69.鑑定士、黒幕と出会う
魔族イオアナを倒した、その直後。
第4隠しダンジョンの、入り口付近の森にて。
「くそがぁーーーーーーーー!」
俺の足元には、首だけになったイオアナが転がっている。
「認めない! こんなサルにこのボクが! 負けるわけがないんだーーーーーー!」
こいつ、首を切断したのにまだ生きてるのか。
なんという生命力だ。
「極大魔法で粉々にするしかないか……」
俺は右手を、イオアナに向ける。
「やっ、やめろっ! ボクを誰だと思ってるんだ! こんなところでサルに殺されていい人材じゃないんだーーー!」
「【煉獄業火球】」
俺の右手から、凄まじい熱量の炎が、放出される。
ドガァアアアアアアアアアアアアアン!
「……やったか?」
爆風と煙が収まる。
地形ごと、跡形もなく吹き飛んだ……と思った、そのときだった。
「さすがね、極大魔法を使えるなんて」
中空に、誰かが浮いていた。
そいつは、ダークエルフの、妙齢の女だった。
「ごきげんよう、可愛い鑑定士さん」
ダークエルフはクスっ、と笑う。
ユーリたちに負けず劣らずの、美人だった。
だがその目は、笑っていても、冷たかった。
「おまえは……見覚えがあるぞ。確か、シャドウって魔族に、俺の暗殺を依頼したダークエルフだな」
以前魔族が、俺を暗殺しかけたことがある。
そのとき、アリスの【千里眼】で、依頼主の顔を見たことがあった。
そいつと、目の前の女とが、合致したのである。
「さぁ? どうかしら。仮にそうだとして、本当のことをあなたに教える必要があるとでも?」
ウルスラ、鑑定を。
『ダメじゃ。鑑定を無効化された。情報が読み取れぬ。この女。強力な隠蔽の術を使っておる』
本人から、聞き出すしかないか。
「……どうして俺を殺そうとする?」
俺が中空のダークエルフをにらんだ、そのときだ。
「それも答えられないわね」
「ッ!」
女が、俺のすぐ目の前に移動していたのだ。
動きが、神眼でも目で追えなかった。
ダークエルフは、俺の左頬に手を当て、左目を至近距離で見やる。
「4つ。ふふっ、順調ね」
俺は精霊の剣を出し、女に斬りかかる。
だが剣は空振り。
「坊や、素敵な目をしてるわね。けど……まだ足りないわ」
またダークエルフが、宙に浮かんでいた。
こいつ、いつの間に移動してやがった……。
「もっと集めなさい。もっと力をつけなさい」
「……なんでてめえにそんなこと命令されなきゃいけないんだよ」
「それが、わたし【たち】の願いだからよ。いずれわかるわ」
すぅ……とダークエルフが上昇する。
上空には、【穴】が空いていた。
以前イオアナが逃げたとき、空いた穴と同じだった。
「この子は回収させてもらうわね」
女の左脇に、イオアナの首があった。
「下ろせクソ女! アインを殺す! 殺させろ!」
「……黙りなさい」
女が冷たく、イオアナを見下ろす。
「あなたには約束通り、責任を取ってもらうわよ」
びく……! とイオアナが萎縮し、気を失った。
「ごめんなさい坊や。もっとおしゃべりしたいけど、わたしも忙しいの。これで失礼するわ」
「逃がすと思うのか?」
俺は攻撃しようとした、そのときだ。
「ギャオオオオオオオオオオオオオオ!」
遥か上空から、巨大な竜が、俺の目の前にやってきたのだ。
『天竜じゃ。古竜の一種。SSランクじゃがベヒーモスやヒュドラより遥かに強い』
「じゃまだ! どけ!」
俺は精霊の剣に闘気を込めて、【斬撃拡張】で【居合抜き】をする。
ズバァアアアアアアアアアアアアン!
天竜は俺の一撃を食らい、真っ二つに切断された。
ドシーン……と、天竜が倒れる。
『さすがね、坊や。SSランクを1撃で倒すなんて』
だがそのときには、あのダークエルフの女は消えていた。
『精霊を集め、より強大な力を手にしなさい。そうすれば、いずれまた道が交わることもあるでしょう』
その声を最後に、空中の穴が塞がった。
後には俺たちと、そして天竜の死体だけが残った。
パァ……と左目が光り、精霊たちが顕現する。
「エキドナ、姉さま……?」
「行方不明だった、おまえの長女か?」
こくり、とユーリがうなずく。
「けどさ~。なーんか見た目ぜんぜんちがくなかった~?」
「……肌の色、違う。髪の色も。そもそも種族がダークエルフではなかった」
「えーちゃんもっとやさしかったもん! あーんなこわくなかったもん!」
アリスたちは、さっきの女が姉ではない、と思っているようだ。
ユーリは女が去っていた方角を、じっと見ている。
「……姉さま。どうして? アインさん、わたしたちの、大事な人、なのに。どうして、殺そうと、したの?」
家族が人殺しをしようとしたことに、ユーリは心を痛めているようだ。
俺はユーリの頭を撫でる。
「人違いだよ。本当にエキドナなら、なんで家族であるおまえたちを見て、何も言ってこなかったんだよ」
「……千里眼で覗いても、私たちのことを何も思ってなかった。ユーリ、あの人は別人よ」
アリスがユーリの肩を優しく叩く。
「……そう、ですね」
ユーリが顔を上げ、微笑む。
「そーそー。ユーリお姉ちゃんは変に考え込むくせあるからさ~。もっと気楽に生きた方が良いよ☆」
ピナはユーリの背後に回り、大きな胸を揉む。
「ほれほれ☆ ここかっ? ここが気持ちいのっ?」
「ぴ、ぴなちゃん、やめて~……」
きゃあきゃあ、とユーリが楽しそうに笑う。
良かった……と俺は安堵の吐息をついた。
俺は彼女たちのもとを離れ、天竜の死体を見やる。
パァ……と、右目が光り、ウルスラが顕現。
「天竜から【高速飛翔】を手に入れたぞ。飛翔の上位互換じゃ。それと【召喚】の技能で天竜を呼び出せるようになったぞ」
ウルスラが天竜の鑑定をしてくれたようだ。
「ウルスラは、どう思う? あの女のこと」
「あの子たちの長女、エキドナとは似ても似つかぬ別人じゃった。ただ……」
ウルスラは声を潜めていう。
「……エキドナは妹たちと違い、複数の能力を持っている。その中に【時間操作】という能力があった。おぬしの神眼でも見切れぬあの超高速移動。時間を止めていた可能性は高い」
あの女とエキドナは、別人。
しかしエキドナの能力をなぜか使っていた(かもしれない)。
ちらっ、と俺はユーリを見やる。
先ほどまでの憂い顔はもうなく、姉や妹たちと笑っている。
「……ウルスラ。そのこと、ユーリには黙っておいてくれ」
「……わかった。不確定な情報を伝え、ユーリを不安に思わせたくないんだな?」
俺はうなずく。
ウルスラは小さく微笑む。
「おぬしは優しいヤツじゃ。ユーリを任せたのは、正解じゃった」
途中で気恥ずかしくなったのか、ウルスラがそっぽを向く。
俺はウルスラとともに、ユーリたちの元へ行く。
「さて、帰るか」




