37.ゾイド、全てを失い闇に墜ちる
ゾイドが、隠しダンジョンから、おめおめと逃げてきた。
その噂はしかし、まったくと言っていいほど広まらなかった。
センセーショナルな噂が、2つも、立て続けに起きたからだ。
1つは、隠しダンジョンが突破されたこと。
そしてもう1つは、SSランクモンスター【ベヒーモス】が、討伐されたこと。
どちらも偉業であり、どちらの偉業にも、鑑定士アインが絡んでいる。
冒険者ギルドでは、アインの話題で持ちきりだった。
皆の関心事は、はたして下級職であるアインが、本当にそれら偉業を達成できたのかということ。
大抵の冒険者は、それはインチキだと否定する。
だが事実として隠しダンジョン踏破、ベヒーモス討伐はなされている。
じゃあ本当なのか、いやどうなのか。
冒険者ギルド内では、もっぱらその噂で持ちきりだった。
一介の冒険者であるゾイドのことなんて、みんな気にもとめてなかったのだ。
「ちくしょう~……」
夜。
ゾイドは、王都をフラフラとした足取りで歩く。
「ったく……どいつもこいつもよぉ~……くちをひらけばアインアインってよぉ~……」
先ほどまで、ギルドで酒を浴びるように飲んでいた。
「ちくしょぉ~……アインの野郎~……ひとりだけ、強くなりやがって……」
ギルド内では、まだ噂のどちらもが、アインの所業か否かで紛糾している。
だがゾイドは知っている。
噂は本当であり、アインは尋常じゃない強さを手にしているということを。
「ほんの少し前は俺の方が強かったじゃねえか……くそっ!」
と、そのときだった。
ドンッ……! と誰かがゾイドの肩にぶつかってきたのだ。
ゾイドは無様に、その場に尻餅をつく。
「なにすんだよぉ……! ああっ!?」
「あなた……ゾイド?」
「ジョリーン! てめぇ……!」
そこにいたのは、かつての恋人でありパーティメンバー・魔女のジョリーンだった。
「ジョリーン、知り合いかい?」
彼女の隣には、背の高い、イケメンの男がいた。
「んーん。知らないわ、こんなやつ……」
「なっ!? なんだよその態度! ふざけんな!」
ゾイドはカッなって、ジョリーンめがけて殴りかかろうとした。
パシッ……!
「女性に乱暴は良くないよ」
男は軽々と、剣士であるゾイドの攻撃を受け止めたのである。
そのままくるんっ、とゾイドの腕をひねる。
ゾイドは無様に背中を打って、倒れた。
「彼はどうしてジョリーンに殴りかかってきたんだい?」
「こいつ……昔の男なのよ。まあもう別れて何の関係もないわ。けど向こうには未練があるんじゃない?」
「そうか。それは失礼した。だがジョリーンは今僕と付き合ってるんだ」
「なっ……!? なんだとっ!?」
「そういうわけだ。彼女のことはあきらめてほしいな。それでは」
男はジョリーンを連れて、ゾイドの元を去って行く。
彼女はこっちを一瞥もせず、新しい恋人に熱烈な視線を向けていた。
「は……はは……最悪だ……」
ゾイドは、その場に大の字になって倒れる。
「ギルドの信用は、失う。女も取られる。見下していた相手に……先を越される」
じわ……っとゾイドの眼に涙が浮かんできた。
どうして、こんな不幸な目に遭わなければいけないのだ。
すべては鑑定士アインを、奈落に置き去りにしてからだ。
あの日から全ての歯車が狂ってしまったんだ。
「アインさえ……アイツさえいなければ……俺は……」
……と、そのときだった。
「もしよろしければ、力、お貸ししましょうか?」
ゾイドは見上げる。
そこにいたのは……言葉を失うほど、美しい女だった。
背が高く、胸と尻が飛び抜けて大きい。
顔の作りは人形と見まがうほど精巧だ。
流れる銀髪に、尖った耳。
一瞬、エルフかと思った。
だが肌の色が……浅黒かった。
「ダークエルフ……?」
「いいえ、私は精霊。名前を【エキドナ】と申します」
「精霊……だと?」
ゾイドはフラフラと起き上がる。
「精霊がおれになんのようだよ?」
「なにやら強い恨みを抱いているとお見受けします。その復讐のお手伝いができれば……と思いまして」
確かにアインに、強い恨みを抱いている。
だがどうしてこの女が、それを知っているんだ?
「ふふっ、それはですね。私には特別な【目】があるのです」
エキドナは、まるでゾイドの心の中を呼んだかのように、語りかけてくる。
「精霊の目……あなたが恨みを抱いているその鑑定士も、同じ目を持っているのです」
「なんだと!? だ、だからあの野郎、強くなりやがったのか!!!!」
エキドナが怪しく微笑む。
「欲しくないですか、精霊の目?」
「ほ、ほしい! よこせ!」
にぃ……っとエキドナが邪悪に笑う。
右手を差し出すと、その上には……赤黒い目玉が出現した。
これが精霊の目というやつか?
エキドナは精霊の目を手に取ると、ゾイドの眉間めがけて、勢いよく突き刺した。
眉間に、エキドナの持っていた目玉が収まる。
「がっ! がぁあああああああああああ!」
ゾイドはその場に崩れ落ちる。
頭部に激痛が走った。
体全体がバラバラになるのではないか、という痛みにもだえていた。
内臓が入れ替わり、筋肉や骨が破壊されていく。
そして……まったく別の生き物に、作り替えられていくような……感覚。
ややあって。
そこにいたのは、1匹の【獣】だった。
3つ目玉のある、異形のバケモノ。
「さぁ坊や。人間が憎いのでしょう? ならば……殺しなさい」
「グルアァアアアアアアアアアアア!!!!」
獣はグッ、と体を縮めると、凄まじいジャンプ力を発揮。
たどり着いたのは……先ほど自分たちに恥をかかせた、ジョリーンたちカップルだ。
「な、なんだおまえは!?」
男が剣を抜こうとする。
獣となったゾイドは、口を大きく開ける。
顎の関節は完全にはずれていた。
牙は剣山のように。
人間離れしたその顎で、ゾイドは男の頭部を喰らった。
「え…………ヒッ……! きゃあぁああああああああああああ!」
ジョリーンは悲鳴を上げ、その場にへたり込む。
ぐちゃぐちゃと咀嚼しながら、ジョリーンを見やる。
「じょ、りーん……お、おま……え、ころ……す」
「そ、その声……まさか、ゾイド?」
ゾイドは一歩、ジョリーンに近づく。
「ご、ごめんねゾイド! こ、この男、私に自分の女にならないと殺すって脅されてたの! あなたのことが嫌いになったとかそういうんじゃないわ! だから!」
しかしゾイドはジョリーンの頭部を喰らった。
ぼり……ぼり……とゾイドはジョリーンの頭部を咀嚼する。
「ダメでしょう、坊や?」
エキドナがゾイドに近づいてきて、その顎を撫でる。
「復讐相手は、あの鑑定士でしょう? 探し出して……殺しなさい」
本題を思い出したゾイドは、月に向かって吠えると、王都の繁華街へと走り去っていったのだった。




