35.鑑定士、ベヒーモスと戦う
数日後。
俺は、西にある隣国へと赴いていた。
そこは一面砂漠の国。
四季は存在せず、1年中真夏のような日々が続いている。
地平の先まで続く砂漠。
照りつける灼熱の太陽。
この砂漠地帯に、古竜が出現したという。
『古竜ベヒーモス(SS)』
『→岩のような巨体を持つ古竜種。竜と名がつくが空は飛べず、地を這い進む地竜に近い存在。その外殻は魔法を吸収し魔力に変換する。【螺旋弾】と呼ばれる、空間を削り取る空気の弾を打ち出す』
ベヒーモスは夜行性らしく、日中は砂の中で潜んで、通りがかる商人や積み荷を狙うそうだ。
「さて……やるか」
俺は精霊の剣を出現させる。
魔法が吸収される以上、能力と剣術で対処するしかない。
『まずは砂の中からヤツを引きずり出すぞ。位置は鑑定しておる。そこへ魔法でけん制じゃ』
俺は極大魔法【煉獄業火球】を、無詠唱で発動。
どがぁあああああああああああああああああああん!!!
爆発による衝撃で、砂漠の砂が吹き飛ぶ。
隕石が落ちたような後が、俺の眼前にできた。
『……誰だ? 我の眠りを、妨げる阿呆は?』
穴の中から、のそり……と何かが顔を覗かせた。
翼はなく、ぶっとい四肢。
人間の10倍……いや、20倍くらいはありそうな、巨大な竜。
「俺だよ。おまえが人に迷惑かけるから、倒しに来た」
『はーーーーはっは! これは面白いことを言うな、人間! 貴様のような、特に脆弱な人種が、魔王様自らお作りになられたこのベヒーモスに、敵うとでも本気で思っているのか?』
どうやらベヒーモスは、俺を完全になめてかかってるようだ。
その方が、【仕込み】が楽だ。
「思ってるよ。だからこうしてやってきた」
『その威勢だけは褒めてやろう。だが我は古竜。魔王様の次に強き者。生まれ持っての圧倒的強者だぞ?』
「なら魔王もたいした強さじゃなかったんだな」
その瞬間、空気が変わった。
『……魔王様を侮辱しおって。死ぬが良い』
ぐあ……! とベヒーモスが口を開く。
『螺旋弾を打ってくるぞ』
「手は打ってある。大丈夫だ」
ベヒーモスが俺めがけて、弾丸を撃ち込む。
ボッ……!
着弾地点に……さっき極大魔法で打った穴と同じくらいの大穴が空いてた。
『なっ!? ど、どうなっておる! 我の弾丸が! どうして当たらぬ!?』
「老眼で目がかすんでるんじゃないか?」
『ほ、ほざけぇえええええええ!』
ボッ……! ボッ……! ボッ……!
螺旋弾が俺の周囲に着弾するが、しかし、絶対に俺には当たらなかった。
『なぜだ!? 貴様は一歩も動いておらぬのに!?』
「答えてやる義理はねえな。……さて、狩りを始めるか」
俺は精霊の剣を出して、ベヒーモスめがけて走る。
『人間ごときが、地の王である我に砂のフィールドで適うと思うか!』
まあ人間が普通に走ったのでは、砂漠では鈍足になってしまうだろう。
【超加速】を使用。
『なぁっ……!? な、なんだその速さは!?』
驚くベヒーモスの右前足を、【斬鉄】を使用した剣でぶった切る。
『ぐぁああああああああああああああああああああああ!!!』
ベヒーモスはその場でのたうち回る。
『バカなっ!? 我の外皮は【神威鉄】並に硬いのだぞ!?』
「たいしたことねえな、おまえの防御力」
『ほ、ほざけぇえええええええええ!』
ベヒーモスが俺めがけて、螺旋弾を連射する。
だがその1発も、俺には当たらない。
『なぜだあ!? なぜ当たらぬ!? 敵は回避をしていないのに!?』
『おー、幻術はバッチリはまってるみたいだね、お兄さん』
ピナが、俺にだけ聞こえる声で言う。
ベヒーモスには、幻術をかけたのだ。
やつが余裕たっぷりに俺を見下している隙に、である。
「さっさと俺を地中から殺せば良かったのによ。侮るからだ」
俺はすぐさま移動。
今度は右後ろ足を、剣で切り飛ばす。
【斬鉄】の威力は凄まじい。
こんなぶっとい足を、オリハルコン並に硬い外皮ごとぶったぎってるからな。
『く、くそっ! 撤退だ!』
そう言って、ベヒーモスが地中へと潜っていく。
『こやつは地上よりも地中での移動速度が速いみたいじゃな』
『そうっ! 我は本気ではなかったのだ! 地に潜った我の真の強さにおののけ人間!』
ベヒーモスが完全に視界から消える。
『ベヒーモスは、じらして20秒後に小僧の真下に出現し、まるごと貴様を飲み込むつもりじゃぞ』
「了解。ピナ。幻術は解いてくれ。黒姫、頼む」
『あいあいさー!』『かしこまりました♡』
ややあって。
モコッ! と俺の足元の砂が膨れ上がる。
きっかり20秒後。
ベヒーモスは俺の足元に出現すると、そのまま俺を、まるごと飲み込んだ。
『ハーハッハッハー! どぉおだぁああああああああ! 人間ごときが、我に楯突いたからこうなるのだぁああああああ!』
俺はやつの食道へと落ちていく。
『脆弱な猿のくせに調子に乗るからこうなるのだ! はーっはっはっはっはーーーー!!!』
と、そのときだった。
どがぁあああああああああああああああああああああああん!
『ぐ、ぐあぁあああああああああああああああああああああ!!!!』
突如、ベヒーモスの体が、破裂したのだ。
その巨体は爆発四散。
丸呑みされていた俺は、外へと脱出できた。
『な、何が起こったのだぁ!?』
体がバラバラになり、首だけになったベヒーモス。
「おまえの体に、極大魔法をぶっぱなっただけだよ」
『ありえぬ! 我の体は、魔法を吸収する! 現に最初の貴様の極大魔法は防いだではないか!?』
「おまえは魔法を吸収する外皮を持つだけだ。体の内側から放った魔法は、防げない」
『密閉された我の体の中で、そんな強大な威力の魔法を放ったら、貴様も無事では済むはずがないだろ!』
「おまえは俺の張った【結界】ごと俺を食ったんだ。あとは結界越しに体の内側から【煉獄獄炎球】を放っただけだ」
ベヒーモスが意気消沈し、しばらく黙る。
『か、完敗だ……に、人間ごときに……この我が……』
「おまえの敗因は人間を侮ったことだ」
『そう……だな。人間。名をなんと申す?』
「アイン」
『アイン。見事なり。古竜を倒すとは。脆弱な人間にも、こんなにも凄まじい強さを持ったやつがいたとはな』
ベヒーモスは目を閉じて、静かにつぶやく。
『貴様を侮ってすまなかった。認めよう、アイン。貴様は古竜を殺すほど……強い』
ベヒーモスは目を閉じ、そして完全に息を引き取った。
『すごい……です! アイン、さん!』
『や-、ほーんと異常なほど強いよね、お兄さんって』
『さすがです、お兄さま♡ 【古竜殺し】をなしとげたのは、ミクトランを封印した勇者だけ。本当にすごいことです♡』
力を貸してくれた精霊や賢者たちに、俺は言う。
「ありがとな、おまえらのおかげだよ」




