31.氷の竜は、鑑定士の新たな力に驚愕する
鑑定士アインが、第2の精霊と賢者の力を手に入れた、翌日のこと。
その竜は、氷竜と言った。
モンスターの中で、強者に分類される竜種。
その中でも氷竜は特に強かった。
大空を自由に舞い、地上へ絶対零度のブレスを吐く。
氷の槍の雨を無限に降らせられる。
そして何より、氷竜を最強たらしめているのは、【霧氷化】という能力だ。
自分の体を、任意で氷の霧に変えることができるという能力だ。
もちろん攻撃は当たらない。
それどころか、霧を浴びた敵を凍り付かせることが可能。
最強の攻撃力と能力を持つゆえに、氷竜は人間たちからも、そして竜種たちからも一目置かれていたのだ。
……さて。
この日、氷竜は今日のエサ場を探していた。
エサとは弱者である人間たちのことだ。
氷竜は同族をのぞき、自分以上に強い人間に出会ったことがなかった。
『まさしく、私は生まれ持っての強者。もはや地上に私の敵となる者は存在しないか』
ふぅ、と氷竜はため息をつく。
『どこかに私と張り合えるだけの猛者はいないものか? いや、いないか。人間に私並の強さを期待するのはかわいそうだな』
そんな風に空を優雅に飛んでいると、遠く離れた山の中、小さな村が見えた。
『あそこを今日のエサ場としよう』
……それが、氷竜にとって、竜生最大の選択ミスだった。
その村に、王都へ帰る途中で立ち寄った、最強の鑑定士が、泊まっていたからだ。
氷竜は村の遥か上空にて、ホバリングする。
氷竜の狩りは単純明快。
地上から遠く離れた上空から、絶対零度のブレスを吐く。
これによって地上の敵は、反撃できずに凍り付く。
あとは凍り付いた人間たちを、ボリボリと食すだけ。
生肉を食べたいときは、上空から氷の槍をふらせる。
地上の人間たちは、自分に気付かれることなく、氷の槍に貫かれて死ぬ。
『今日は凍った肉を食いたい気分だ』
氷竜は大きく息を吸い込む。
そして、真下に向かって、絶対零度のブレスを吐き出した。
触れれば即座に凍り付く、最強のドラゴンブレス。
真っ白な吹雪となって、上空から地上へと、降り注がれる。
……ややあって。
『ふむ、今日も楽に餌を手に入れたぞ。私はなんて強いんだ。敗北を知りたいぞ』
……と、余裕を持っていられたのは、そこまでだった。
『む? なんだ……?』
氷竜は目をこらす。
ブレスによって、村は氷付けになったはず。
しかし眼下にあったのは、無傷の村だった。
建物も、そして村人たちも、誰一人として凍り付いていなかった。
『風でブレスが流されてしまったかな。よし今度は氷の槍を振らせ、確実に相手をしとめるとしよう』
氷竜は氷でできた翼を羽ばたかせる。
羽は鋭く尖った氷の柱だ。
槍の雨を地上へと振らせる。
今度こそ人間たちを仕留めた、と思ったそのときだ。
がきぃいいいいいいいいいいん!!!
『なあ!? や、槍が全部……弾かれただと!?』
氷の槍が降り注ぐ寸前。
村を、透明な何かが覆ったのだ。
つぶさに見ると、それは【結界】だった。
『ば、バカな!? 私の槍1本1本が必殺の攻撃だぞ! それを全てはじき返すなんて!』
信じられない光景に、氷竜は驚愕した。
『くそっ! 誰だ!? あんな強力な結界を使えるやつなんて……今まで見たことがない!』
氷竜は翼を広げ、村へと急降下する。
直接攻撃を加えるつもりだ。
凄まじい勢いで急降下する。
『私の攻撃が誰かに防がれるなんてことは、あってはならないのだ!』
氷竜は【結界】めがけて突進をかまそうとした。しかし……。
ガキィイイイイイイイイイイイイン!
『ぐわぁあああああああああああああ!』
結界は、氷竜の渾身の一撃を受けても、びくともしなかった。
それどころか、氷竜をはじき返したのだ。
『くそっ! クソが! ふざけやがって!』
自分にダメージを与えたのが、矮小なる人間だということ。
それが強者のプライドを傷つけたのだ。
地上に落下した氷竜は、体を持ち上げる。
……その姿を、見下ろす影があった。
人間だった。
年若いオスと言うこと以外、特徴は無かった。
『貴様かぁああ!? 私をコケにした愚か者はぁあああ!?』
少年は答えなかった。
その瞳は冷たく、氷竜の目を見ていた。
……ゾクッ。
彼の【目】を見た瞬間、氷竜は一瞬だけ恐怖を感じた。
『殺す! 貴様は私が殺す!!!!』
氷竜は翼を広げ、大空へと飛び上がる。
翼を羽ばたかせ、氷の槍を振らせた。
少年は動かなかった。
『死ねぇえええええ!』
氷の槍が彼の腹を、頭を貫く。
少年は氷の槍を体中に受けて……その場に崩れ落ちた。
『はーーーーはっはーーーーーーー! 脆弱なる人間のくせに! 私に楯突くからこうなるだぁああああ!』
……そのときだった。
むくり、と少年が、立ち上がったの。
『ば、バカなぁああああああっ!? どうして生きてる!?』
少年は答えなかった。
体中串刺しにされても、なお立ち上がっている。
『嘘だ!? 我が必殺の槍を受けても生きてるなんて! ありえないいいいいいいいいい!』
氷竜は混乱の極地にいた。
……そのときだった。
ぴたり、と誰かが、背中に手を触れた。
「【解呪】。そして【斬鉄】」
ザシュッ……!
ボトッ……!
……意味が、わからなかった。
自分の首が取れて、地面に転がったのだ。
『バカなバカなバカなバカなぁあああああああああああああ!!!!』
首が地面に落ちて、そして見た。
そこにいたのは、さっき自分が串刺しにしたはずの少年だ。
「うわ、生きてるよこいつ。……え? 竜は生命力が強いから、しばらく生きてるのか?」
『バカな! 貴様は私が確実に殺した! 串刺しになって死んだ!』
「それは俺の目が見せた、幻術だよ」
『幻術だと!?』
ぐりん、と目を後ろに向ける。
串刺しになってた少年の姿が、すう……っと消えたのだ。
『こ、この私を……Sランクの竜種の目をあざむくとは……なんという凄まじい幻術だ……』
氷竜は愕然とつぶやく。
『その後、私を切ったのはどうやったのだ!』
「幻術使ったあと【隠密】で姿を消し、【背面攻撃】で背後を取った。【解呪】で霧氷化を解除して攻撃しただけだよ」
氷竜は失意のどん底に陥った。
どれもこれも、最強たる自分を超越した能力だったからだ。
『こんな弱そうなガキに……私が負けるなんて……』
体からどんどんと力が抜けていく。
その様を見下ろす少年の目は、人間のそれではなかった。
『……バケモノ、め』
氷竜は死に際に、ようやく気付いた。
世界最強だと思っていたのは、思い上がりだったことを。
自分よりも遥かに強い者が、この世には存在するということを。




