48.鑑定士、剣聖の亡霊(ボス)と戦う
雑魚を蹴散らしながら、俺は精霊たちとともに、地上を目指していた。
そして、俺たちはたどり着いた。
「ここって、迷宮主の部屋だよな」
見覚えのある、大きくて禍々しいデザインの扉。
『地上へはここを通らねばならぬぞ』
「ボスを倒さないといけないわけか。事が終わるまでここで待っててもらうってのも、危ないしな」
待っている間にアリスが敵に襲われるかもしれないからだ。
俺はおんぶしているアリスを、下ろそうとする。
「…………」
「あの……アリス? 降りてくれないか?」
アリスがぎゅーっと、俺の体に力を入れてくる。
「怖い気持ちはわかる。だがさすがにボスをおまえ背負ったまま無傷で倒すのは難しい。頼む」
アリスはこくり、とうなずいて、俺から降りる。
「……アインくん」
「どうした?」
「……がんばって」
俺はうなずき、扉をあけ、ボス部屋の中に入る。
『敵は【生きる屍】じゃ。死んだ人間の肉体が魔物化したものだな。生前は【剣聖】をやっていたらしい』
部屋の奥に、鎧武者が座っていた。
がしゃり……と音を立てて、ゆったりとした歩調で近づいてくる。
『生きる屍は生前の技能を能力として使う。斬撃を飛ばし、遠隔の敵を斬れるようになる【斬撃拡張】と、間合いに入った敵に神速の一撃を食らわせる【居合い抜き】を組み合わせて戦ってくる』
なかなか難敵のようだ。
鎧武者が腰を落とし、居合いの構えを取る。
『斬撃拡張のおかげで間合いが極限まで伸びている。あそこから居合抜きをしてくるぞ』
「【超鑑定】」
動体視力が強化。
その途端、鎧武者の動きが止まる……はずだった。
だが鎧武者の手元は、普段通りに動き、居合いを放ってきた。
斬撃が伸びる。
俺の胴を真っ二つにする攻撃だ。
Sランクの動きすら止めるほどの動体視力の中。
やつは普通に動けている。
それほどまでに、居合抜きの速さが異常なのだろう。
だが何も問題ない。
「【超鑑定】」
『→攻撃反射のタイミング』
鎧武者の伸びる斬撃を完璧に見切り、俺は精霊の剣で弾く。
パリィイイイイイイイイイイイン!
斬撃をはじき返す。
鎧武者の体に、やつが放った斬撃がおしよせる。
しかし……。
ザンッ……!
『どうやらおぬしがはじき返した斬撃を、居合抜きで切り伏せたようじゃな』
弾き飛ばした攻撃は、倍になって返される。
すでに神速を越えた斬撃を、それを越える速度で斬るとは。
『居合いを放ってくるぞ。今度は2連撃じゃ』
弾き飛ばしても、おそらく同じように居合抜きされるだけだ。
俺は【不動要塞】を発動。
その瞬間、俺の胴と肩に、凄まじい衝撃を感じる。
俺は【背面攻撃】で鎧武者の背後にテレポート。
『居合いが来るぞ』
俺は攻撃の軌道を鑑定。
やつの攻撃が来るのと同時に、また攻撃反射と、そして【仕込み】をしておく。
パリィイイイイイイイイイイイイイン!
刀を直接弾かれ、鎧武者が体勢を崩す。
だがすぐさま居合いの構えを取る。
なるほど、剣聖なだけあってやるようだ。
『また来るぞ、アイン!』
俺は攻撃反射をはなち、体勢が崩れている。
がら空きの土手っ腹に、鎧武者が神速の居合抜きを放とうとした……そのときだ。
すぽん……!
鎧武者の手から、刀がすっぽぬけたのだ。
刀が明後日の方向へ飛ぶ。
その間に、俺は【斬鉄】を使用し、鎧武者を縦に一刀両断した。
がしゃん……と鎧武者が崩れ落ちる。
すっ飛んでいった刀は、途中で方向を変え、俺の手元へと飛んできた。
「よし、終わった」
俺はアリスたちの元へ行く。
彼女たちはぽかんとした表情のまま、突っ立っていた。
「勝ったぞ」
「あ、兄ちゃんたち……なにしてたんや? 速すぎて何してたわからんかったわ」
「端的に言えばボスを倒した」
「い、いやいや! 相手Sランク以上の敵やろ!? それも相手ごっつ速い動きしとったやん!」
「ああ。それでもユーリからもらった【神眼】はちゃんと目で追えてたよ」
「はぇ~……異次元の戦いやったわ。あんたほんとすごいやっちゃなぁ」
「……さすが」
アリスが小さくパチパチと手を叩く。
「途中で敵の刀がすっぽ抜けたのは、偶然だったんか?」
「違うよ。攻撃反射したとき、相手の刀に【粘糸】をつけたんだ」
精霊の剣の切っ先から、刀の腹に、蜘蛛の糸のような粘ついたそれがくっついている。
粘糸はガムのようにくっつき、そしてゴムのように伸縮する。
鎧武者が刀を振った瞬間、刀が精霊の剣にひっぱられて、すっぽ抜けた次第だ。
「はぁ~……あの超高速な戦闘の中、即座に戦術を組み立てるなんてなぁ。さすがやで、兄ちゃん!」
バシバシッ! と朱羽が俺の背中を叩く。
一方で、アリスは俺の元へやってくる。
肩と腰を、ぺたぺたと触ってくる。
「どうしたんだ?」
「……良かった」
「あんたが攻撃受けたやろ? 傷を負ってないかってうちの子は心配しとるんや」
「大丈夫だよ。防御してたからな。心配してくれてありがとよ」
俺はアリスの髪の毛をなでる。
「…………」
「兄ちゃんほんま天然のたらしやなぁ。見てみぃうちの子の幸せそーな顔。うれしすぎて今にも卒倒しそうやわ」
何のことを言ってるんだか……。
その後、俺は鎧武者から能力をコピー。
【斬撃拡張】と【居合抜き】を手に入れた。
また剣聖の使っていた刀は【聖剣】と呼ばれる特殊な刀だった。
それと迷宮核を手に入れた。
いつも通りウルスラに頼み、義眼をレベルアップしてもらおうと思ったのだが……。
「レベル上がらないな」
「おそらく神眼となったことで、必要とされる経験値……つまり迷宮核の数が増えたのだろう」
「1個じゃもう神眼はパワーアップしないわけか」
まあ、何はともあれだ。
「アリス。待たせたな。これで地上までもう一直線だ」
「……そう」
アリスがうつむいて言う。
「……残念」
大好きな家族に会えるっていうのに、浮かない顔してるな。しかも残念って?
「そりゃ兄ちゃんにもうおんぶしてもらえないのが、さみしーって思っとるんやろ」
「なんだそんなこと。言ってくれればいつでもおんぶするぞ」
アリスの目がクワッと見開かれる。
俺に近づいて、手を取り、見上げてくる。
「……本当?」
「あ、ああ……いつでもお安いご用だ」
「……そう」
ぱっ……とアリスが手を離す。
そして、ふふっと、アリスが微笑んだ。
「はーうちの子が! ラブコメしとる! 年中無休で仏頂面しとったうちの子が! 兄ちゃんのおかげで生き生きとした女の顔をしとる! オカンはほんまうれしいでぇーーー!」
……朱羽がなおも意味不明なことを言ってた。
こうして、俺は迷宮主を下し、アリスとともに、隠しダンジョンを突破したのだった。




