34.鑑定士、ギルドのエースから決闘申し込まれる
ギルドで素材を買い取ってもらった、数日後。
商人ジャスパーの屋敷に、来客があった。
俺が応接室へ行くと、そこにはジャスパーと、そして王都冒険者ギルドのギルドマスターがいた。
「少年、実はギルマスが直々に、君にモンスター討伐の依頼をしにきたんだ」
「俺に? あんたらのギルドのやつで対応すれば良いじゃないか」
「それが相手がアイン様にしか倒せないような難敵でして……」
「少年、君がギルドとあまり関わりを持ちたくないのは承知している。しかし話だけでも聞いてもらえないだろうか。私もギルドにはお世話になっているし、ここは私の顔を立てる意味でも、な?」
……まあ、ジャスパーには世話になっているしな。
俺はソファに座る。
正面にギルマス、俺のとなりにジャスパー。
「アイン様は【ベヒーモス】をご存じでしょうか? 古竜とよばれる、竜種の中でも、太古の昔から存在するバケモノの1匹です」
「そいつがどうしたんだ?」
「実はベヒーモスは太古の昔、魔王ミクトランがまだ存命だった頃、魔王の部下として生み出された強力な古竜でした。しかしミクトランが封印され、その日を境にベヒーモスをはじめとした古竜たちは姿を消したのです」
しかし……とギルマスが続ける。
「最近になって、ベヒーモスが姿を見せ、そして暴れているのです」
「ギルドによると討伐難易度はSSランクだそうだ」
「SSって……Sランクが上限だったんじゃないのか?」
「一般のモンスターの上限です。魔王の部下は難度SS。そしてミクトランはランクSSSなのです」
隠しダンジョンで倒した敵以上のモンスターが、この世には存在するのか。
「そんなやばそうな敵を、どうして俺に?」
「我がギルドでは、あなたしか、適いそうな者がいないからです」
「どうやらギルマスは、君が隠しダンジョンを2つ突破したことと、それとこの間の氷竜を討伐したことを、高く評価しているそうだ」
ギルマスは立ち上がると、俺の目の前で膝をつき、その場で土下座した。
「我々に力を貸していただけないでしょうか! あなただけが頼りなのです! なにとぞ!」
「頭上げてくれよ……俺みたいなガキにそこまでしなくても」
……と、そのときだった。
「そうですよ! ギルドマスター!」
バーンッ! と部屋のドアが乱暴に開かれた。
何だと思ってそっちを見ると、金髪の男がズカズカと入ってきた。
「ふむ、君は誰だね?」
「失礼、ジャスパー様。僕は、この王都冒険者ギルドでトップクラスのパーティ【黄昏の竜】でリーダーをしている【バッカス】と申します」
金髪男は、どうやら冒険者のようだ。
バッカスは俺たちの前までやってくる。
「こんな男に頼まずとも! この僕が! 王都でトップの実力を持つこの黄金のバッカスが! 見事ベヒーモスを討伐して見せましょう!」
「バッカス! 失礼ですよ! 控えなさい!」
「いいえ! ギルマス、僕は納得がいきません! なぜこんな【鑑定士】に依頼を頼むのですか!? 下級職が務まる仕事とは到底思えません!」
「口をつつしみなさい! あなたは、先日ギルドで見せた彼の実力を知らないからそれが言えるのです!」
「いやっ! 僕は納得できない! こんな下級職が、【希少職】の【二刀剣士】である僕より優れてるとは思えない!」
『どうやらこやつ、2本の剣を自在に操る技能を持っているそうじゃな』
なるほど……その自信の元は希少職だからか。
「もういい加減になさい! それ以上失礼を重ねるようならギルドから除名処分にしますよ!」
ビキッ、とバッカスの額に、青筋が浮かんだ。
「ギルマスは……僕よりもこの下級職の方がギルドにとって有益であると、そう考えているのですね」
ぎり……と彼が拳を硬く握る。
「下級職の、特に戦闘に向かない雑魚でしかない鑑定士が、僕より強いなんて……認めない!」
「だからなんだよ? おまえは何が言いたい?」
「僕と勝負しろ! どっちがベヒーモス討伐にふさわしいかを賭けて!」
……この勝負を受ける意味は、俺にはない。
なぜなら、別にベヒーモスを俺が倒す理由はないからだ。
俺はユーリを家族に会わせたい。
そのために隠しダンジョンに潜っている。
冒険者ギルドに席はおいてるが、結局俺のしたいことはユーリへの恩返しだ。
「俺は結構だ。ベヒーモスをあんたが倒したいっていうのなら、ご自由に」
「なんだ! 負けるのが怖いのか! 臆病者め!」
「別に……ただ、俺にはそんな程度のことで戦う理由がないってことだ」
すると、彼の額に、ビキッ……! と青筋が立つ。
「……下級職ふぜいが……生意気をいいやがってぇえええええええ!」
バッカスが腰の2本の剣を抜く。
「……はぁ【超鑑定】」
『→バッカスの攻撃の軌道』
その瞬間、バッカスの動きがスローになる。
俺は余裕で近づき、バッカスの手にしている2本の刀に、手を触れる。
そして能力【武器破壊】を発動させた。
バギィイイイイイイイイイイイイン!
……そして、バッカスは正常に動き出す。
「女神に愛された我が二刀の剣戟! 受けてみよ! って、ええええええええ!?」
バッカスが、驚愕の表情を浮かべる。
「け、剣が!? ぼ、僕の無敵の魔双剣が!? 粉々にぃいいいいい!?」
からっぽになって両手を見て、バッカスが悲痛な叫びを上げる。
「き、貴様!? い、いつの間に!?」
「別に。斬りかかってきてあぶないから、破壊しただけだ。悪く思うなよ」
「う……うそだ……この僕が、下級職ごときの動きを……目で追えなかった……だと……」
愕然とした表情で、バッカスがつぶやく。
「認めない……僕は……僕は希少職なんだぁああああああああああああ!」
バッカスは拳を握りしめ、俺に殴りかかろうとしてくる。
「……【超鑑定】」
『→バッカスの攻撃反射のタイミング』
やつの拳を、俺は右手で軽く攻撃反射する。
パリィイイイイイイイイイイイン!
「ぐわぁあああああああああああ!」
バッカスは吹き飛ばされ、屋敷の壁に激突。
頭を打った彼は、そのままぐったりと倒れた。
「ばかな……この僕を倒すなんて……あいつは……バケモノ……か……」
ガクッ! とバッカスは気を失った。
ギルドマスターが、俺の目の前でひざまづいて、何度も頭を下げる。
「バッカスが大変! 大変失礼なマネを! 本当に申し訳ございません! どうか! どうかお許しください!」
「……別にいい。それよりさっさとそいつ連れて帰れ」
「少年、ベヒーモスの件はどうする?」
そのときだ。
『あ、の……アイン、さん……。お願いが、あります』
どうした、と聞かずとも、ユーリが言いたいことはわかった。
この子は、困っている人を捨て置けない、優しい子だからだ。
「わかった。その依頼、引き受ける」




