76.鑑定士、日常の片手間に魔族を倒す
イオアナ襲撃から、数日後。
朝。
レーシック領内の村にて。
「ふぁぁ~……」
俺はベッドから体を起こす。
そばには、獣人メイドのミラが控えていた。
「おはようございます、アイン様。昨日はよく寝られましたか?」
「最高。ぐっすり眠れたよ」
着替えて、ミラとともにリビングへと行く。
「アイン、さん♡ おはよー♡」
精霊ユーリがいた。
すでに食事を取り終えてるようだ。
「すぐに朝食をご用意いたします」
ミラがキッチンへと、いそいそと移動。
俺がいるのは、村の中にある領主の館だ。
元はカタリナが使っていたのだが、そこを俺が使わせてもらっている。
「ん?」
「アイン、さん。どー、したの?」
「いや、魔族が来たみたいだ。ちょっと様子見てくる」
俺は立ち上がる。
ウルスラが転移魔法を使用。
こんなふうに、彼女の魔法で、俺は敵の元へと運んでもらっている。
転移結界にひっかかった敵は、レーシック領内の草原へと飛ばされる。
「お、いたいた」
両手を失った魔族が、その場に倒れている。
近くには、陽炎分身で作った、俺のコピー体があった。
「俺が寝てる間に、ご苦労さん」
分身体はうなずいて、脇に避ける。
「な、なんだ!? なんでアインが二人居るんだ!?」
「こっちは俺のコピー。強さは俺に遠く及ばないけど、おまえ程度の魔族なら、ひとりで倒してくれるんだよ」
「き、貴様! わ、われを侮辱する気か!? われは子爵級魔族の」
「うるせえ」
分身体は、手に持っている精霊の剣で、魔族の体を切った。
ズバアアアアアアアアアアアアアン!
跡形もなく、魔族が死亡。
精霊の剣の中に、闘気が溜まっていく。
「アインよ。分身体に闘気を使わせるのも、だいぶ慣れてきたな。さすがだ」
ウルスラが感心したようにうなずく。
分身に精霊の剣を持たせていれば、そこに溜まった闘気を使って、攻撃させられるのだ。
それに気付いてから、魔族の討伐がより楽になった。
男爵~子爵級魔族の討伐は、すべて、分身体に任せている。
その後。
俺は魔法で、村まで送ってもらう。
「アイン様。朝食の準備が整いました」
テーブルの上には、ミラの作った料理が並んでいる。
どれも、めちゃくちゃ美味い。
「アイン、さん♡ あーん♡」
ユーリが俺の隣に座り、卵焼きをスプーンですくって、俺に食べさせようとする。
「あーん♡」
「あ、あーん……」
そんなふうに朝食を取った後。
俺はアリスとともに、ひなたぼっこする。
領主の館の裏庭は、ミラが手入れしてくれたおかげでだいぶキレイだ。
創樹の力で作ったベンチに、俺とアリスは並んで座る。
「…………」
アリスは、禁書庫から持ってきた本を、俺のとなりで読んでいる。
俺はぼんやりと空を眺めていた。
「なぁ」
「……なに?」
「おまえまた、本が逆さまだぞ?」
「……そ、そう」
あせあせ、とアリスが本を正しい位置に戻す。
「あ」
「……なに?」
「敵だ。ちょっと行ってくる」
「…………」
アリスが俺の腕を、軽く引く。
「すぐ帰ってくるって」
「……待ってる」
俺はうなずいて、ウルスラに転移してもらう。
草原には、伯爵級魔族(序列3位)が、分身体を相手に、話していた。
「こんなひ弱そうなガキが? 魔族を倒しまくっている【魔族狩り】だって? 笑わせるな!」
「それは俺の分身だぞ? 本物と偽物の区別も付かないおまえの方が笑いものだな」
「う、うるさい!!!」
伯爵級が、俺めがけて腕を振るう。
俺は分身体から剣を受け取る。
「【超鑑定】」
動体視力を向上。
伯爵級の動きが止まる。
その間に、闘気を乗せた一撃をおみまいする。
ズバンッ……!
「ふぅ……。後任せた」
伯爵級をワンパンで倒し、俺はウルスラに転移してもらって、庭へと戻ってくる。
「アリス。……アリス?」
アリスは、ベンチ座ったまま、眠っていた。
俺はそのとなりに座り、ぼんやりと空を見上げる。
こてん……とアリスが、俺の肩に頭を乗せてきた。
「なぁ」
「…………」ぴくっ。
「風邪引くぞ?」
「…………」ぴくぴくっ。
「ほんとは起きてるだろ?」
「…………」しーん。
俺はため息をついて、目を閉じる。
アリスの髪の毛からは、花のような良い匂いがする。
ウトウトしていると……俺はいつの間にか、眠ってしまった。
ややあって。
夕方。
「ふぅー……」
レーシック領内の温泉へと、俺は訪れていた。
「あーん、お兄さーん。どうして結界張ってるの~?」
結界の外から、ピナの声がする。
「おまえがいるとゆっくり風呂に入れないからな」
「お風呂イベントがっ。楽しいラッキースケベ空間がぁ!」
落胆するピナを、俺は無視する。
「おにーちゃんおにーちゃんっ」
となりに座る、メイが、俺の肩を叩く。
「どうした?」
メイは俺の前にたち、前屈みになる。
「めーに、よくじょうしますかっ?」
「あー、するする。めっちゃするわー」
「やったー! ……ところでおにーちゃん? よくじょーって、なんですかー?」
「風呂場のことじゃないか?」
そのときだ。
「ちょっと出てくるな。また伯爵級だ」
俺はザバッと上がり、脱衣所へ向かう。
脱衣所では、結界に顔をおしつけたピナが居た。
「おまえ何してるんだよ……」
「お兄さんがメイちゃんとあーん♡ なことになってないか気になってね☆」
「メイを風呂に入れただけだ。それより後頼む」
「また敵? 伯爵級なら楽勝なんでしょ?」
「分身が伯爵を倒せるか、確認しておくんだよ」
「はいよー。いってら~」
俺はウルスラに頼んで、また草原へと運んでもらう。
ちょうど、分身が伯爵級と斬り合いをしていた。
「ふははっ! やるな! だが私の剣は伯爵の中で随一!」
キンキンッ!
「むぅ! 今のをこう返すか! やるな、サルのくせに!」
がギンッ! キキキンッ!
「くっ……! 押されてきた! ま、まだまだぁ……!」
ガガガッ! ガキガキッ! ギンッ……!
分身体の剣が、伯爵魔族の剣を弾き飛ばす。
「ふっ……私の負けだ。やるな、アイン。噂に聞いてたとおりの、強き男よ」
「いや、それ俺の本体じゃないぞ?」
「ほげぇええええええええええ!?」
驚く伯爵級に、分身体が、闘気を乗せた一撃をお見舞いする。
ズバァアアアアアアアアアアアアアン!
分身体が、敵を撃破。
「さすがとしか言いようがないな、アインよ。分身体に闘気を使わせるなど、誰にもできることじゃない」
「どうも。これで伯爵級も分身体に任せてオッケーなことがわかったな」
俺はウルスラに転移してもらい、温泉へと戻ったのだが……。
「アイン、さーん♡」「みんなでお風呂入ろうぜ☆」「…………」「おにーちゃん! おふろー!」
……その後、俺は逃げようとしたのだが、精霊たちに捕まり、一緒に入ったのだった。