54.鑑定士、ヒュドラを1撃で倒す
村の怪我人を助けた数日後。
【千里眼】が、敵が襲撃する未来を捕らえた。
俺はそれを未然に防ぐべく、王都北部の平原へとやってきていた。
そこにいたのは、9つの首を持つ巨大な竜だった。
『ヒュドラ。古竜種じゃ。SSランクモンスター。【薬毒生成】という能力を持ち、外皮は常に猛毒の粘液で覆われておる。その下には鋼のような鱗を携えておるな。毒を吐き出す攻撃もしてくる。注意せよ』
俺は改めてヒュドラを見やる。
胴体が1つで、頭が9つ。
全体を紫色の粘液で包まれていた。
『なんだ貴様はぁ……?』
頭の1つが俺を見下ろす。
残りの頭部が、口々に俺を見て言う。
『よく見たら標的の小僧ではないか!』
『こやつのいる王都を狙えというのがミッションだったのに、ターゲットがなぜここに?』
『何でも良いではないか! このような軟弱そうなサル! ひとひねりよ!』
……どうやらベヒーモスと違って、こいつは誰かに命令されて、王都へ向かおうとしていたらしい。
「おまえらもあのダークエルフに命令されたのか?」
『ハッ……! そんなこと今から死ぬ貴様には何も関係ない!』
例によって余裕ぶっこいてる敵。
一方で、精霊アリスの声が聞こえてくる。
『……アイン君。だめ。千里眼で覗いたけど名前までは特定できない
「わかった。サンキュー。頼んでおいた【シミュレーション】の結果は?」
『……大丈夫。【効かない】。問題なく倒せるよ』
よし、と俺がうなずく。
『なんだ小僧? 貴様このわれらが話しているのに、他人と会話するとは良い度胸だなぁ?』
「ああ。今、おまえたち相手に勝ちが確定したって未来が見えたところだ」
『ハッ……! ほざけ!』
『軟弱なサルのくせに!』
『われらの死毒……とくと受けてみよ!』
ヒュドラがぐぐっ、と首をそらす。
ビュッ……!
その口から吐き出された毒液の塊が、俺めがけて飛んでくる。
俺は避けなかった。
すでに【鑑定】は終えているからだ。
バシャッ……!
俺の体に、大量の毒液が浴びせられる。
『はーっはっは! 恐怖で足がすくんだか!』
『それは致死性の毒よ! あびただけで脆弱な人間なんぞ即死!』
『我らに大口を叩いた割に、あっけない最後であったなぁ!』
俺はポケットからハンカチを取り出し、顔についた毒液を拭って捨てた。
「で?」
『『『はぁ~~~~~~~~~!?』』』
ヒュドラたちの目が、大きく見開かれる。
『そ、そんなばかな!!』
『1滴で古竜を即死させるほどの猛毒だぞ!?』
『なぜ効いてない!?』
「残念だが俺には【耐性・全状態異常】って能力がある。俺に毒は効かない」
『『『なんだとぉ~~~~~~!?』』』
俺はため息をついて、悠々と歩き出す。
『く、くそ! どうする!?』
『あ、あわてるな! われらの【薬毒生成】はあらゆる毒を作れる! 相手を溶解させる毒を作れば!』
『『『それだっ!!』』』
ヒュドラの体の色が、変化する。
どす黒い粘液へと変わる。
『できた! 万物を溶かす強力な毒!』
『これでサルなどドロドロよ!』
『死ねえええええええええ!』
ビュッ……!
ヒュドラが吐き出した溶解毒の毒液を……俺はひょいっ、と左に飛んで避ける。
すでに着弾地点は千里眼で見ていた。
『避けられたぞ!』
『偶然だ!』
『今度は溶解毒を雨のように細かく広範囲に降らせるんだ!』
首を上空に向け、ヒュドラが口をすぼめて、毒を吐き出す。
ぶしゅうぅううう………………。
毒の雨が、俺のいる一帯に降り注ぐ。
『これで小僧もよけられまい!』
まあ避けられないが、何問題は無い。
「黒姫」
『心得ております♡』
俺の周りを、球体状の結界が包み込む。
溶解毒の雨が結界に触れる。
だがバリアに弾かれるだけだ。
『げぇええ!?』『な、なんだそれは!?』
玄武の結界が強いことは知っていた。
しかし溶解毒を防げるかはわからなかった。
そこでアリスに【結界で溶解毒を防げるか否か】、未来を見てもらった。
結果、問題なく防げた。
だから俺は特に回避しなかったのだ。
「さて……駆除するか」
俺は精霊の剣を取り出し、ヒュドラたちの元へ、悠然と歩み寄る。
『ど、どうする!?』
『お、落ち着け! 考えても見ろ! やつは防御で手一杯だ!』
『そ、そうだ! しかもこちらは溶解毒の粘液で包まれている!』
『ヤツの剣は、毒で溶かされわれらには当たらない!』
ご丁寧に慢心してくださってる。
そのおかげで、俺はヒュドラまで、問題なく接近できた。
俺は【斬鉄】を使用。
『バカめ! 剣など通じぬわ!』
『貴様の愛剣をドロドロにとかしてくれる!』
俺は思い切り、ヒュドラの体めがけて剣を振る。
ズバァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアン!
ヒュドラの9つの首は、すべて切断できた。
精霊の剣は……刃こぼれしていない。
『『『バカなぁあああああああ!?』』』
首だけとなったヒュドラたちが、驚愕の表情を浮かべる。
『あらゆるものを溶かす溶解毒だぞ!?』
『なぜ剣が! そして剣撃が通るのだ!?』
「それはな、俺が【能力無効領域】を展開させてるからだ。自分の体、見てみろ」
さっきまで真っ黒な毒に包まれていた、ヒュドラの体。
しかし今、やつらの体に、毒はなかった。
「能力を無効化させる領域を展開した。おまえらの毒は【薬毒生成】って能力で生み出しているんだろ? その能力を無効化すれば、毒は生成されない」
表面を覆う溶解毒がないのなら、剣が問題なく通るという次第だ。
『そんな……ばかな……』
『こんなひ弱なガキに……われら古竜が……1撃で……』
切断された9つのヒュドラの頭から、次々と生気が抜けていく。
俺は死体から能力を【鑑定】する。
『薬毒生成(S+)』
『→あらゆる薬・毒を生成することが可能』
『万毒耐性膜(S+)』
『→溶解毒を含め、あらゆる毒から身を守る特殊な【膜】で体を覆う』
『並列同時思考(S+)』
『→複数の物事を並列で考えることができるようになる。分身がある場合は、彼らに思考力を与えられる』
『清拭(S+)』
『→微生物・汚れのみを溶かす特殊な毒を生成し、体や服の汚れを一瞬できれいにする』
試しに【清拭】を使用してみた。
毒で汚れていた体や服が、一瞬のうちにキレイになって、実にさっぱりした気分になった。
『しかし古竜を1撃で倒すか……強くなったのじゃな、アイン。さすがわしが認めた、ユーリの守り手じゃ』
ウルスラが心なしか、上機嫌で言う。
「ありがとな。おまえらが力をくれるおかげだよ」




