59.鑑定士、前領主を返り討ちにする
領地の畑を改善した、数十分後。
畑から帰ってくると、村の入り口に人だかりができていた。
「なにかあったのか?」
「ややっ! あそこにいるのは、前領主の【カタリナ】ではありませんかっ!」
緑髪の、目つきの悪そうな20代の女がいた。
かなり高そうな服を着ている。
胸も尻も大きいが、態度もデカそうだ。
「前の領主が何の用事だ?」
『さっきミラが言っていただろう? この土地を取られ、別の小さな領地をあてがわれて抗議が来てると』
……なるほど。これは、トラブルの予感。
余計なことに時間を取られたくないな。
「村長。俺、たぶん顔を合わせない方が良いと思うんで、これで……」
村長が俺の手をがしっと掴んで、カタリナたちのもとへ向かう。
え、ええー……なんで?
「カタリナ様。前領主のあなたがどうしてレーシック領へ?」
「ここは私の土地よ? 訪れても何も問題ないじゃない」
ギロッと、カタリナが村長をにらみ付ける。
「何をおっしゃる! あなた様はもう領主をクビになられた! 今ではこのアイン様が、我々のリーダーですぞ!」
村長が俺の腕を引っ張る。
「……ふんっ。あなたね? 平民の分際で貴族になったって言う詐欺師は?」
カタリナが俺を見下ろしながら言う。
こいつ背が高い。
ヒールの高い靴を履いてるからなおのことデカく見える。
……というか、誰かに顔が似てた。
すぐに誰とは思い出せなかったが、まあさておき。
「いや、別に詐欺なんてしてねえよ」
「嘘おっしゃいな。どうせ【あの】忌々しいジャスパーを手込めにして、多額の金で貴族の地位を買ったんでしょう?」
カタリナは汚い者を見る目で俺を見やる。
「おまえ、俺が貴族になった経緯とかって聞いてないのか?」
「知らないわよ。興味ないわ」
どうやら貴族たちにとっては、どうして平民が貴族になったのかという理由は興味ないらしい。
それよりも、その事実そのものが気にくわないようだ。
「あんたみたいな貧相なガキが、国王陛下から貴族の位をもらえるわけがない。どーせ赤髪のバカが、自分の夫にふさわしい男にするために、あんたに貴族の地位を与えたんでしょう? ジャスパーはショタコンってもっぱらのうわさだものね」
なんだこいつ。
いつも世話になっている人を、馬鹿にしやがって。
だが斬ってかかるわけにはいかない。
俺の力はユーリのために使うと決めている。
「用件は何だ?」
「この土地を私に返して。平民は平民らしく、田舎で大人しく臭い飯でも食ってなさい。その方がお似合いよ?」
カタリナが俺を小馬鹿にして言う。
「ふざけんな!」
「ここはもうおまえの土地じゃねえだろ!」
「帰れ鬼ババア!」
ぴくっ……! とカタリナのこめかみが動く。
「……なにか言ったかしら、愚民ども?」
パチンッ、とカタリナが指を鳴らす。
足元に魔法陣が出現。
そこから、大量の犬人が出現した。
「私の【職業】は【召喚士】しもべとなるモンスターを、こうして制限無く呼び出させる、希少職よ!」
カタリナが勝ち誇った笑みを浮かべる。
「領地をよこさない場合、実力行使にうつるわよ?」
「…………」
「どう? この犬人の量に恐れを成して声も出ないのかしら?」
「いや。おまえの部下全員死んでるけど」
「はぁ!?」
犬人の大群が、全員、泡を吹いて倒れている。
「ど、どうなっているの!?」
「おまえの部下弱すぎだろ……呆れて物も言えなかったんだよ」
「ちょ、調子乗るんじゃないわよ!【召喚】!」
カタリナのそばに、また魔法陣が出現する。
今度は人馬ケンタウロスだった。
「どうっ!? Sランクのモンスターよ! モンスター界隈で最強の弓の使い手! 降参するなら今のうちよ!」
「いやその程度出したくらいで、何勝ち誇ってるんだよ」
「口の減らないガキね! 撃ち殺しなさい! ケンタウロス!」
「…………」
しかしケンタウロスは、ぶるぶると震えるだけで、弓を打ってこなかった。
【竜血強化】による、竜の威嚇によって、やつはびびっているのだろう。
「何をしてるの!? さっさと殺しなさい! 逆らうならあなたを殺すわよ!!」
カタリナに叱咤され、ケンタウロスが震えながら、矢を構える。
放った矢は、俺の眉間めがけて飛んでくる。
「ハッ……! 威勢の良いこと言っておいて恐怖で動けないでいるのね!」
「いや、違うけど」
俺は動きを鑑定することなく、そのまま、飛んでくる矢を手で掴んだ。
「はぁあああああああああ!? な、なんなのあんた!?」
「アイン。ただの鑑定士だ」
「ふっざっけんじゃないわよ! 下級職が! ケンタウロスの矢をどうやって捕まえられるのよ!?」
「いや、普通に。遅いなそいつの矢」
鑑定能力は使っていない。
【竜血強化】によって、基礎能力が向上している。
それだけで十分、矢の動きを目で捕らえられ、そして捕まえられたということだ。
俺は矢を捨てる。
「なんだ、1発で終わりか?」
俺はケンタウロスをにらみ付ける。
するとその場で、敵は崩れ落ちた。
「なぁ……!? ど、どうしたのよ! 起きなさい!」
「死んだよ」
カタリナが崩れ落ちたケンタウロスに駆け寄る。
さぁ……っと青い顔になる。
「あ、あんたほんとなんなのよ!! 他人の金で地位を買ったただのクズじゃないの!?」
「ちげえよ。ヒュドラ10匹倒して王都を守ったら、国王が褒美としてくれたんだよ」
「なっ……!? ま、まさかあなたが……例の【古竜殺し】!?」
なんだ、そっちは知ってるのか。
「俺が貴族になったのは国王が俺の実績を認めてくれたからだ。ジャスパーはただの俺のサポート役だ。金なんて払ってもらってないよ」
「……英雄を擁立したとなれば、これでまたあの女の評価が上がる……。なんなの、【妹】は姉に勝てないってルールでもあるの……?」
妹? 姉?
なんだか知らないが、カタリナは憔悴していた。
一方で村人たちが、前領主にヤジを飛ばす。
「これでわかったろ!」
「おれたちの新しい領主の実力、思い知ったか!」
「おまえなんてもういらねえんだよ!」
「消えろ! クソババア!」
カタリナはふらふらと立ち上がる。
馬車を召喚し、それに乗り込む。
「……覚えてなさい。平民の分際で、よくもこの私に恥をかかせたわね。ただじゃおかないから!」
捨て台詞を残し、カタリナを乗せた馬車は、村を去って行ったのだった。




