05.鑑定士、世界樹と賢者に救われる
「おい小僧。さっさと起きんか、小僧」
「うえ……?」
俺が目を開けると……って、目を、開ける?
「は……? え……? なんで……どうして……」
何で俺、目が見えるんだ?
というか、あれ? 死熊に襲われたんじゃ……?
目が? 熊は? あれ? え? え?
「お、俺は……いったい……?」
そのときだ。
「……あ、あの」
ふわり、ととても良い匂いがした。
爽やかで、けどどこか甘い、果実みたいなそんな香り。
となりを見て……俺は、言葉を失った。
「…………」
そこにいたのは、とてつもなく美しい、美少女だった。
長くつややかな金髪。
真っ白な肌に、翡翠の瞳。
無駄な脂肪はいっさいなく、ほっそりとした手足。
しかし胸部はふっくらと豊かだった。
白いワンピースが、胸の部分だけ膨れ上がっている。
編み込まれた金髪に、少し尖った耳。
人間離れした美貌のその子は、おとぎ話の妖精のようだった。
「あの……ど、どう、ぞっ」
彼女の手には、ティーカップが握られていた。
俺は訳がわからなかった。
死にかけていたのは? この目の前の少女は? どうして俺は目が見えるんだ……?
「おい小僧」
「え……?」
逆側を見やると、そこには小さな女の子がいた。
短い銀髪。
メガネをかけている。
金髪の美少女と比べると年齢が低そうだ。
神経質そうな顔つきに、長い耳。
白いフードに身を包んだ彼女は、魔術師のようであった。
「ウチの娘が貴様のために入れたお茶だ。さっさと飲むがよい」
「は、はぁ……あんた、だれ?」
「良いから飲め。まったく……【ユーリ】はこんな男のどこを気に入ったのか……」
ぶつぶつと銀髪幼女が悪態をつく。
わけわからねえ。
「あの……冷めないうちに、ど、どうぞ……」
金髪の少女が、俺にカップを渡してきた。
「あ、ああ……」
とりあえず喉も渇いていたので、俺は一口飲む。
「……うめえ」
不思議なことに、飲むと高ぶっていた気持ちが静まっていくのがわかった。
「……それ、は。良かった、です」
ほっ……と少女が微笑む。
な、なんだろう……とても可愛いぞこの子……。
「おい」
ゲシッ、と幼女が俺の背中を蹴る。
「うちの子に変な気を起こすなよ。消すぞ?」
「……や、やめて。乱暴、し、ないで」
「ユーリ……わかったよ……」
どうやら金髪美少女は、ユーリという名前らしい。
そこでようやく、俺は、またあの世界樹の根元にいることに気付いた。
「……あんたらが俺のことを、助けてくれたのか?」
あの窮地を自力で脱出できたとは思えない。
となると、このふたりが助けてくれたのだろうか。
「ふんっ! わしは貴様なんぞ下等生物、助けたくなかったわい」
「はぁ……そう……」
「ユーリにどうしても、おまえを助けてくれと懇願されてな。仕方なくあのモンスターどもを消し飛ばしてやったのじゃ。ユーリに深く感謝しろ」
「……い、え。わたし……は、なにもしてない……よ?」
「おぬしが言わなかったらわしはこやつを見捨ててた。おい小僧、さっさとユーリに感謝しろ。土下座しろ。海よりも深い感謝を捧げろ。あ?」
銀髪幼女がすごんでいう。
こ、こわい……。
「ど、どうもありがとう……その、ユーリ」
「……ぃぇ」
ユーリは顔を真っ赤にして、もじもじしだす。
ゲシッ!
「いってぇ……なにすんだよ」
「娘を呼び捨てにするな不愉快だ消すぞ?」
「か、勘弁してくれ……。てゆーか、あんた誰だよ。ユーリの母親とか?」
「似たようなものじゃ。わしは【ウルスラ】。世界樹の守り手でもある」
「守り手……?」
ウルスラは、今なお光り輝き続ける世界樹を見上げる。
……けど、なんでだろう。
少し、輝きが弱くなっているように感じた。
「この世に9つある世界樹。その木が安らかに、枯れるまでの一生を送れるよう、傍らで彼女らを見守り、時に外敵から守る存在……それが、われら守り手じゃ」
「はぁ……。じゃあウルスラはここに住んでいるのか?」
「ああ。小僧が生まれるずっとずっと前から。この子がこの地に根を張ったときから、その根元で生活しておる」
ウルスラがユーリを指さしていう。
「いや、ユーリは人間だろ」
「……違う。ユーリはこの世界樹そのものだ。正確に言えば、世界樹の意思だな」
「木の意思……?」
「貴様の雑な頭でもわかるように言い換えるなら、ユーリは世界樹の精霊だ」
なるほど……精霊か。
「どうりでキレイなはずだ……」
「……あ、う。あうあう」
ユーリは顔を真っ赤にして、目をグルグルと回す。
「おい」
ゲシッ!
