40.鑑定士、死者を蘇生する
キメラを一蹴した直後。
王都の市街地にて。
頭部を失った死体が、散乱している。
「うぇえええええええん! おかーーさーーーーーーん!」
死んだ母親にしがみつく、子供。
母親の頭部は、完全に破壊されていた。
……とてもじゃないが、見ていられなかった。
俺のとなりに、ユーリが顕現する。
泣いている女の子を見て、きゅっ、と下唇をかんだ。
「ユーリ……。無理だ。世界樹の雫は回復能力はあっても、部位欠損はなおらない。まして、死んだ人間にはもう……」
俺が言うと、ユーリは首を振った。
「おかー、さん。ごめん、ね。【約束】……やぶる、ね」
「ダメじゃ! ユーリ! 能力は使うな!」
ウルスラが顕現し、ユーリの腰にしがみつく。
「ユーリの……能力?」
世界樹のピナには、【幻術】という能力があった。
しかし……同じく世界樹の精霊であるはずのユーリにはなかった。
治癒は、世界樹の雫で行っていること。能力じゃない。
「おかー、さん! とめないで! あの子、泣いてるの!」
「ダメじゃ! 何のために能力を秘匿してきたと思っておる! その力を知った悪しき者たちが、必死になっておまえを狙ってくるぞ!」
「でもっ! 助けたいの!」
ウルスラを振り払い、ユーリが駆け出す。
「小僧! たのむ! ユーリを止めてくれ!」
俺はユーリの手をつかんで止める。
華奢な彼女では、俺の手を振り解けない。
「ウルスラ。この子の能力って?」
「守り手でもない貴様に教える義理はない。帰るぞ、小僧」
「まっ、て……!」
ユーリが俺を見て声を張る。
「まだ……やりなおせる。わたしの……ちから、なら……」
「言うな! ユーリ!」
「わ、たし……能力、【完全再生】。死者すら……復活させられる。だから、あの子の母親も、みんなも……生き返らせて……あげたい……」
「わしは許さぬ! 死者を蘇生させたら大勢がその力を奪いに来る! 自らの命を危険に晒してまで! 名前も知らない他人のために、そこまでする義理はないじゃろうが!」
「それでも、わたし……は、たすけたい! 傷ついているひと……みんなを!」
ユーリが駆け出そうとする。
俺は……彼女の手を引いた。
「アイン、さん……とめない、で!」
「ウルスラ。おまえが危惧しているのは、ユーリが【完全再生】を使うことで、この子の力を狙う輩が来ることだよな」
「そうじゃ! だから能力を人前で使わせたくないのじゃ!」
「なら俺がユーリの【完全再生】を鑑定する。俺があいつらを蘇生する。そうすれば……ウルスラが危険視してるような、ユーリの命が狙われるような展開にはならない」
「! けど、それじゃあ、アインさんが」
「心配すんな。俺には力を貸してくれるおまえがいる。仲間がいる。身に降りかかる火の粉は、振り払える」
「……じゃがおぬしがとらわれ、ユーリが力の源だと気付かれたらどうする?」
「そのときは潔く、自殺するよ」
ウルスラの魔法により、俺が死ぬと、ユーリの精霊核は世界樹の元へ戻る。
「これならユーリは安全だろ?」
俺は笑って、不安げなユーリの頭を撫でる。
「俺はおまえに返しきれない恩がある。おまえのしたいことが、俺のしたいことなんだよ」
彼女の涙を、俺は指で拭う。
「ユーリ、俺はおまえを守りたい。ウルスラがおまえを守るように」
「それは……小僧。貴様も守り手となるということか?」
「ああ」
ユーリが傷ついた人たちを助けたいと叫んだとき、俺は思い出した。
俺が奈落に墜ちたときのことを。
あのとき、俺は死んだはずだった。
けどこの子は、俺を助けてくれた。
ユーリは、優しい子だ。
たとえ見ず知らずの命を助けた結果、自分の命が狙われるかもしれないとしても。
目の前の困っている人を、助ける。
そんな彼女の気高き精神にひかれて、俺は今まで以上に、ユーリを守りたいと思ったのだ。
「……ミクトランの再来、か」
ウルスラは目を閉じて、はぁ……と大きくため息をつく。
「わかった。小僧……いや、アイン。おぬしの覚悟しかと受け取った。しゃがめ。貴様に証をさずける」
俺は言われたとおり、ウルスラの前にしゃがむ。
彼女は俺の前に立つと、目を閉じて、俺の唇に……自分の唇を重ねた。
その瞬間、俺の体に、大量の魔力が流れ込んでくる。
そして俺の左手が強く輝く。
ややあって……ウルスラが唇を離す。
「アイン。おぬしとわしとの間に、パスをつないだ。これでおぬしとわしは、精霊の守り手として、一心同体となった」
「それって……つまり?」
「わしの体内に蓄えてある膨大な量の魔力を、おぬしが使えるということだ。それに魔術回路も共有となった。魔法の威力も私と同等になったぞ」
つまり……俺は賢者ウルスラの魔法と魔力を、完全に自分の物にしたということか。
「アイン、左手を見よ」
「なんか……紋章があるな」
「それは精霊の守り手である証じゃ。わしとおぬしはユーリを守る運命共同体。……わしはユーリを、そして同じレベルで、おぬしを守ろう」
今までもウルスラは、十分に俺のことを守ってくれた。
だが……これからは、より一層、俺のことを守ってくれると言うことか。
「勘違いするでないぞ」
「ユーリのためなんだろ?」
「いや……」
ふっ、とウルスラが微笑む。
「おぬしのためなんじゃからな」
……不覚にも、ウルスラが可愛いと思ってしまった。
「ユーリから能力をコピーせよ。なんのために魔力回路を共有させたと思っておる」
「なんのためだよ?」
「【完全再生】には莫大な魔力量が必要となるのじゃ。だがもう心配するな。わしのものを使えるのじゃからな」
俺はユーリの元へ行く。
「ユーリ。いいか?」
「は、い。おねがい、します……」
『世界樹ユーリの能力』
『→完全再生(SSS)』
『→対象となる人物の肉体を完全な状態に戻す。対象が死亡した場合、死亡直後であれば蘇生が可能となる』
俺は能力をコピーした後、泣いている女の子のもとへいく。
「安心しろ。お母さん治してあげるから」
俺は少女の母親に、両手をかざす。
尋常じゃない量の魔力が、俺の体からひっぱられる。
ウルスラと契約してなければ、今頃魔力を全て吸い取られ死んでただろう。
俺の手が、翡翠に強く輝いたと思った、次の瞬間。
「ママっ!!!」
女の子が母親に抱きつく。
失った頭部は、完全に再生されていた。
「わたしは……いったい?」
「このお兄ちゃんが治してくれたのっ!」
女の子が俺を指さす。
「なんとお礼を言って良いことやら!」
「気にすんな。礼は……不要だよ」
このお礼は、俺に向けるべきじゃない。
けど俺がやったとしないと、ユーリに迷惑がかかる。
そんなことはできない。
俺は、精霊の守り手として、ユーリを守ると……決心したのだから。




