55.魔族、鑑定士の防御システムに完敗する
鑑定士アインが、ヒュドラを討伐した、1週間後。
魔界にある、子爵の家にて。
彼の名前は【ドラゴ・ニュート】。
竜人だ。
ドラゴンを人間サイズにまで圧縮し、2足歩行で歩くような見た目。
ドラゴは客間にて、精霊エキドナと向きあい、報告会を開いていた。
「それで、ドラゴ? ヒュドラを使った王都襲撃作戦の首尾はどうだったの?」
ドラゴはかけていたメガネを、くいっとあげて言う。
「襲撃は失敗に終わりました」
「あら、ダメだったの? なのに冷静ね」
「ええ、これはデータ収集です。いわばヒュドラはアインの能力を測るための駒です」
ふっ……と余裕のある笑みを浮かべるドラゴ。
「どうやらアインは【未来視】が使えるようです。でなければ、王都から離れた位置にヒュドラを転移させただけで、気付くわけがない」
「さすがキレモノと名高いドラゴ子爵ね。それで、未来視が使える彼をどうやって殺そうというの?」
「簡単なこと。複数の古竜を使い、一気に王都を攻め落とすのです」
くいっ、とドラゴはメガネを持ち上げていう。
「いくら未来が見れるとは言えど、彼は1人。複数の敵。しかも彼本人を狙うのではなく、彼の暮らす街を襲撃する。街を守りつつ、複数の敵を倒すなど至難のワザ。集中力の削がれたアインは、必ずや、私に敗北するでしょう」
スッ……とドラゴが優雅に立ち上がる。
「すでにヒュドラの幼体は、前回の襲撃時に潜伏させています。特殊な薬剤で成長を早めていますゆえ、今頃成体となって王都を襲撃している頃合いでしょう」
ドラゴは立ち上がり、礼儀正しく腰を折る。
「恐悦至極。ではエキドナ様。吉報を持って帰りますので、しばしお待ちを」
ドラゴは王城までの道のりを、悠々と歩く。
ゲートをくぐり、ドラゴは人間界へと転位する。
ヒュドラ10体が目覚め、王都を襲っている、はず。
混乱の極地にいる街のど真ん中へと送ってもらった……と、そのときだ。
ぐんっ……!
と、体が何かに、強く引っ張られた。
しかし違和感は一瞬だけだ。
人間界、アインの居る屋敷へと転移できた……はずだったのだが。
「なっ!?」
ドラゴは初めて、余裕を崩した。
「な、なぜ私は! 王都の外にいるのだ!?」
ドラゴの立っている場所は、王都から遠く離れた草原の上だった。
正確にアインの居場所へ送ってもらったはずだったのだ。そして……。
「バカな! ありえない! なぜ王都が無事なのだ!?」
ヒュドラが10体、王都を襲撃したはずだ。
しかし実際の現場からは、火災一つ起きていない。
それどころか、ヒュドラの姿すら見えなかった。
「私の作り上げた人工ヒュドラによる作戦は完璧だったはず! どうして!?」
……と、そのときだった。
一陣の風が吹いた。
ドラゴの目の前に、小柄な少年が現れたのだ。
「お、おまえは鑑定士アイン! なぜここに!? いや、どうしてここが!?」
「未来視でおまえの作戦、出現位置はだだもれだったよ」
「だ、だとしてもヒュドラ相手に10体をどうやって!?」
「どうやっても何も、未来視でヒュドラの位置を特定できるんだから、あとは普通に処理したよ」
ドラゴは、作戦が破られ動揺した。
だがすぐに持ち直す。
「ば、バカめ! その程度で勝ったつもりか!」
ドラゴは懐からヒュドラの卵を取り出す。
特殊配合した薬剤をふりかけ、そして放り投げた。
魔族は人の何百倍もの腕力を持つ。
投擲された卵は、王都上空で孵化。
そのまま成体へと進化する。
「残念だったな! もしものケースを想定し、奥の手は取っておいたのだ!」
巨大なヒュドラが、王都上空から落下。
「ヒュドラの毒で王都は壊滅! 貴様が余計な小細工をしたせいで、大勢の民が苦しむことになるぞぉ! ハーッハッハッハー!」
と、そのときだった。
バチーーーーーーン!
「はぁッ!? ふ、吹っ飛んだだと!?」
ヒュドラが、【何か】に触れて、弾き飛ばされたのだ。
アインは精霊の剣を出現させる。
【斬撃拡張】を使用した【居合い抜き】で、上空のヒュドラは真っ二つにされた。
「な、なんだこれは!? なぜヒュドラが吹き飛んだ!?」
「ヒュドラを防いだのは【結界】と【千里眼】の応用だ。敵の襲撃を未来視した瞬間、王都全域を結界で覆うようにしただけ」
結界で足止めしている間に、アインが敵を倒す。
これによって複数同時襲撃を防いだのか。
「ではなぜ! 私は外に転移させられていたんだ!」
「魔族が来ると、千里眼が発動した瞬間、うちの賢者が【転移魔法】で戦っても安全な場所まで送るように手はずを整えておいたんだ。ファルコのような、結界をぶち抜いてくる魔族も居るかもだからな」
「なんと……! ど、どこまで周到な男なのだ!?」
「いや2度も襲撃を受けたらアホでも対策を取るだろ。そんなことも予想できなかったのか? インテリ気取ってる割に脳みそがトカゲだな」
ぶるぶる……とドラゴの肩が怒りで震える。
「な、なめるなよ非魔族のサルめ!」
ドラゴはもう一つの能力【竜血強化】を発動。
普段抑えている竜の血の濃度を上げ、基礎能力を大幅に向上する能力だ。
「さらに!【領域展開】!」
それはアインも使った、一定範囲内の能力の使用を無効にする領域。
これの凶悪なところは、展開したものの能力は使えるところにある。
「知って居るぞ! 貴様の弱点! 能力を使えなければ無能だと言うことを! シャドウからコピーした対人格闘術程度で、この子爵級魔族の、竜血強化した攻撃に耐えられる道理がない!」
だっ……! とドラゴは走り出す。
目にもとまらぬ速さで、アインの腹部に拳を繰り出す。
……しかし。
ザシュッ……!
「なっ!? ば、バカな!? 拳が!」
ドラゴの竜血強化された身体能力。
その一撃を、こいつは精霊の剣で、斬ったのだ。
「おまえやっぱバカだろ。俺に攻撃しようとした時点で、未来を読まれるんだよ」
「し、しまったぁああああああ!」
ドラゴがひるんでいる間に、アインは彼を背負い投げする。
領域の外へと追い出される。
アインは能力を発動させ、精霊の剣で、ドラゴの体を切り刻んだ。
「なんという周到さ……なんという、即応力……魔族の中でも、ここまでのやつはいないぞ……」
「それじゃ魔族はたいしたことないってことだな」
「くっ……!」
反論したいが、敗北した自分には何も言い返せない。
「先にいっとくが俺の不在時に王都を狙っても無駄だ。結界が発動して、俺が帰ってくるまで中に入れないからな」
「……そんな、ばかな。こんな低脳なサルに、私が完敗するなど……」
死に際になって、ようやく、ドラゴは理解した。
「我らのターゲットは人間ではなかった。……異常なほど強い、バケモノだったのだ」
エキドナにそのことを伝えなければ。
しかし余力はもう残っておらず、伝える前に、ドラゴは絶命したのだった。




