60.前領主、鑑定士に復讐する前に蹴散らされる
鑑定士アインが、前領主であるカタリナを返り討ちにした、その日の夜。
カタリナは、鑑定士への復讐を計画していた。
彼女の屋敷の、執務室にて。
「カタリナ姐さん、今回のターゲットは誰なんだ?」
柄の悪そうな男たちが、カタリナの前に集結していた。
その数は50。
彼らは【暗殺者ギルド】の精鋭たちだ。
表の便利屋が【冒険者】ならば、裏の便利屋が【暗殺者】。
暗殺者は金で雇われ、要人の暗殺を担当している。
「鑑定士アイン。殺す必要は無いわ。半殺しにしてここに連れてきて頂戴」
「いいんですかい? おれたちならこんな下級職のガキ、容易く殺せますけど?」
「バカ言わないで。殺したとなればさすがに私が真っ先に疑われるわ。とにかく、相手は手練れよ。十分気をつけて作戦に当たりなさい」
「ハッ……! いくら強かろうと所詮下級職! あっしら暗殺者にはかないっこないですぜ!」
……と、暗殺者たちが、嘲笑を浮かべていた、そのときだ。
ボンッ……!
「な、なんだ!?」
「煙幕だッ!」
「侵入者だッ!」
突如として、カタリナたちのいた部屋が、白い煙で包まれる。
真っ白な視界の中、カタリナは周りを見渡す。
「上等だ! 返り討ちにしてやるぜ! ……がッ!」
ドサッ!
「おいどうした!? ぐぁッ……!」
ドサッ!
ドサッ! ドサッ!
「いったい何が起きてるの!?」
カタリナが金切り声を上げる。
何をされているかわからない恐怖で、カタリナは机の下で、震えていた。
……ややあって静かになる。
カタリナは机の下から出て、驚愕した。
「なっ!? あ、あなたたち!? どうしたの!?」
集められた暗殺者の精鋭、そのすべてが、倒れ伏していたのだ。
「ヒッ……! ま、まさか皆殺し……?」
と、そのときだ。
「そんなことしねえよ」
「あ、あなたは!? 平民のガキ!」
部屋の中央に居たのは、鑑定士の少年アインだった。
その体に返り血はいっさいなく、冷たく自分らを見回している。
「【煙幕】を使っている間、触れた相手を眠らせる【昏倒】の能力を使った」
「そんな……この数を、あなたが、あんな短時間で……?」
カタリナがその場にへたり込む。
アインはゆっくりと、カタリナに近づいてきた。
「ふっ……ふふっ……こうなったら……【奥の手】よ! 【召喚】!」
自分の真横に、巨大な氷の竜が出現する。
「氷竜よ! どう!? 竜種よ竜種!?」
「はぁ……」
「私の持つ最強の駒! Sランクの中でも最強の竜種よ! どう!?」
すると、アインが消える。
「【解呪】。【螺旋弾】」
いつの間にか、氷竜の背面に回っていたアインが、体表に触れてつぶやく。
そして次の瞬間、氷竜の体が吹き飛んだ。
「なっ、なんですってぇえええええ!?」
カタリナは、崩れ落ちていく奥の手を見ながら、愕然とする。
「竜種なのよ……しかも、竜種の中でも特に強いとされる氷竜を……1撃で……?」
目の前の光景を、信じることができなかった。
「これで終わりか?」
カタリナはその場で膝をつく。
「ご、ごめんなさい! 許してください! すみませんでした!!!!」
何度も何度も頭を下げた。
「殺すつもりは毛頭ございませんでした! だから、だから命だけはどうか!」
と、そのときだ。
「アイン君、それくらいにしてやってくれないか?」
部屋の入り口から、聞き覚えのある声がした。
顔を上げると、そこにいたのは……。
「や、カタリナ。久しぶりだね」
姉にして、そして目の敵にしている女、ジャスパーがやってきたのだ。
「ジャスパー……どうしてここに?」
「おいたをした【妹】の代わりに、姉が謝りに来たのさ」
ジャスパーはアインの前までやってくると、ペコッと頭を下げた。
「少年、妹を、カタリナを許してあげてくれ。彼女は悪い子じゃないんだ。ただちょっと人よりも自尊心が高く、負けず嫌いなだけなんだ」
ギリ……っとカタリナが歯がみする。
「今回のことも、おそらく君が平民から貴族になったこととに嫉妬してのことだろう」
「それだけじゃないわよッ!」
カタリナが叫ぶ。
「あんたが! 姉さんが! 古竜殺しなんて擁立するから! もっと上に行くのが我慢できなかったの! 姉さんのお気に入りを潰してやりたかったのよ!」
「……そうか。なおのこと、すまなかった」
ジャスパーがアインに、深々と頭を下げる。
「私の監督不行き届きで、妹が君にとても迷惑をかけてしまった。心からお詫びさせてくれ」
カタリナは驚愕した。
「……なんでそこまですんのよ。私のこと、嫌いなんでしょ?」
「まさか。嫌いなわけない。おまえは私の可愛い妹じゃないか」
「……姉さん」
ジャスパーがアインに、また頭を下げる。
「わかった。俺たちに手を出さないって約束してくれるなら、俺ももういいから」
「は……? う、嘘でしょ? 命狙われたのよ? 許すって言うの?」
こくり、とアインがうなずく。
「ジャスパーにはいつも世話になっているしな」
「命狙われたのよ!? 普通、許さないでしょ!?」
アインはため息をつく。
「あの程度、命を狙われたウチに入らねえよ」
カタリナは、愕然とする。
暗殺者精鋭50と氷竜を、【あの程度】で済まされてしまった。
「これでわかっただろ、カタリナ。彼は規格外の存在なのだ」
「よくわかったわ。格が違う」
カタリナは立ち上がり頭を下げる。
「アイン君。妹が本当に迷惑をかけた。この借りは、いずれきちんと返す」
「いやいいって……じゃ、俺はこれで」
アインが、姉妹を残して帰っていく。
「姉さん。なんなの、あの子? 理解できないわ」
「彼は我々の常識で計れないさ。なにせ先見の明を持つ国王が、認めるほどの傑物だからな」
はぁ、とカタリナがため息をつく。
「ところでカタリナ。相談があるのだが、レーシック領の運営を手伝ってくれないか?」
「そんなこと、あの子と領民が許すわけないでしょ?」
「アイン君からの許可はもらっている。運営はあの土地のことをよく知ってる人に任せたいそうだ。領民への対応は彼がしてくれるだろう。君がするのは裏方作業だ」
なんて不思議な少年だろう。
敵だった自分を、仲間に引き入れようとしている。
「無論悪い子との付き合いは今後一切やめてもらうよ」
「……わかったわ。手伝うわよ」
「ありがとう、心強いよ」
姉が手を差し伸べてくる。
カタリナはふんっ、とそっぽを向いて、その手を握った。
「不思議ね。長年嫌ってたあんたと、同じ仕事するなんて」
「彼が君と私をつないでくれたのだ。感謝しなくてはな」
「ほんと……なんなのアイツ?」
「ん? どうしたカタリナ。彼が気になるのかね?」
「……バカ言わないで。何歳離れてると思ってるのよ、まったく」
かくして、レーシック領をめぐった騒動は、終結したのだった。




