71.イオアナ、仲間からバカにされたあげく降格
鑑定士アインが、精霊ユーリと楽しくデートしている、一方その頃。
魔王城の大会議室にて。
イオアナに対する処分を検討する会議が行われていた。
「…………」
円卓を取り囲むのは、12人の公爵(上級魔族)と、エキドナだ。
公爵たちは全員、イオアナに同じ表情を向ける。
侮蔑、そして嘲笑。
「ほーらやっぱり負けてんじゃん!」
「ほんと、あんだけイキってて負けるなんてね。傑作だわ」
前回彼らは、ヒソヒソ声で悪口を言っていた。
だが今日は、遠慮せず悪意をぶつけられる。
今ここは、そういう場だからだ。
「まったく! 侮って負けるのも度しがたいが、闘気を使って負けるなど言語道断!」
「ちょっと実力を疑っちゃうよね~。イオアナ、君本当に上級魔族なの?」
「ほんとはサルなんじゃねのぉ? あ、サルに負けたから、サル以下か! ギャハギャハ!」
上級魔族が、本気を出して、人間に負けた。
擁護の余地もない。
だから、エキドナも魔公爵たちに注意をしなかった。
「…………」
イオアナの体は、数日ですっかり再生している。
魔族は人より再生能力が高い。
上級となれば、新しい体を1から作ることも可能だ。
しかし傷ついた名誉、そして自尊心は、修復不可能だった。
「おいおいなんとか言えよクソ雑魚イキリ野郎」
上級魔族たちは、ここぞとばかりに、イオアナを責める。
「若くして上級入りしたエリートの天才くんよぉ、本気出して負けるってどんな気分? ねえねえどんな気分?」
「ボクは、エリートなんだぞぉ! サルに負けたけど、最年少で上級になったエリートなんだぞぉ!」
「……うる、さいなぁ!」
イオアナは顔を真っ赤にして、机をダンッ! と拳で叩く。
「アインと戦ったことのないやつに、とやかく言われる筋合いはないよ!」
だがイオアナがいくら凄んでも、この場に居る目の色は、誰一人として変わらない。
「ぷー。顔真っ赤にして。なになに? マケイヌの遠吠えですか~?」
「やめろ。負けた言い訳など聞きたくない。これ以上の恥上塗りはやめろ」
「そうだぞ! 上級魔族の恥さらしめ!」
イオアナは首を振って、声を張る。
「違う! 違うんだ! 聞いてよ! ヤツは! アインは人間のくせに闘気をーー」
と、彼らにアインの強さを説明しようとした、そのときだ。
「イオアナ、もうその辺にしておきなさい」
今まで黙っていたエキドナが、口を開いたのである。
いつもは微笑みをたたえている彼女。
しかし今、イオアナを見る目は限りなく冷たかった。
まるで、ゴミを見るような目だった。
「エキドナ様! もう一度! もう一度アインと戦わせてよ!」
イオアナは立ち上がり、切羽詰まった声で言う。
「今度は負けない! あいつの首を取ってくるからさぁ……!」
しかしその場に、しらけたムードが漂う。
公爵たちは、呆れた表情でため息をついてた。
「ここまで来るとさーなんか哀れよね」
「う、うるさい! そんな目で! ボクを見るなぁああああああああああ!」
魔公爵のひとりに、イオアナが拳銃を向けた、そのときだった。
「イオアナ。いい加減にしなさい」
イオアナは気付くと、エキドナの手の上に居た。
「は……?」
一瞬、何が起きたのかわからなかった。
だがすぐに理解する。
遠くに、イオアナの体が、倒れていた。
首から下がない。
イオアナの頭部だけが、エキドナの手の上に乗っていたのだ。
「イオアナ。あなたにはすごく、期待してたのよ?」
エキドナは指先から、血を滴らせている。
おそらくあの一瞬で、イオアナの首を切断したのだろう。
「けれど二度のミスをしただけでなく、反省もせずに負けた言い訳をする。あなたには心底、失望したわ」
深々と、エキドナがため息をついた。
「そっ、そんな! まっ、待ってよ! ねえ待って! 見捨てないでよ! エキドナ様ぁ……!」
子供のように、イオアナが情けない声で言う。
「お願いだよ! もう一回チャンスをくれよぉ!」
「ダメ。あなたは二度のチャンスをふいにして、あなたは私の期待を裏切った。もうあなたは……不要」
「ふ、不要って……まっ、まさか……ぼっ、ボクを殺すの?」
「いいえ、そんなことはしないわ。ただ、あなたの座っている席から、外れてもらうということ」
「そ、それって……いっ、嫌だっ。認めない! そんなの認めないぞ!」
公爵たちは、嘲笑を浮かべながら言う。
「見苦しいぞ元エリート。エキドナ様のいうことは絶対なんだよ」
「そうだそうだ! おまえの降格は決定事項なんだよ! ばーーーーーか!」
「当然の結果だ。サルに二度の敗北。しかも闘気を使って負けるなど、我ら上級魔族にふさわしくない!」
「つーわけで元エリートのクソ雑魚イオアナくんは、負けた責任をとって降格。1個下の侯爵からやりなおしでぇす!」
「「「ギャーハッハッハーー!」」」
……ギリッ、とイオアナは歯がみする。
噛みすぎて、バキッ……! と奥歯が割れた。
「さよなら、イオアナ。今までよく働いてくれました」
エキドナがこつ……こつ……と歩く。
会議室のドアを開ける。
「ま、待ってエキドナ様! お願いだ! もう一度! もう一度チャンスを!」
……と、そのときだ。
イオアナは気付けば、魔王城の外で転がっていた。
また、エキドナが能力を使って、一瞬でここまで運んだのだろう。
「…………」
冷たい地面に、イオアナは無様に転がっている。
「チクショウ……」
怒りの炎が、体の奥から湧き上がってくる。
「チクショウチクショウチクショぉーーーーーーーーーーーーー!!」
イオアナの叫び声が、魔界の空に響く。
「これもすべて全部! あのアインのせいだ! ボクを馬鹿にしやがって! あのクズが! あのサルがぁーーーーーーーーーーーー!」
憎しみで人を殺せるなら、アインはとっくに死んでいるだろう。
しかし現実問題、そんなことはあり得ない。
今もどこかで、あのサルは、アホ面をさらして生きてるのだ。
言うに事欠いて、サル以下と言った、あのサルは。
「殺す! 絶対殺す! 覚えてろよあのクソ猿! 絶対に! 絶対に許さないからなぁーーーーーーー!」




