39.ゾイド、それでも鑑定士には勝てない
エキドナという精霊に、力をもらったゾイド。
全身に活力が沸き、万能感に包まれる。
さっきはジョリーンを殺した。
自分を裏切ったクソ女と、女を奪ったクソ男をほうむってやった。
男の方は冒険者だった。
上級職である剣士よりも、上の職業だったのだろう。
だがまるで砂糖菓子のように、容易く砕けてしまった。
人を喰らった瞬間、もっと喰いたいという衝動を覚えた。
人は今のゾイドを見て恐れ、そして自分の力で、容易く倒すことができる。
自分は、進化して圧倒的な強者となった。
(そうだ……おれは……おれは、誰よりもつよくくなったんだぁあああああああああ!)
「ガロォオオオオオオオオオオオオオ!」
顎の形が変わってしまったからか。
ゾイドは、人語を話せなくなっていた。
だがそんなの関係ない。
(おれが! 強者だ! ひれふせ! 弱者ども! 死ね! 死ね! 死ねぇええ!)
ゾイドは王都の奴らを、片っ端から食って回った。
(ははっ! 最高の気分だ! 人を殺すのが! 弱者を踏みにじることが! こんなに気持ちがいいことだったなんてなぁ!)
無差別に、手当たり次第。
まるで、己の力を誇示するように。
やがて……。
ゾイドは、【彼】と邂逅する。
王都の繁華街へと到着した。
そこにいたのは……鑑定士の少年・アインだった。
(アインぅううううううううううううう!)
ゾイドは歓喜した。
復讐相手が、目の前に偶然現れたのだから。
(運も味方してる……! 天は言ってるんだ! おれに! こいつを倒して最強になれってなぁ!)
ゾイドは四つん這いになり、彼に向かって走り出す。
やつは今のゾイドの速さが、目で追えていないらしい。
敵を前に、アインは棒立ちだった。
ゾイドは口を大きくあけ、アインの左肩を、かみちぎった。
「…………」
アインはその場に膝をつく。
にやり……とゾイドは笑う。
(効いてる……おれの攻撃が……効いてるぞおおおおおおお!)
ゾイドはバッ……! とその場から離れる。
やつの頭をかみ砕くことくらい、造作も無いこと。
しかしそうはしない。
(おれが味わった屈辱の分、存分にいたぶってから、殺してやる!)
ゾイドは超高速で動き、アインに攻撃を加えた。
右腕、右足、左腕、左足……。
ゾイドは徐々に、アインの体をその顎で削っていった。
(なんだあんだけえらそうにしておいて! 今のおれに手も足もでねえのかよぉおおおお!)
獣のような雄叫びをあげながら、ゾイドはアインにダメージを与えていく。
肉がそぎ、骨が露出する。
アインは【動いてない】。
だが徐々に体が傷だらけになっていく。
(どうだ! 下級職のくせにおれを見下しやがって! おまえなんて! しょせん! おれには勝てないんだ! おれが、最強なんだよぉおおおおおおお!)
十二分にいたぶった後。
(とどめだ死ねぇええええええええええええ!)
ゾイドは大きく顎を開き、アインの頭を、まるごとかみ砕いた!
ばきぃ……!
(やった、やったぞ! どうだ見たか! おれのこの力! おれはてめえなんかよりも強いんだあ!)
……と、そのときだった。
「良い夢見られたか?」
ドスッ……!
「へぇあ……?」
ゾイドの胸から、剣が生えていた。
誰かが後から、ゾイドを串刺しにしたのだ。
(ば……かな……。いったい……だれ……?)
ぐりん、と目を後ろに向ける。
そこにいたのは……鑑定士アインだった
(あ、アインぅうううううううううう!)
信じられない光景だった。
アインは、無傷だったのだ。
(ば、バカな!? どうして!? おれがあんなにいたぶったのに! 手も足もでなかったのに!)
「市街地でこれ以上暴れられても困るからな。幻術をかけさせてもらった」
では……さっきまでいたぶっていたと思ったアインは、幻だったのか?
(うそだ……うそだうそだぁああああ!)
ゾイドは無理矢理剣から体を抜いて、地面に倒れ伏す。
心臓を後からひとつきされた。
血が止めどなくあふれている。
(くそ……くそがあぁああああ!)
ゾイドは渾身の力を振り絞って、跳躍。
凄まじい速さでアインの周りを走り回る。
(だがしょせん! おまえはおれの速さについていけてなかった! だから小細工使ったんだろ! 死ねぇええ!)
瀕死のゾイド。
これを外したらまず勝てない。
だが問題ない。
ゾイドは撹乱したあと、死角をついて、アインの頭部を狙った一撃を食らわせようとした……そのときだ。
ぐりんっ、とアインの目が、ゾイドの姿を完璧に捕らえた。
ヤツは持っていた剣の腹で、ゾイドの顔面をぶったたいた。
パリィイイイイイイイイイイイイン!
「ぐぁあああああああああああ!!!!」
ゾイドは後方へぶっ飛ぶ。
建物の壁に激突すると、その場にずり落ちた。
(ばか……な。動きを……完璧に……とらえて、攻撃を……はじきとばした……だと……)
無様に這いつくばるゾイド。
急所を潰され、全身を強打した。
もはや彼に余力は無く、その場から一歩も動けない。
アインは悠々と歩いて近づいてくる。
(うそだ……こんなの……うそだ……)
ゾイドは現実を受け入れられなかった。
自分より、下だと思っていた鑑定士に、完全に実力で上をいかれた。
精霊から力をもらい、今度こそ最強に、アインより強くなったと思った。
……だが、攻撃は完全に見切られていた。
幻術をいつの間にか掛けられていた。
(うそだ……こんなの、認めないぃいいいいいいいいいいい!)
ゾイドは、最後の力を振り絞る。
アインに向かって、突進。
大きく顎を開けて、彼の体に噛みついた。
がきぃいいいいいいいいいいん!
(なっ……!? んだと……)
アインは、ゾイドからの噛みつき攻撃を受けて……まるで平然としていた。
頭部を狙った一撃だった。
しかしゾイドは、アインの右腕を噛んでいる。
やつは、また攻撃を見切ったのだ。
体を避け、頭部への一撃を、腕へと移したのだ。
腕一本でも! と思って顎に力を入れた。
バキィイイイイイイイイイイイン!
やったか! と思ったが、壊れたのは……ゾイドの顎の方だった。
「動いてないとき、俺に攻撃は無効なんだよ」
(そ、んな……)
ゾイドは、完全敗北した。
速さでも、自慢の顎でも、アインの力には遠く及ばなかった。
(ばかな……うそだ……こんなの……ありえない……下級職の、雑魚のくせに……どうして……)
ゾイドの意識が、遠のいていく。
体から急速に力が抜けていった。
(人間であることを捨てても……俺は、勝てなかったのか……)
ゾイドは、人生最後に、アインの目を見る。
その目は、不思議な色をしていた。
人間のものでは、なかった。
(思い上がり、だった。おれなんかよりも、よっぽど……アインは、最強だったんだ……)




