42.魔族、鑑定士に蹴散らされる
鑑定士アインが、魔獣となったゾイドを倒してから、半月が経過した、ある日のこと。
ここは、人間の住む大陸から、遙か南に位置する孤島、【魔族国ケラヴノスチィア】。
魔族たちが暮らす、人外の魔境。通称【魔界】
魔界は実力主義の国家だ。
力関係によって、厳格に格付けがなされている。
トップである王。
その下に爵位を持つ貴族たち。
さらにその下に、知性を持たないモンスターたち。
五つの貴族階級のうち、男爵である男の屋敷に、一人の女が訪れた。
「ファルコ男爵、ごきげんよう」
魔族ファルコ。
人間サイズのハヤブサが、二足歩行している。
彼の邸宅の客間に現れたのは、ダークエルフの妙齢の女性。
「これはこれはエキドナ殿! 今日もお美しいですな!」
ファルコはエキドナに、ソファに座るよう勧める。
「実は魔王様からの勅命を持ってきたの」
エキドナはパチンッ、と指を鳴らす。
すると、ファルコの脳裏に、直接映像が流れてきた。
1人の少年が映っていた。
「このサルが、どうかしたのですか?」
魔族にとって、人間や亜人など、ヒト以下の【サル】に等しいのだ。
「あなたにこの少年を倒してきて欲しいの」
「……エキドナ様。それは、あまりに、わたくしのことを、馬鹿にしすぎではないでしょうか?」
ファルコの言葉にいらだちが混じる。
「魔王様から貴族の地位を授かった、このわたしがなぜ?」
「この男は思った以上に腕が立つの。なにせ古竜ベヒーモスを単身で撃破したくらいなの」
「ハッ……! だからどうしたというのですか。古竜種など所詮、モンスターたちの中でトップなだけ。我ら魔族には、実力で到底及ばぬ雑魚ではありませんか!」
モンスターと魔族との間には、分厚い実力の壁があるのだ。
「サルが古竜を倒せたとて、貴族であるわたくしに、かなうはずがない!」
ファルコの力説する姿を、エキドナが微笑んで聞いていた。
「素晴らしい自信だわ。私、強いひと、好きよ?」
エキドナがファルコの隣に座り、大きな胸を押し当てる。
「あなたにこんなことを頼むのは非常に心苦しいの。けど魔王様はあなたの、どんな命令でも嫌な顔せずこなしてくれる誠実さを買ってくださっているわ」
「なるほど! そういうことなら、魔王様からの勅命、謹んでお受けいたします!」
意気揚々と、ファルコは窓を開く。
「人間界への【ゲート】はすでに開いているわ。ここからまっすぐ飛べば、敵の居場所まですぐよ」
「お心遣い感謝いたします! では!」
ファルコは両の翼を広げると、窓から一直線に飛んでいく。
「我が能力は【疾風】! 文字通り疾風の如く、目にもとまらぬ直線の飛翔が可能! この速さは、魔貴族のなかでも随一よ!」
人間界と魔界の間には、障壁が張られている。
それを通るための穴がゲート。
魔王城に控えている宮廷魔導師たちが、儀式魔術を使用中のみ通ることが許される。
凄まじい速さでファルコは飛翔。
ゲートを通り抜けると、瞬く間に、敵の拠点へとやってきた。
そこは人間界の屋敷。
その裏庭に、標的がいた。
偶然にも、周りに誰も居ない状況。
ちょっとターゲットを消した後、何人か人間を喰らって帰ろうと思ったのだが、無理そうだ。
なぜなら、ゲートを開いていられる時間には、限りがあるからだ。
ファルコは【疾風】をとき、ターゲットの頭上に滞空する。
特徴の無い少年だった。
目の色が左右で異なるくらい。
年の頃は15くらいだろうか。
線は細い。
「貴様が【竜殺し】のサルか!」
ファルコは少年を文字通り見下ろしながら、堂々と名乗りあげる。
「我は魔貴族・五等爵が男爵! 疾風のファルコ! 貴様の命もらいうけにきた!」
少年は魔族と聞いて、ビビっているようだ。微動だにしてない。
「貴様には2つの選択肢がある。大人しく死ぬか、それとも無様に抵抗して死ぬか。首を自ら差し出すというのなら、苦しまずに殺してやってもいい」
「……そういう御託はいいから、さっさとかかってこいよ、鳥頭」
ビキッ……! とファルコの額に青筋が立つ。
「き、貴様ぁ! 言うに事欠いて、わたしを獣と同格に扱ったなぁ!」
「どう見ても動物だろうが、おまえ」
「非力なサルめ! 偶然ベヒーモスを倒した程度の実力で調子に乗るなよ!」
バサッ! とファルコは翼を広げ、【疾風】を発動。
早き風となって、少年へ向かって飛ぶ。
即死などさせてなるものか。
この鋭い爪でじわじわ肉体を削ってやる!
少年の右腕を狙った高速の一撃を、喰らわせようとした、そのときだ。
パリィイイイイイイイイイイイン!
「なっ……!?」
ファルコの体が、突如明後日の方向へと、吹っ飛んだのだ。
そのままファルコは、地面に頭から突っ込む。
「な、なにがおきたんだ……?」
今たしかに、少年めがけて、突撃を噛ましたはず。
「なにをされたんだ……いったい!?」
もう一度ファルコは起き上がり、【疾風】を使用。
超高速で少年に突撃をしようとする。
「……【鑑定】」
少年は、右手に剣を出現させ、その剣で思い切り、ファルコの頭を弾き飛ばしたのだ。
パリィイイイイイイイイイイイイン!
吹っ飛ばされたファルコは、空中で受け身を取る。
「攻撃反射だと……!? ば、バカな!? このわたしの! 高速の一撃を見切ったというのか!?」
さも当然のように、少年がうなずく。
「ふ、ふざけるなぁ! わたしは! わたしは魔貴族がひとつ、ファルコ男爵だぞ!」
「男爵って一番下っ端ってことじゃねえか。たいしたことないな」
絶対殺す! とファルコは【疾風】を発動。
超高速で少年の周りを飛ぶ。
上下左右に動くことで、少年の注意をそらす。
「はははは! どうだこの超高速の立体機動! 貴様ごとき下等なサルに! この動きは目で追えまい!」
「いや、おせえよ」
自分の背後から、少年の声がしたのだ。
「バカなぁああ!? い、いつの間に背後を!?」
「【背面攻撃】だよ」
そう言って、少年が剣を振る。
それはファルコの翼を切断した。
翼を失ったファルコは、そのまま落下。
グシャッ……! と無様に地に頭を着ける。
「ば、バカな……! あり得ぬ! 人間ごときが! 魔族に致命傷を負わせるだと! き、貴様!? 何者だ!?」
少年は無感動に、ファルコに近づく。
「ただの……鑑定士だよ」
「ばっ、バカ言うな! 下級職にわたしが負けるわけないだろ!」
「だが俺が下級職であることも、そしておまえが俺に負けたことも、事実だ」
「そんな……ばかな……」
ファルコが絶望していると、少年が剣を振りかぶる。
彼が見下ろすその目は、右が黄金。左は翡翠。
どちらも強力な魔力を秘めていた。
「……その異常な強さは、その目のおかげか。……バケモノめ」
それが、ファルコの遺言になったのだった。




