41.かつて鑑定士は不遇職だった
鑑定士アインがゾイドを倒し、【完全再生】の能力で、死者を復活させた。
話は数日後の夜。
精霊エキドナは、王都の市街地へと足を運んだ。
そこはアインとゾイドの戦いが繰り広げられた現場。
しゃがみ込んで、エキドナは【それ】を拾う。
ゾイドに与えた、赤黒い色の精霊核だ。
「回収完了。……まさか、あの使い捨ての駒までも、あの子は再生させるとはね」
ゾイドのその後を、エキドナは【目】を使って監視した。
アインは絶命したゾイドにも、【完全蘇生】を使用した。
破壊された体だけでなく、体細胞までもが、正常な状態へと戻った。
すなわち、魔獣から人の姿へと、戻ったのである。
その際にゾイドにつけていた【精霊核】はこぼれ落ちた次第。
アインがこれを回収できなかった理由。
彼が気づけぬよう【隠蔽】の力をエキドナが使ったからだ。
「さて。データは回収したし、あの子らの力はこの【目】でハッキリと確認できたわ」
にぃ……っとエキドナが邪悪に笑う。
「計画の首尾は上々。駒が盤上にそろうのも時間の問題。さて……帰ろうかしら」
エキドナは上機嫌だった。
軽い足取りで、その場を立ち去る。
「まっててね、ミクトラン。かならず……あなたを復活させてあげるから」
エキドナはそのまま、夜の闇へと、消えていったのだった。
☆
ゾイドによる王都襲撃騒ぎから、1週間が経過した、ある日のこと。
朝。
ジャスパーの屋敷の、俺の部屋にて。
「アイン……さん。おねがいが……あります!」
俺がソファに座ってお茶を飲んでいると、ユーリが顕現し、こう言ったのだ。
「わたし、にも……、ちゅ、ちゅーして、ください!」
「ぶっ……! な、なに冗談いってるんだよ、おまえ……」
俺はカップをテーブルに置いて、ユーリを見やる。
「冗談、じゃ……ないです! おかーさん、とアイン……さん。ちゅーしました! わたしも、ちゅ、ちゅーしてくれなきゃ、不公平! です!」
最近なんか言いたげにこっちを見ていたのは、これだったのか。
「誰にそそのかされたんだ?」
「そりゃもちろん!」
「それと、わたしたちで~す♡」
俺の両隣に、ピナと黒姫が出現。
「おねーちゃんがねー、もー、奥手すぎて見てられなくってさぁ!」
「そんなにキスして欲しいのなら、素直に頼めばしてくれるとわたしたちが助言したのですよ♡」
「「ね~♡」」
……このアホコンビが。
「と、ゆーことで~、ささっ、お兄さん、ぶちゅっとぶちゅっと!」
「わたしたちは部屋の隅で様子をうかがってますので、どうぞごゆっくり♡」
「バッチリ見てんじゃねえか!」
すると、俺の目の前に、ウルスラが顕現する。
「ウルスラ。ちょっとこのアホ二人をどうにかしてくれ」
「ピナ。それに……黒ちゃん、アインが困っておる。勘弁してやってくれ」
黒姫は目をパチパチと瞬きさせる。
そして、にっこりと笑った。
「仕方ありませんね、ウルスラちゃん♡ さ、ピナ。わたしたちは退出しましょう」
「えー! これから面白くなりそうなのに~」
ぶーぶー、とピナが文句を言う。
ウルスラが二人を連れて、部屋を出て行こうとする。
「ウルスラちゃんは、いいの? 大事な娘が他人にキスされるかもしれないのに?」
するとウルスラが、俺を見て、ふんっ、とそっぽ向く。
「あやつは他人ではないから、良い」
ウルスラはピナたちを引っ張って、部屋を出て行こうとする。
「じゃがアイン。キスまでだからな。それ以上したらおぬしを殺すからな!」
幼女賢者は俺をにらみ付けると、扉をバタン! と強くしめた。
後には俺とユーリだけが残される。
「キスする必要あるのか?」
「ちゅ、ちゅー必要! 守り手、世界樹ともパスつながなきゃ、だめ! だから必要! とっても必要!」
ということでウルスラも、俺とユーリがキスすることを容認したみたいだった。
「どうしてパスをつながないといけないんだ?」
「…………」
「おいまさか知らないのか?」
「し、知ってます! つ、つなげないと……やばい、です!」
こいつ知らないな……。
まあ後でウルスラに必要性を尋ねてみよう。
「わかったよ。ユーリ」
ユーリはパァ……! と輝かせると、俺の隣に座る。
ちょこんと正座し、胸の前で両手を組んで、ん……と唇を向けてくる。
……改めてみると、可愛いな、この子。
「あの……はじめて、だから。いたく……しない、で……?」
「……はいよ」
俺はユーリの細い肩を抱き、そして、彼女の唇に、自分のそれを重ねる。
ぱぁ……! と俺の左目が、強く光り輝いた。
ややあって、俺はユーリから唇を離す。
「むきゅ~…………♡」
ユーリはソファに、後ろ手に倒れる。
「しあわせ、すぎて……てんに、のぼるぅ~……♡」
顔を真っ赤にして、ユーリは気を失った。
俺は少し考えて、鑑定能力を発動させてみる。
「【鑑定】」
『神眼(SSS)』
『→精霊神の目がよりパワーアップした姿。現状保持する目の能力の向上、および、神の力をその身に宿す』
……どうやらユーリとより深く結びついた結果、精霊神の目が進化したようだ。
神の力ってなんだよ。
女神と関係あるのか?
……わからんことが多い。
例えば、だれがゾイドを魔獣に変えたのか。
例えば残りの6つの隠しダンジョンの位置。
例えば、行方不明のユーリの姉エキドナの所在。
わからんことだらけだ。
けど……まあ、大丈夫だろう。
俺には、世界最強の目があるから。
かつて、俺の目には、この世界が大層憎たらしくうつっていた。
職業で全てが決定づけられる世界なんて、くそ食らえと思った。
だって職業を変えることができないのだから、生き方だって、変えられないじゃないかと。
……だが、違った。
生き方は変えられる。
進むべき唯一の道だと思っていても、ふとしたきっかけで……まるで違うルートが見えてくる。
きっとこの世界は、俺が思っていたよりも……窮屈じゃないのかもしれない。
職業で人生の全てが決定づけられるのではない。
人生を決めるのは、結局のところの自分の意思だ。
鑑定職が不遇職だと、腐っていたから、俺の人生はくそったれだったのだ。
けど……俺はもう二度と、自分の職業を不遇職なんて思わない。
俺はこれからも、精霊や、仲間たちとともに、歩んでいこうと思う。
この目とともに、未来を見据えながら。




