75.イオアナ、鑑定士の分身にすら敗北する
鑑定士アインが、精霊たちから看病を受けた、数日後。
夜。
レーシック領の森の中にて。
元上級魔族イオアナは、アインたちが泊まっている村を、遠目に見ていた。
深夜ということで、人が外に見えない。
「……今から、地獄を見せてやる」
イオアナの右手には、魔法の火の玉が浮かんでいる。
そして手を大きく振りかぶり、レーシックの村に、火を放った。
ドガァアアアアアアアアアアアアン!
魔法の炎が、村を焼く。
「燃えろ燃えろぉ! アインごと死んじまえーーーーー!」
燃え盛る炎を前に、イオアナが狂ったように笑う。
アインに何度も負けた。
今度こそ勝ちたかった。
だから、寝静まった頃合いを狙ったのだ。
「寝込みを襲おうが何しようが、勝ったヤツが正義なんだよぉ! はーはっはっはーーー!」
と高らかに笑っていた、そのときだ。
「…………」
燃えさかる炎の中で、ゆらりと立つ人影があった。
「アイン……会いたかったよぉ~……」
彼は、幽霊のように、ふらふらとした歩みで、イオアナの元へとやってきた。
その【目】に生気は無かった。
とても、【生きてる人間】には【見えなかった】。
「ははっ! ざまぁないなぁ! アイン! おまえのせいで領民は死んだんだ!」
アインは、無言だった。
うつろな目の奥には、憎しみの【炎】が見えた。
「本当は寝込みを襲って殺そうと思ったけど……まあいいや。今の憔悴しきったおまえなら! 楽勝だからねぇーーーー!」
イオアナは拳銃を取り出し、闘気を弾丸に込めて打ち出す。
ドドゥッ!
射出した弾丸が、超高速でアインへ向かって飛んでいく。
アインは精霊の剣を取り出す。
軽く、弾丸を弾く。
だが打ちもらした弾が、肩に被弾した。
「勝てる! 勝てるぞぉおお!」
イオアナは両手に拳銃を持ち、アインに発砲する。
アインはこちらに近づいてくる。
だがやはり精神的ダメージが大きいのだろう。
彼の剣は、以前のような冴えはなかった。
銃弾を撃つ。
彼が弾く。
彼が剣を振る。
イオアナがそれを避けて撃ち返す。
さすがというべきか。
彼は精神的ダメージを負い、そして手負いだったにもかかわらず、イオアナと互角だった。
だが……。
ドドゥッ! ドドゥッ!
アインの剣を回避し、その両腕に弾丸を撃ち込んだ。
彼の手から、剣が落ちる。
「ははっ! 武器が落ちてるぞアインくんよぉおおおおおおお!」
ドドゥッ!
今度は両足を狙う。
足に傷を負ったアインが、がくっ、と膝を折る。
「どうしたもうお仕舞いか!?」
イオアナが銃口を、アインの眉間に突きつける。
その引き金を引こうとした……そのときだ。
バッ……! とアインが地に伏せる。
「なに!?」
アインは、落ちている剣を口でくわえると、超高速でイオアナに肉薄する。
「くっ……!
ドドゥッ!
イオアナの銃撃を、彼は間一髪で避ける。
そして口にくわえた剣で、イオアナの右腕を切り飛ばす。
「ひぃっ……!」
アインはそのまま、体を回転させ、イオアナの首を撥ねようとする。
「う、うわぁあああああああ!」
イオアナは目をつぶり、死を覚悟した。
……しかし。
「………………あれ?」
いつまで経っても、イオアナに攻撃が来ない。
不審に思って目を開ける。
そこには……地面に倒れた、アインの姿があった。
「はぁッ、はぁッ、はぁッ、な、なにがどうなった?」
アインの両手足、そして腹部から、大量の血がもれていた。
どうやら彼がとどめを刺す前に、血を失いすぎて、アインは死んでしまったのだろう。
「はは……な、なんだよ……びびらせやがって……」
イオアナはその場にへたり込む。
恐怖で膝が震えていた。
しかし……。
「あはは! 勝った! 勝ったぁあああああああ!」
イオアナは狂ったように叫びながら、アインの死体を踏みつける。
「どうだ!? サルめ! ボクを散々! こけに! しやがって!」
アインの死体を、何度も何度も踏みつける。
そして彼の死体に、銃弾を撃ちまくる。
「見てくださいましたかぁ!? ボクは勝ちましたよぉーーーーーー!」
イオアナは天を仰ぎ、大声で叫んだ……そのときだった。
『いったい、誰にだよ?』
むくり、とアインが起き上がったのだ。
「は……? はぁああああああ!? アイン!? な、なんで!? 何で生きてるんだよぉおおお!?」
ズタボロだったアインが、立ち上がっている。
『まず、周りをよく見て見ろ』
イオアナが言われたとおり、炎で廃墟と化した村を見やる。
しかし……。
「なっ……! 村じゃない! これは……ただの木か!」
焼け焦げたそれらは、木でできた偽物だった。
『俺が創樹の力で作った、木の模型の村だ。暗かったせいで本物と見間違えたんだろ』
「ばっ、バカな!? じゃ、じゃあ目の前のアインは……って、なんだこれは!?」
アインだと思っていたものは、炎の塊だった。
人間の形をしてはいるが、まごう事なきただの炎。
『そいつは陽炎分身。炎で作った俺の分身だ。幻術と併せて本物そっくりの質感、手応えを演出して見せた』
イオアナはその場で、膝をつく。
『おまえらが昼夜問わずやってくるからな、俺が寝てる間、魔族の相手をそいつにやらせてたんだよ』
アインの説明は、しかしイオアナの頭に微塵も届かない。
『眷属操作と並列思考を応用し、自動で動くようにした。強さは数段落ちるけど、イオアナ相手でも結構やれることが実証された。実験につきあってくれてありがとな』
「そんな……ボクは、木偶人形を倒して勝ち誇ってたのか……」
ゆらり……とイオアナが立ち上がる。
「……どこまでも、ボクをこけにしやがってぇえええ!」
イオアナは、銃口を炎の分身めがけてかまえる。
だが分身は、イオアナが発砲するよりも早く動く。
イオアナの手を、剣で切り飛ばし、心臓に刃を突き刺した。
そして分身が炎の塊へと変化し、そのままイオアナの体を焼く。
「ぎゃぁあああああああああああ!!!」
イオアナは炎に飲まれ、その場で無様に転がり回る。
「熱いぃいいいいいいい!」
ゴロゴロと転がりながら、イオアナは炎に身を焼かれ続けた。
『……おまえさ、やっぱ学習しないよな。こんだけ敵を送り込ませ続けたら、相手も対策取るって、普通なら考えるぜ?』
アインの声が、冷たく響く。
「くそがぁあああああああああ!」
イオアナは炎に焼かれながら、必死になって逃げる。
もう死ぬ! と思ったそのとき。
がッ……!
どぼぉーーーーーーーーーん!
イオアナは、レーシック領に流れる川に、落ちたのだった。
「げぼっ! ごぼぼぼっ! ごぼぉおおおおおおおお!」
炎は消えたが、激しい川の流れに、なすすべ無く翻弄される。
息ができない。
もがき苦しみながら……やがてイオアナは意識を失ったのだった。




