62.魔族、鑑定士を数で倒そうとするが失敗する
鑑定士アインが、仲間たちと温泉に入った、その日の夜。
レーシック領の村にて。
魔貴族が1つ、ホーネット子爵は、アインに襲撃をかけていた。
ホーネットは蜂型の魔族だ。
特技は【眷属操作】。
自身のシモベに意識を移し、自在に操る能力だ。
ホーネットは眷属として、無数の蜂モンスターを飼っている。
彼らを操り物量で押す。
それがホーネット子爵の作戦だった。
森の中にて。
「どうだアイン! 手も足も出ないだろう!?」
眼下にうずくまるアインを見下ろしながら、ホーネットが勝ち誇った笑みを浮かべる。
アインの周りを、無数の蜂たちが取り囲んでいる。
蜂の数が多すぎて、彼の姿が見えなくなっているほどだ。
「貴様がいくら強かろうと! この数の蜂をすべて屠ることは不可能! 魔法で焼くか? 残念! 我が輩の【魔法無効領域】によってそれも不可能だ!」
能力無効領域と対を成す、魔族の持つ強力な能力だ。
「弱小魔族たちをちょっと倒したからって、調子に乗るなバカが!」
……と、そのときだった。
アインの体が、突如として消えたのだ。
「なっ!? い、いったいどこへ……」
ザシュッ……!
「がッ……! ば、バカな!? 背後に!?」
ホーネットの背後に、剣を手にしたアインが居た。
どうやらこれが、話に聞いていた【背面攻撃】という能力だろう。
「甘いわ!」
ホーネットは能力を発動。
自分の意識を、別の眷属へと移す。
本体だったホーネットは死んだ。
しかし今、彼の意識は眷属たる別の蜂に写っている。
「我が輩はこの全ての蜂に意識を移せる! 1匹倒してもまた別の蜂に乗り移るだけよ!!」
彼はガクンッ、とその場に手をついて、崩れ落ちる。
「どうだ、絶望したか!? この数の眷属たちを全て同時に倒すことなど不可能と悟ったかぁ!?」
と、そのときだった。
アインの周囲に、突如魔法陣が出現。
ズォッ! と無数の何かが、あふれ出てきた。
それは……モンスターの大群だった。
「岩巨人に生きる屍。氷竜にべ、ベヒーモスだと!?」
彼の周りに、数え切れないほどのSランク、SSランクのモンスターが出現した。
「ば、バカな!? 貴様いったい何をした!?」
「【召喚】しただけだよ」
「召喚だと!? ふざけるな! 貴様はただの【鑑定士】だろうが!」
「そうだ。だが俺は【召喚士】から【召喚】技能をコピーした」
「技能コピーだと!? バカなっ! そんな情報は聞いてないぞ!?」
アインはホーネットを無視して、召喚モンスターたちに命令を下す。
彼の出した強力なモンスターの軍隊は、無数に居た蜂たちの数を、瞬く間に減らしていく。
「ありえぬ!? この数のモンスターを手足のように操るには、召喚士だって長い年月が必要とされるはず!?」
「おまえから【眷属操作】の能力を鑑定させてもらった。敵を強くするなんて、間抜けだな」
ホーネットは敗北を悟った。
だから、1匹の蜂に意識を移し、残り全ては捨てることにした。
アインが殲滅作業に気を取られている間、こっそりと、ホーネットは戦線を離脱したのだ。
「チクショウ! 覚えていろ! この屈辱……1000倍にして返してやる!!!」
悪態をつきながら、ホーネットはゲートの場所まで逃げる。
ホーネットが飛ぶ先に、異界へ繋がる【穴】があった。
……と、そのときだった。
「ねぇ、何逃げようとしてるの? きみ?」
突如として、ホーネットの体が動かなくなった。
「なっ!? いったい何が!? アインか!?」
すぅ……っと音もなく、誰かが現れる。
そこにいたのは、ぱっと見で人間に見える、小柄な人物だ。
耳が少し尖っている。
赤い髪に、金の目。
「い、イオアナ様!?」
何人か居るエキドナの、直属の部下だ。
「ねぇ君さぁ……。なんで帰ろうとしてるわけ? まだアインは生きてるよね?」
「も、申し訳ありません! 敵が予想以上に強く……現状では撤退が最善と思ったのです!」
イオアナがゆっくりと近づいてくる。
体の震えが止まらない。
「それって結局逃げただけじゃん。逃げて良いなんて命令したっけ、ボク?」
「し、してません……しかし次こそは! 力を蓄え、次はアインを倒して見せます!」
……だがそのときだった。
パァンッ……!
ホーネットの体が、はじけ飛んだのだ。
イオアナの手には拳銃が握られている。
「使えない駒に次なんてあるわけ、ないでしょ」
呆れたように、イオアナがつぶやく。
「イオアナ」
振り返るとそこには、妖しい美貌のダークエルフが立っていた。
」
「エキドナ様。こいつやっぱダメだった。ほんっと使えないポンコツばっかりで嫌にならない?」
くす……っとエキドナは笑う。
「いいのよ。所詮、低級魔族なんて【大義】のための【駒】にすぎないから」
エキドナはイオアナの頭を撫でる。
「その点、あなたは違うわよね?」
「当然。あんな鑑定士に負けている低級魔族と一緒にしないでもらえるかな?」
ダークエルフは微笑むだけで黙っていた。
「ねぇもうボクが行ってきてもいい? そろそろあのアインってガキが、目障りになってきてるんだよね」
イオアナは拳銃をいじりながら、エキドナを見上げていう。
「ボクさぁ、弱いくせに調子乗っているヤツが、一番ムカつくんだ」
エキドナが微笑みながらうなずく。
「じゃあ次はあなたにお任せしようかしら、でも気をつけて。相手は着実に力をつけてきているわ」
「何言ってるの? サルがいくら力をつけようと、ボクにかなうわけないじゃん」
「そう言って何人もの魔族が死んで行ってるわ」
「……へぇ。ボクとあの雑魚たちが、同じだって言いたいんだ」
目にもとまらない速い動きで、イオアナがエキドナの背後に回り、後頭部に銃口を押し当てる。
「ちょっとボクを馬鹿にしすぎじゃない? それ以上馬鹿にすると、エキドナ様だって……殺しちゃうよ?」
エキドナはしかし、微笑みを崩さなかった。
「別にあなたを下に見てるわけじゃないの。あなたを心配してのことよ」
「ははっ。心配ないよ。あんなサルに、ボクが負けるわけじゃないじゃん。絶対。何があっても」
イオアナは銃をしまうと、アインの元へ行こうとする。
「まって、イオアナ。その前に一つ、お使いを頼みたいの」
「お使い?」
「ええ。【4人目】の精霊を、鑑定士が見つける前に誘拐してきて欲しいの」
そう言って、エキドナが指を鳴らす。
脳裏に流れてきたのは、幼い精霊の姿だった。
「了解。その後にあの鑑定士をささっと殺してきてあげるよ」
イオアナは歩きながらため息をつく。
「こんなひ弱なガキ、普通に考えて、負けるわけないじゃん。絶対勝つ自信あるよ」




