57.鑑定士、威嚇するだけで雑魚を倒す
国王から貴族の地位をもらった、半月後。
俺は【領地】へと向かっている最中だった。
午前中。
草原を歩く馬車の中にて。
「アイン、さん。領地、どうして……もらった、の?」
俺の隣に座っている、精霊ユーリが、首をかしげる。
「ヒュドラを倒したご褒美に、王様から、国が所有する土地をもらったんだよ」
貴族になると言うことは、国から【名字】、そして治めるべき【領地】をもらうことだ。
治める土地の名前が、その領主である貴族の【名字】となる。
「もらっ、て……どー、するんですか?」
「別にどうもしない。俺が貴族になったのは、世界樹捜索に役立つかなと思ったからだ。別に領地をもらったからってそこで何かをしようとは思ってない」
「じゃ、あ……アイン、さんは、どーして、領地……いくの?」
「領民たちへの挨拶。領主としての仕事はジャスパーとミラがやってくれてることになったんだが、さすがにこればかりは本人がいかないとなってことらしい」
まあ成り行きとは言えグループの頭になったのだから。
そこで働く人たちへの挨拶は、しないとな。
「それ、で……どう、して……【ペトラ】ちゃん、いるの?」
ちらっ、とユーリが、俺の右隣に座っている少女を見やる。
彼女はペトラ。
肌は少し焼けており、髪は赤みがかった茶。
ショートカットに八重歯が、彼女に活発なイメージを与える。
そして特徴的なのは、薄着から覗くその大きな胸だ。
「アイン君の治めることになった【レーシック領】は、あたしの元いた村があるとこなんだよね」
どうやら国王が気を回してくれたようだ。
多少なりとも面識のある人の居る領地の方が、やりやすいだろうと。
「あたしは村までのガイド兼、村のこと何も知らないアイン君のためのサポートのためについてきてるんだっ」
ちなみにこのペトラ。
俺が去った後、自力で俺の居場所を突き止めて、それ以後、屋敷に住んでいるのだ。
「ところでアイン君。この先ちょっと気をつけた方が良いよ。モンスターが多く出る森を通過するから」
窓からチラッ、と顔を覗かせる。
街道が森の中へと伸びている。
「ゴブリンとかオーガとかも出て結構厄介なんだ。気をつけないと」
「問題ない」
「わぉ。すごい自信。ま、アイン君めちゃつよだもんね! 敵が出てきても、こう、ずばーん! ずばーん! と剣で倒しちゃうもんね! さっすがあたしのダーリン♡」
「むぅ、アイン、さんは……みんなの、アインさん、だもんっ」
二人の巨乳美少女が、俺の腕をむぎゅーっと抱きしめる。
なんだこりゃ……やわらけえ。
そんなふうにしてると、馬車が森の中に入った……そのときだ。
ドサッ……!
と、何か大きなものが、倒れる音がしたのだ。
「え? 何今の音」
「アイン様」
御者台から、お世話係をしてくれている獣人の女性【ミラ】が、俺を呼ぶ。
「ゴブリンです。ただおかしなことに、わたしたちが近づいた途端に倒れまして、不審に思って報告しました」
窓から顔を出すと、進行方向に、ゴブリンが3体いた。
全員が白目をむいて倒れている。
「なぜ死んでいるのでしょう? ……まさかこの辺りに毒が?」
「いや、問題ない。俺が能力を発動させて倒したんだ」
「なにそれアイン君、どーゆーことなの?」
「【竜血強化】って能力をこの間手に入れたんだ。これは文字通り竜の血を体に巡らせ、基礎体力を向上させる」
魔族ドラゴ・ニュートから鑑定しておいたのだ。
「けどこの能力、身体強化だけじゃないんだ。竜の血が通うことで、竜と同格の存在になれるんだよ」
「つまり、まり……どーゆー、こと?」
「モンスターたちの力の序列から言うと竜ははるかトップの存在。出会っただけで恐れおののき、弱い奴らはヘタしたら死ぬ」
「なるほど! アイン君のことをモンスターたちは竜と勘違いして、びびってションベンちびったり、気を失ったり、最悪死んじゃったりするってことだねっ」
もっとも竜による威嚇が通じるのは、竜より下位の存在だけだ。
だとしても、これで弱い敵との無駄な戦闘を行わなくて言い。
「すっごいじゃんアイン君!」
「さすがです、アイン様。世界広しといえど、モンスターを直接手を下さず倒せるのは、あなた様しかおりません」
おおー、と美少女3人が俺にキラキラした目を向けてくる。
「ほらいいから、先進もうぜ」
ミラが馬車を動かす。
モンスターの出るという森の中を、俺たちはいっさい出くわすことなく進んでいった。
「ひゃー、ゴブリンもオーガも……あ! あっちには大熊が倒れてる! たしかCランクだよ!」
窓の外にはモンスターたちの死骸が、ゴロゴロと転がっていた。
「はー……ほんっとアイン君って強いんだなぁ。うんっ! ますます大好きになったよ!」
ペトラが俺の体をキツく抱きしめる。
フルーツのような、甘酸っぱい香りと、ゴムのような弾力がした。
「むー! ペトラ、ちゃん! ぬけが、け……えぬじー、です!」
「じゃあユーリちゃんも抱きつけば良いじゃん!」
「うう……て、てりゃー」
ユーリもまた俺の体に抱きつく。
や、やわらかいのと、張りのあるのとが、ぶつかって……と、とんでもないことになってた。
『……アイン。オーガ・キングが進行方向に居る』
「す、すまんな! なんか強そうな敵が居るらしいから! 直接倒してくるな!」
俺は窓から飛び降りて、【飛翔】スキルで空を飛ぶ。
「ウルスラ。助け船ありがとな」
『……ふん。別におぬしを助けたわけじゃない』
しばらく飛んでいくと、デカい大鬼が、そこにいた。
『オーガ・キング。Bランクモンスターじゃな。おまえからしたら羽虫同然じゃろう。【不屈】という精神力を向上させる能力を持っておる』
なるほど、だから竜の威嚇が効かなかったのか。
『な、なんだてめえ……竜かと思ったら、ただのガキじゃねえか!』
オーガ・キングがニヤリ、と笑う。
『脆弱な人間のくせに、びびらせやがって!』
Bランクモンスター……か。
思えば俺は、Dランクの地獄犬にすらおびえていたな。
Bランクなんて、今の俺にとっては、動物のようなものだ。
「で? どうする? ここで俺を殺すか?」
俺はオーガ・キングを、軽くにらみ付けた……そのときだ。
ドサッ……!
「……は? 嘘だろ?」
オーガ・キングはその場で仰向けに倒れ、死んでいた。
「マジかよ……ちょっとにらんだだけじゃないか」
『無理もない。こいつにとっては古竜に、間近で、殺意を向けられたのと同じだったのじゃ』
ややあって、ミラの運転する馬車が俺の元へとやってくる。
「すごいです……アイン様。オーガ・キングはベテラン冒険者でも手を焼く相手、それを威嚇だけで倒すだなんて……♡」
……その後も俺は出てくる低ランクモンスターたちを威嚇だけで退けたのだった。




