03.鑑定士、奈落に落ちる
ゾイドに置き去りにされた。
俺は麻痺で動けない。
押し寄せる地獄犬の群れ。
彼らの瞳には、俺がエサとしてしか映っていない。
やつらは俺の元へやってくると、手足に噛みつく。
「ぎゃぁああああああああああああああああああ!!!」
激しい痛みとともに、俺の麻痺がとかれた。
急いでその場から逃げようとする。
だが手足に噛みついた地獄犬たちは、離れようとしない。
「ぢ……ぐしょう! 死ね!!!」
俺は手足をめちゃくちゃに振り回す。
地獄犬たちがひるんで口を離す。
そのすきに、俺は脱出。
負傷しているが、幸い噛まれただけだった。
動ける……だがいたい。
噛まれた跡から出血している。
地獄犬は鋭い嗅覚を持っている。
俺が逃げても隠れても追いかけてくる。
「ぜぇ……はぁ……! はぁ……! はぁ……!」
来た道を戻ることはできなかった。
ゾイドたちが、土魔法で出口をふさいでいたのだ。
「あのくそやろうどもが! くたばれ畜生!!!」
俺は必死になって逃げる。
だが捕まるのは時間の問題だ。
「がッ……!」
足に地獄犬が噛みつく。
俺はそのままつんのめって地面に転がる。
そこへ地獄犬の群れがやってくる。
「くそが! あっちいけくそっ!」
足に食いついてる地獄犬を蹴り飛ばし、俺は転がるようにして逃げる。
右足が、完全にいかれやがった。
俺は足を引きずりながら、通路を進む。
さっきまでいた通路と違い、こっちは無数の通路が、人間の血管のように張り巡らされていた。
これなら身を隠せる……なんて思わない。
今俺は負傷している。
俺の血のにおいを辿って、地獄犬たちはエサを食いに来るだろう。
俺はふらふらになりながらも、やつらから逃げる。
1本の細い通路を見つけた。
そこに入った……そのときだ。
「え……?」
曲がった先に、道がなかった。
俺は立ち止まる。
ひょぉおお~~~………………と、風が吹き抜ける音がする。
眼下には、何もない漆黒の空間が、どこまでも広がっていた。
「落とし穴か……? それにしても……なんで地下迷宮に、こんなものが……?」
目の前には落とし穴。
そして、後からは地獄犬の声。
……もう終わった。
俺が取れる道は、2つに1つ。
犬に食い殺されて死ぬか、高所から落下して死ぬか。
どっちにしろ死ぬ。
……なら、楽に死ねる方が良い。
「母さん……父さん……ごめん……」
俺は目を閉じて、落とし穴に向けて身を投げる。
俺の体は、どんどんと、地下へ落ちていく。
風がうるさい。
だがそのうち何も感じなくなる。
俺は目を閉じて、死ぬ瞬間が来るのを待った。
……。
…………。
……………………。
ややあって、俺は目を覚ます。
目を、覚ます……だと?
「え……?」
俺は地面に、仰向けに寝ていた。
あり得ない……。
だって、高所から落下したんだぞ?
「どうして生きてるんだ……? あんな高さから……って、なんだ、これ?」
見上げるとそこには……巨大な、光る木があった。
「嘘だろ……なんで、こんなところに木が生えているんだ?」
立派な木だった。
見上げるほどの大きさの、巨大な木が、天に向かって伸びている。
木は、全体が青白く発光していた。
無数の枝が伸び、青々とした葉っぱが生い茂っている。
俺の周りには、折れた枝が無数にあった。
「もしかして……この木の上に落下したのか……?」
そうとしか考えられない。
無数に生える枝がクッションとなって、落下速度を殺してくれた。
だから即死に至らなかった……とか?
「だとしても、大けがはまぬがれないだろう。なんで俺は無事なんだ……?」
と、そこで俺は、ようやく気付いた。
「足が……治ってる?」
地獄犬に強く噛まれた足が、普通に動けるようになっていた。
それだけじゃない。
無数のかみ傷が、いっさい無くなっているではないか。
……ぴちょん。
「え……?」
俺の頭に、何かが当たった。
それは水みたいだった。
俺は天を仰ぐ。
ぴちょん……ぴちょん……ぴちょん……。
光る木から、雫が垂れてきているのだ。
俺は、手で器を作る。
木から降り注ぐ水が、手の中に溜まる。
……俺は、頭に浮かんだ、ひとつの可能性を、試そうと思った。
「……【鑑定】」
『世界樹の雫(S)』
『→あらゆるケガ、病気を瞬時に治す、この世で最高の回復薬。完全回復薬の原料となる』
「なっ!? ゆ、世界樹の雫だって!?」
バッ……と俺は光る木を見上げる。
「か、【鑑定】!」
『世界樹(S)』
『→この世にたった9本しか存在しない、魔素をこの世に、無限に生み出す霊木。日光がなくとも自生可能』
「す、すげえ……本当に世界樹、あったんだ……」
かつて俺たちの生きていた世界には、1本の世界樹があった。
俺たちが使用する魔力は、大気中に存在する魔素を吸い込んで、体内で生成される。
その魔素を生み出しているのが世界樹だ。
しかし世界樹は、遥か昔に枯れてまったらしい。
しかし学者たちは、他にも世界樹が存在すると仮説を立てた。
なぜなら世界樹が1本しかないのであれば、かれた後も魔素が新たに生み出されるのはおかしいだろう、と。
血眼になって世界樹捜索は行われた。
だが地上のどこを捜しても、2本目の世界樹は見つからなかった。
「……そりゃ見つからないか。まさかダンジョンの中にあるなんてな」
これで俺が助かった理由が判明した。
俺は、落下の際に、この世界樹の真上に落ちた。
枝で勢いを殺しながら、地面に激突。
ケガを負っている俺に、世界樹の雫があたり、ケガを回復。
で、今に至る……ってことだ。
「はは……助かった……。けど、こっからどうしよう……」
見上げると世界樹がある。
その遥か上から俺は落ちてきた。
どのくらい落ちたのかわからない。
ただ、とてつもないくらいの高さだってことはわかる。
……どうやって、俺は地上に戻れば良いんだ?