしも! 戦うのを最初から諦める? 魔族としての誇りを忘れたのか!?」
すると魔族たちが顔を見合わし、ゲラゲラと笑う。
「な、何がおかしい!?」
「いや誇りってさぁ……イオアナ様」
「あんた……アインの寝込みを襲おうとして、返り討ちに遭ったんだって?」
「なっ!? ど、どうしてそれを!?」
その現場は、誰も見ていないはずだった。
しかし、なぜかこの低級魔族どもは知っている。
「いやぁ、ぷぷっ! 上級魔族様はすることが立派だなぁ!」
「敵が寝てるところを襲うなんてなぁ! その上で負けるんだから、ほんとたいした御方だよ!」
「「ぎゃはははは!」」
ギリ……とイオアナは拳を強く握りしめる。
「う、うるさい! だまれぇえええ!」
イオアナは、闘気を乗せた一撃を、魔族たちにお見舞いしようとした……そのときだ。
ぺちん………。
「は? な、なんで!?」
イオアナは自分の拳を見やる。
確かに闘気を乗せて、拳を繰り出したはず。
本当だったら相手は一発で消し飛ぶ。
「ぷぷっ! なんですかそのヘロヘロのパンチ~?」
「パンチっていうのは、こうやるんだよっ!」
バキィッ……!
「ぐぇえええええええええええええ!」
魔族からの一撃を受け、イオアナは吹っ飛び、無様に地面に転がり込んだ。
「うっわ、よっわ! おれら男爵級だぜ?」
「うわー……【言ってたとおり】だったわー。まじ、弱くなってるんだなぁ~」
「つーか、下級魔族に負けるのってどうなん? 仮にも元は上級魔族だったのに」
「なんつーか……落ちぶれちまったな。いこうぜ、萎えたわ」
魔族たちは白い目でイオアナを見下ろすと、そのまま立ち去っていく。
イオアナは脳しんとうを起こし、その場で、気絶する。
……ややあって。
「…………ちくしょう」
イオアナは、目を覚ます。
無様に、地面に大の字で寝ていた。
「ちくしょう……なんでだよ……。どうして、あんな雑魚にまで負けるんだよぉ……」
元上級魔族だったという事実が、イオアナをさらに惨めにさせた。
うっ、うっ……と泣いていたそのときだった。
「それはねイオアナ。闘気の大部分を、アインに吸収されたからよ」
「え、エキドナ様っ!」
ダークエルフの美女エキドナが、イオアナをのぞき込むようにして立っていた。
「こんばんは、イオアナ。いい夜ね」
「エキドナ様! さっきのはどういうことなんだよ!?」
「アインは精霊の剣と言って、闘気を吸収する特殊な剣を持っているの。挑んで負ければその都度、闘気を吸い取られる。あなたは3度負けた。その分莫大な闘気を持って行かれたの」
「だから……男爵級の雑魚に負けたのか……」
合点がいったが、しかしじゃあどうするか?
「闘気は、どうやったら戻るんですか!?」
「残念だけど失った闘気は、もう戻らないわ」
「そんなぁ~…………」
深い絶望に、イオアナは見舞われる。
「いやだよぉ……ボクは、もう一度魔公爵になるんだぁ……こんなところで、終わりたくないよお……」
情けない声を上げ、涙を流していた……そのときだ。
「一つ、手がないこともないわ」
エキドナが微笑みながら、イオアナのそばにしゃがみ込んだ。
右手を差し出す。
その上には、赤い結晶が乗っていた。
それは目玉にも似た形をしていた。
「エキドナ様……これは……?」
「これを取り込めば、あなたは莫大な闘気を取り戻し、以前よりも遥かに強くなれるわ」
「ほっ、ほんとですかっ!?」
イオアナは赤い目玉を手に取ろうとして……躊躇する。
「…………」
「どうしたの?」
「いや……その……なんだか、いやな予感がして……」
どくん、どくん……と、エキドナの手の上の目玉が、脈動している。
ギョロッ! と目玉が動いて、イオアナの目と会う。
表現できない恐怖を感じた。
「そう……」
エキドナが落胆した表情で言う。
立ち上がって、イオアナを見下ろす。
「じゃあそこで一生、虫けらのように転がってなさい」
きびすを返すと、エキドナは立ち去ろうとする。
「ま、待って!」
イオアナは体に残ったの力を振り絞り、エキドナの足にしがみつく。
「お願いします! それを……ボクにください!」
エキドナがしゃがみ込む。
「そう、良い子ね。さすが元とはいえ魔公爵だわ。強さに貪欲な子、わたし、大好きよ」
エキドナが、赤い目玉をつまんで、イオアナの眉間に押しつける。
ズブッ……!
「ギャァアアアアアアアアアアア!!」
突如、イオアナの体に、激しい痛みが走った。
目玉から、凄まじい量のエネルギーが流れ込んでくる。
否、流れすぎて、体の中に入りきらない。
エネルギーはどんどんと、イオアナの体に蓄積されていく。
その体に収まりきれなくなったのか、徐々に、イオアナの体が膨れ上がっていく。
メキッ! メキメキメキメキッ!
体がきしむ。
肉が膨らむ。
さっきまで通常サイズだったイオアナは、今は見上げるほどの巨体へと変貌していた。
メキメキッ! メキメキメキメキッ!
なおもイオアナは、膨れ上がる。
膨張はもはや、誰にも制御できないようだった。
「さぁ、坊や。第2ラウンドよ。はるか巨大な敵に、あなたはどう対処するのかしら?」




