66.イオアナ、負けたことを仲間から馬鹿にされる
鑑定士アインが、第4ダンジョンをサクサク攻略していく、一方その頃。
魔界の中枢、魔王城。
その大会議室にて。
エキドナを除いた、【12人】の魔公爵たちが集結していた。
魔界は貴族制度を取っている。
貴族は実力によって5つの階級に別れる。
公爵、侯爵、伯爵、子爵、男爵。
特に【公爵】は、魔貴族たちの中でもトップの実力を持つ。
ゆえに、公爵家の人間たちは、【上級魔族】を名乗っている。
エキドナは、会議室の円卓に腰を下ろす公爵たちを見回して、言う。
「今日はみんな、私の呼びかけに応じ集まってくれてありがとう。12人全員、欠けることなくそろってくれて嬉しいわ」
上級魔族12人が、いっせいに頭を下げる。
「さて、今日の議題は、鑑定士アインについて。みんなと情報共有がしたくて集まってもらったの」
イオアナは周囲を見渡す。
自分と同じ公爵家の人間が、11人。
その全員が、こちらをちらっと見て、影口を言ったり、クスクスと笑ったりしている。
「その前に、ちょっといいかね?」
魔公爵のひとり、最年長【ゴーマン】が手を上げる。
「何かしら、ゴーマン?」
「我ら上級魔族の恥さらしの、処遇について話し合うべきだと我が輩は思うのだがね?」
ゴーマンが、イオアナを見る。
その目は確実に、他人を馬鹿にする目だった。
残りの10人も、ゴーマンと同様、イオアナを見下していた。
「は? なにそれ? 誰のこと言ってるの?」
イオアナの声に、いらだちが混じる。
「貴様を置いて他に誰がいるのかね? イオアナ。非魔族のサルごときに負けるなんて、恥さらし以外のなんだというのかね?」
ゴーマンがフンッ、と鼻を鳴らし、見下しながら言う。
ギリ……とイオアナが歯がみする。
「ボクは、負けてない」
「これは驚いた。無様に胴を切断され、ノコノコ魔界に帰ってきた。しかも相手に一切の致命傷を与えられずに。これを敗北と言わず何というのかね?」
イオアナは何も言い返せなかった。
一方その様子を、集まっていた他の魔公爵たちが見て、ヒソヒソ声で言う。
「……いつもあんだけ大物ぶってたくせに負けるとか」
「……闘気も使えないサルに負けるとか恥ずかしくないのかしら?」
「……自分はキレると誰よりもヤバいですよ的な雰囲気出してるのに、子供に負けるんだもんなぁ」
ドガンッ……!
イオアナは拳銃を取り出し、円卓の中央目がけて発砲した。
「口を慎みなよ君たち……? 次は殺すよ?」
いつもならこれで、魔公爵たちは黙る。
しかし彼らは、クスッと笑った。
「負け犬の分際で、凄んでもなぁ」
「非魔族のサルに足をすくわれ、オメオメ帰ってきたやつのセリフだと思うと、ぜんっぜん怖くないわ」
「「「ギャハハハハッ!」」」
イオアナは歯噛みする。
拳銃を握る手に、より一層力が入る。
「……殺す」
仲間たちに向けて、発砲しようとした……そのときだ。
「イオアナ。落ち着きなさい」
手から、拳銃がなくなっていた。
エキドナが微笑んでいる。
その手には、イオアナの拳銃が握られていた。
「彼らは仲間でしょう? 向ける相手を間違えてはいけないわ」
エキドナは円卓に拳銃を置くと、慈愛に満ちた眼をイオアナに向ける。
「は? 黙りなよ。ボクに命令するな」
それを聞いた他の魔公爵たちが、抗議の声を上げる。
「なんだその言い草は!? エキドナ様は貴様を助けてくださったんだぞ!」
「ほんとよ! 【ゲート】を開くのが後少しでも遅かったらあんたは死んでたのよ!? もっと感謝なさい!」
魔公爵たちが全員、イオアナに侮蔑のまなざしを向ける。
「……ウザいんだよ」
乱暴にイスから立ち上がると、イオアナは会議室から出て行こうとする。
「待ってイオアナ。どこへ行くの?」
エキドナが微笑を崩さずに言う。
「決まってるじゃん? ボクのことをコケにした、あの鑑定士のところだよ」
あのアインとかいうくそがきに、復讐しなければ気が済まないのだ。
「ぷっ。また負けるんじゃないのー?」
公爵の一人が、イオアナに嘲笑を向けてくる。
「は? そんなわけないじゃん。ボクはあのときは本気を、【闘気】を出してなかったんだよ? 適当抜かすと君も殺すけど?」
闘気。
上級魔族のみが使える、特殊技能。
ひとたび使えば身体能力を超向上させ、【無双】の力を手にできる。
イオアナはエキドナの元へ行く。
「ねえエキドナ様。ボクにもう一回いかせてよ。次はきちんとあのサルを殺してくるからさ」
するとそれを聞いた魔公爵たちが、ぷっ……と噴き出す。
「前も散々イキリ散らして負けたのに、これでまた負けたら、今度こそ【降格】させられちゃうわね」
魔貴族は実力主義。
力が無いと判断されれば、下の位に降格は十分に考えられる。
「黙ってろ。ボクはエキドナ様と話してるんだ。……ねえ、いいでしょ?」
「そうね。じゃあ今度はしっかりと、鑑定士の息の根を止めてきなさい」
エキドナは立ち上がって、イオアナに拳銃を手渡す。
「アインは第4の隠しダンジョンを昇っている最中よ。【天竜】をかしてあげるわ。それに乗っていけば、アインたちが頂上に着く頃には到着できると思うわ」
イオアナは拳銃を受け取ろうとする。
「ただし……」
ひょいっ、とエキドナが拳銃を持ち上げ、にこりと笑う。
「次に失敗したときは、きちんと責任を取ってもらうからね」
エキドナは笑みを崩さない。
だが目の奥に、冷たい物を感じた。
だがすぐにイオアナは首を振って、威勢よく言う。
「ハッ……! 誰に言ってるの? 本気出したボクが、あんなサルに負けるわけないじゃん。絶対。100%。あり得ないよ」
バシッ、とイオアナは乱暴に拳銃を受け取る。
「いいよ? 次の戦いでボクが負けたら責任でもなんでも負うよ」
それだけ言って、イオアナは会議室を後にする。
「……ぷぷっ。あれだけ言ってまた負けたら傑作だわ」
「……最初あいつが最年少で公爵になったときは、天才が現れたって思ったけど、蓋を開けてみればたいしたことなかったんだな」
背後で、同僚たちの嘲笑が聞こえる。
今すぐにでも握っているこの銃で、全員を撃ち殺したかった。
だがそれよりも、アインだ。
「アインめ! よくもボクをコケにしてくれたね!」
イオアナは拳に、【闘気】を集める。
そのまま、魔王城の廊下の壁を、叩いた。
ドガァアアアアアアアアアアアアン!
難攻不落と名高い魔王城の壁が、紙のように容易く粉砕された。
「殺す! 絶対殺す! 闘気が使えればボクが負けるわけないんだ! あのサルめ! 覚えていろよ!」
イオアナは邪悪な笑みを浮かべると、廊下の奥へと消えていったのだった。