「いちいち蹴るなよ……」
「うちの子に色目使うな。せっかくやった【目】が汚れる」
「目……そ。そうだよ!」
そうだ、ようやく気付いた。
「どうして俺、目が見えてるんだよ! そ、それにケガも治ってるし……!」
「ケガはこの木の雫で治した。ただ部位欠損まではなおらぬ。だから……わしが作ったのじゃ」
「作ったって……目を?」
ウルスラがうなずく。
「恐れ多くもこの世界樹のチカラの一部を加工し、目を作った。いわば【精霊の義眼】じゃ」
「精霊の……義眼」
「ユーリが頼んだのじゃ。自分の力を貴様に与え、目が見えるようにして欲しいとな」
「そんな……」
俺は、感謝はもちろんのこと、それよりも、疑問が口に出た。
「どうして……そこまでしてくれたんだ……?」
ユーリは微笑んで返す。
「あなた……は。わたし……に。ありがとうって、言ってくれた……から……」
「え……? そ、そんなこと……言ったっけ?」
こくこく、とユーリがうなずく。
「わたし……に。ありがとうって、助かったって……」
「ああ……」
そう言えば世界樹に対して、命を救ってくれたことに感謝の言葉を述べた気がした。
ユーリはこの木の精霊だという。
あれを聞いていたのか。
「この奈落に落ちてくるものは、まずいない。が、ゼロではない。そやつらはみなユーリが助けておるのだが、誰一人として感謝の言葉を述べず、それどころか、ユーリを世界樹だとわかると、無遠慮に枝や葉をむしっていく不埒者どもばかりでな」
ウルスラが不快そうに顔をゆがめる。
そう言えば世界樹の枝葉は、高値で売られていたな。
「ゆえに人から感謝されることに、この子は免疫がなかったのじゃろう。だからおぬしの言葉がうれしかったそうだ」
「そうか……だから、助けてくれたんだな。二度も、助けてくれて、本当にありがとう」
俺は命の恩人に深い感謝を捧げた。
ユーリは顔を真っ赤にすると、長い耳をピコピコと動かす。
そしてもじもじ体をよじって、ウルスラの背後に隠れてしまった。
「さて、命も助かったことだし、小僧。とっととこの地を去るが良い」
しっし、とウルスラが野犬を追い払うように手を振る。
「お、おかーさんっ」
ユーリが声を張り上げる。
「ユーリ……? どうしたのじゃ?」
するとユーリが、ぷるぷると首を振る。
「お外……あぶ、ない。あの人、死んじゃう……」
「ま、そうじゃろうな。この隠しダンジョンはSランクのモンスターがうじゃうじゃいる。こやつ程度のチカラでは、一歩出ただけで即死じゃろうな」
ウルスラの言うとおりだ。
現に俺は死熊に殺されかけた。
彼女たちが救ってくれなかったら、死んでいた。
「だがわしらには関係ないじゃろ、こんな下等生物ひとり死んだところで」
「よく……ない!」
ユーリが強い口調で言う。
「おかーさん……なんとか、なら、ない?」
「……わしは守り手の掟で、世界樹から一定距離を離れられぬ。こやつを外まで送り届けることは不可能だ。転移の魔法はあるにはあるが、このダンジョン内では使えぬ」
「そ、そんな……」
しゅん……とユーリが表情を暗くする。
「ゆ、ユーリ。そんな顔をするでない。そこまで……こやつのことが……」
ウルスラは俺を見て、はぁ……っとため息をつく。
「……わかった。ではこうしよう。わしが小僧を鍛える。ここを自力で出れるくらいまで強く育てる。これでどうだ?」
ま、マジか……。
それは、俺にとっては都合の良い展開だった。
「おかー、さんっ。あり……がと……♡」
「まあ……ほかでもないおぬしの頼みだからな……。小僧、感謝しろよ」
「ああ。ありがとな、ウルスラ」
「違う! ユーリに感謝しろと言うのだ! 学ばない奴だな!」
「す、すまん。ありがとう、ユーリ」
はぁ、とウルスラがため息をつく。
「小僧。貴様は世界最強最古の賢者から直々に手ほどきを受けるのじゃ。泣いてユーリに感謝しまくれよ」
……かくして、俺は脱出のために、賢者ウルスラに修行をつけてもらうことになったのだった。




