56.鑑定士、貴族の位を国王からもらう
ヒュドラ討伐から半月が経過した、ある日のこと。
また、国王からの招集命令が下った。
ジャスパーとともに王城へ行き、例によって国王からありがたいお言葉をもらった。
例によって何を言っているかさっぱりだった。
とりあえず何かをもらえるらしい。
話はその数時間後。
応接室にて。
「やぁ、アイン君。久しぶりだね」
国王がラフな格好で、俺のもとへやってきた。
部屋には俺、クラウディア、そして国王の3人が居る。
「ど、どうもっす……国王陛下」
「よいよい。前にも言ったがこの場では国王ではなく、クラウディアの父だ。気楽に接してくれ」
ははは、と朗らかに笑う国王。
玉座に座っているときの厳粛な感じはなかった。
「さて、アイン君。君が今回呼び出された件についてだが」
「俺またなんかやりましたか?」
「ああ、君はとてつもない偉業を成し遂げた。古竜10匹から我が国と国民を守った。のみならず、王都を守る結界までも作り上げた。感謝してもしきれない。ありがとう」
国王が深々と頭を下げる。
「や、あの……たいしたことしてないんで、ほんと、頭とか下げなくていいっすよ」
「さすがアイン君だ。それほどまでの強さがありながら、ここまで謙虚な男、私は初めて見たぞ」
「でしょう! お父様! アイン様は素晴らしい男性なのですわ♡」
俺の隣に座るクラウディアが、むぎゅーっと俺の腕を抱きしめる。
相変わらずデカいな……。
「むしろすみませんでした。敵はおそらく俺を狙ってきてます。だから王都のひとたちに迷惑をかけて、ごめんなさい」
「何を言ってる。君のおかげで王都の被害はゼロだ。誰も君を非難などしないさ」
いやそれは、ヒュドラが襲ってきたことと俺とを結びつける材料が無いからだろう。
「それでも……俺のせいで余計な迷惑をかけてしまいました。すみませんでした」
俺もまた、国王に頭を下げた。
「俺、この国を出ていこうかなって、最近考えてます」
「なんと。それはどうしてだね?」
「俺のせいで王都の平和を乱してしまいかねません。だったら、国を出てどこかでひとりで暮らした方がいいと思いまして」
「アイン君。その必要は無い」
国王が俺の手を握って、まっすぐに俺を見て言う。
「君は、我が国にとって必要な人材だ。最重要人物と言っても良い。出ていかないでくれ」
「そうですわ! アイン様が出て行く必要なんてございません!」
王とその娘が、真剣な表情で、俺を引き留めてくれた。
「けど現に迷惑かけてますし」
「ヒュドラが10匹も現れたのに、人的な被害も建物の被害もゼロ。しかも君は魔族の脅威からも王都を守ってくれたではないか。どこに迷惑をかけたというのかね?」
「いやまぁ……でもこれからどうなるかわかりませんよ?」
「よい。私は君が誰よりも強いことを知っているし、君がこの国に居て守ってくれるというのなら、ここはどこよりも安全だ」
「それにアイン様は強くて優しくて素晴らしい御方! 国民の皆様もそれを認めてくださってます! 誰もがあなたを必要としているのです!」
国の代表がそこまで言うのなら、俺はここに居ても良いのかも知れない。
「本当に、いいんですか……?」
「もちろんだ」「当たり前ですわ!」
「じゃあ……これからも、お世話になります。ご迷惑かけると思いますが、頑張ります」
俺はペコッと頭を下げる。
ぱぁ……! と国王と娘が晴れやかな表情となる。
「よし! 決まりだな!」
「おめでとうございます、アイン様!」
「え? な、なに?」
国王が手を叩くと、メイドが部屋にやってくる。
お盆には、バッジのようなものが乗っていた。
銀の……勲章だろうか?
「アイン君。こちらに」
「は、はあ……」
「略式ですまないな。堅苦しいのは君が嫌いだと思って」
メイドがテキパキと、俺の胸に勲章をつける。
そしてどこからか、マント? のようなものを、俺につけた。
「アイン君。君には【レーシック】の名字を与える。今日から君は【アイン・レーシック】を名乗りなさい」
「は、はあ……。はっ!? みょ、名字!? ええっ!?」
俺はびっくり仰天した。
「え!? あの……え!? 名字ってたしか、貴族にしか与えられないんですよね!?」
この国には主に、平民と貴族の2つに分けられている。
平民はみな名前だけ。
名字は、国王から認められた人間、すなわち貴族にしか与えられない。
「おめでとうございます! アイン様!」
「いや、あり得ないでしょ!? 平民から貴族になった人なんて聞いたことないですよ!」
「ああ。平民から貴族になったものは、私の記憶している限りでは、かつて存在した【世界樹の英雄】しかおらぬ」
「つまり現代においてただ一人、貴族となった平民がアイン様なのですわ! すごいです!」
いや何をあっさり言ってるんだろうかこの人らは……。
「私は常々思っていたのだ。貴族であってもその責務を果たさぬ者のなんと多いことか。むしろアイン君のような、平民であっても国に大いに貢献してくれるものたちを貴族にした方がよいのではないかと」
「いやだからって別に俺を貴族にしなくても……別にそんなたいしたことしてないですし……」
「謙遜するな。君が成したことの大きさは、この国の誰もが認めている。これほどの偉業に、相応の褒美を与えなければ、国民が納得しないだろう」
……なんだかとんでもないことになったな。
「アイン君、難しく考えなくて良い。貴族としての雑事はすべてジャスパーが肩代わりしてくれるそうだ。君は今まで通り自分のしたいことをしておくれ」
マジか。
貴族になるにあたって、一番懸念していたこと。
雑事に時間を取られ、主たる目的であるユーリの家族捜索の邪魔をされることだったからな。
「それに貴族となれば、今までできなかったことができるようになる。例えば国外で保管している禁書庫を閲覧するとかな」
「え? いいんですか?」
「ああ、もちろん。平民の君を紹介しても国外の王族たちはいい顔をしなかっただろうが、この国の重要人物となれば話は通りやすい」
なるほど……貴族になることで、捜索範囲が広まると言うことか。
俺は立ち上がり、頭を下げる。
「貴族の地位、謹んでお受けいたします」
「うむ。これからもますますの活躍を期待して居るぞ」
かくして成り行きで、貴族の地位を手にしてしまったわけだが……。
「アイン様~~~~~~~~♡」
クラウディアが、俺に抱きついて、押し倒してきた。
「これでわたくしとの結婚が現実味を帯びて参りましたね♡」
「い、いや……どうかな?」
「心配ないぞアイン君。君は今よりももっと高い場所へ上り詰める。たとえ国王の娘を娶ったとしても、誰も文句を言わせない真の英雄となるのも時間の問題だろう」
「いや大げさですって……」
「そんなことはない。現に君はおそろしい速さで出世し貴族となったからな」
「勇者様~♡ はやくわたくしを妻にしてくださいまし〜♡」




