50.魔族、鑑定士の暗殺を試みるが失敗する
鑑定士アインが、精霊アリスと契約した、その日の夜。
魔族の1人。
シャドウ男爵。
全身黒づくめ、顔すらもない、ヒト型魔族。
彼の特技は暗殺だ。
シャドウには、あらゆる建物に外部から侵入できる【壁抜け】。
物音を消して動ける【忍び足】。
鍛え上げた【対人格闘術】。
そしてさらに"奥の手"を持っている。
魔界でも有数の暗殺者だ。
シャドウは、ジャスパーの屋敷の屋根上に立つ。
懐から鏡を取り出す。
それは、エキドナから与えられた魔道具で、映像を切り取ってうつすことができる。
「今日はこの人間の暗殺か……。ふっ、容易い依頼だ」
シャドウは鏡を仕舞う。
「ファルコのヤツめ。下等生物の、下級職の雑魚に負けるとは。まったく魔族の恥さらしが!」
シャドウもまたファルコ同様に、人間を下に見ていた。
「まあ、どうせ調子づいたファルコがさっさと倒さなかったから負けたのだ。だが私は違う。慢心せず、最初からただ敵の首を取る」
屋根に手をつく。
ずぷ……っと手が屋根の下に沈む。
【壁抜け】だ。
シャドウはそのまま、音もなく屋敷内に潜入した。
【忍び足】の効果で、足音も、服のこすれる音も立てずに、シャドウは走り出す。
【誰にも会うこと】なく、一直線に標的のいる寝室への前へとたどり着いた。
「……ここか」
シャドウは壁に手をあてる。
【壁抜け】を使用し、中へと侵入。
広い部屋の奥に、ベッドがある。
掛け布団が膨らんでいた。
シャドウはゆったりとした足取りで、ベッドの前まで移動。
懐からナイフを取り出す。
そして、掛け布団の上から、一気にナイフを突き刺した。
ザクッ……!
「手応え、あり」
ナイフから手を離し、シャドウは掛け布団を引き剥がす。
鑑定士アインは死んでいた。
胸の部分から大量の血を出血していた。
瞳孔は完全に開いている。
「ふっ……楽勝。ファルコはこの程度のサルに負けるなんて、まったくどうかしてる」
と、そのときだった。
死体が動き、シャドウの手を握ってきたのだ。
「なっ!?」
ボッ……!
シャドウの体が、突如として炎に包まれたのだ。
「ぐぁあああああああああああ!」
あまりの熱さに、シャドウはその場に転がり込む。
ややあって、炎が消える。
「な、なんだ!? いったい何をされた!?」
次の瞬間、シャドウは背後に殺気を感じた。
ブンッ……!
シャドウの首があったところを、刃物が通り過ぎる。
「ハッ……! ハッ……! な、何者だ!?」
暗殺者としての長年鍛えた危機察知能力がなければ死んでいた。
背筋に汗を流しながら、シャドウは敵を見やる。
「なっ……!? あ、アイン!? なぜ貴様が生きてる!?」
鑑定士の少年が、剣を手に立っていたのだ。
「貴様は私が完全に息の根を止めたはず! なのになぜ!?」
「……おまえが殺したのは炎の分身だ」
「なんだと!? ば、ばかな!? 手応えはあったぞ!」
「それ以上答える義理はない」
アインが剣を手に、こちらに近づいてくる。
「ふ、ふんっ! 調子に乗るのも今のうちだ! 【領域展開】!」
ダンッ……! とシャドウが足踏みする。
その瞬間、シャドウの足元に、複雑な模様の魔法陣が出現。
「これは【能力無効領域】! この領域に足を踏み入れた者は能力を使用できなくなる!」
シャドウは勝ちを確信していた。
「最高の暗殺者は、いつも暗殺に失敗した際の第2の刃をしのばせておくものよ!」
この"奥の手"を使って、勝てなかったことは一度も無い。
「知っているぞ! 貴様の強さは能力に依存している! 能力を封じられた貴様はただの雑魚よ!」
すっ……とシャドウは格闘術の構えを取る。
「鍛え上げられし我が拳! 無能の貴様には避けられまい!」
シャドウはアインに目潰しを喰らわせる。
前動作もなく、音もなく繰り出される一撃。
「勝った……!」
パシッ……!
「なっ……!」
シャドウの手を、アインが手で払ったのだ。
「ば、バカなっ!」
アインから距離を取る。
彼の構えに、見覚えがあった。
「そ、それは! わ、私の【対人格闘術】の構え! ど、どうしてそれを!?」
「その技は【すでに見た】」
アインに拳を繰り出す。
だがまた、シャドウの拳がアインに払われる。
「くそっ!」
がッ! パシッ! ビシッ! バッ!
アインに対して拳や蹴りを食らわすが、その全てを、同じ動きで殺される。
シャドウの動きが、コピーされていた。
「なにがどうなってる!?」
「俺の【千里眼】は未来の事象を見通す。おまえが襲撃してくることも、奥の手のことも、対人格闘術も。全部、すでに【鑑定】ずみだ」
「そんな……ば、ばかな……」
シャドウは背筋に、大量の汗をかく。
「貴様にそんな力は無かったはず! あの【お方】も知らなかった!」
「……あのお方?」
まずい! とシャドウは動揺する。
雇い主の名前を口に出したら、殺されてしまう。
そういう【しばり】を、魔族全員はかせられているのだ。
「……雇い主。そうか、おまえら誰かに雇われて俺を襲いに来たんだな」
「な!? なぜそれを!?」
「……【千里眼】は思考も読めるんだよ」
「な、なんだそのインチキな力は! も、もはや無敵じゃないか!」
シャドウの全身の細胞が、逃げろと叫んでいる。
この男は、異常だ。
異常なほど強い。
そう思うが否や、懐から煙り玉を取り出す。
煙幕を張って逃げるぞ……! と思ったそのときだった。
ボッ……!
「なっ! う、腕がぁああああああ!」
シャドウの腕が、消失してたのだ。
空間ごと、えぐり取られたような感じだった。
「おまえが逃げる未来を予測した。【螺旋弾】で腕ごと消し飛ばした」
腕から大量の血が漏れる。
その場にドサッ……とシャドウが倒れる。
アインは悠々と歩いて、精霊の剣を、シャドウの首元につきつける。
「雇い主は誰だ? 誰が俺を殺そうとしている」
シャドウは完全敗北を悟った。
その瞬間、奥歯をカチッと噛む。
すると、奥歯に仕込んであった、自爆の魔法が発動する。
ドガァアアアアアアアアアン!!!
……真の暗殺者とは、第2の刃がかわされたときを想定し、第3の刃も仕込んでおく者だ。
自分はこの男に完敗したが、しかし大事な機密をもらすことなかった。
こいつは危険だ。
いずれ魔族全てを滅ぼすまでに成長するだろう。
その危険な芽を、今潰しておけて本当に良かった。
魔界の未来を救ったとするなら、自らの命など安いもの。
「自爆もちゃんと予想してたよ」
彼の周りを結界が包んであった。
もはや、すべて彼の手の上で転がされてたのだ。
「……バケモノめ」
シャドウはそうつぶやくと、意識は闇の中に永久に溶けていったのだった。




