28.ゾイド、鑑定士と同じ迷宮に挑み、失敗する
鑑定士アインが、サクサクと攻略を進めている、一方その頃。
かつてアインの所属していた、冒険者パーティのリーダー・ゾイド。
彼は、奇しくもアインと同じ隠しダンジョンに挑んでいた。
「はぁ……はぁ……クソッ! 痛え……血が止まらねえ……」
密林ダンジョンの中にて。
ゾイドは大きめのマントを頭からかぶり、息を殺して隠れていた。
彼がなぜここにいるかというと……。
話は、死んだはずのアインが、生きていたところまでさかのぼる。
ゾイドはアインを置き去りにしたことを、冒険者たち全員に知られてしまった。
当然、周囲の人間たちからは、最低野郎のレッテルを貼られた。
魔女ジョリーンはというと……。
『あたし、ゾイドにやれって無理矢理命令されたの!』
と言って回り、責任逃れをしていた。
ゾイドはジョリーンも同罪と主張した。
しかしギルド内でのゾイドの信用は地に落ちていた。
ゆえに、誰も自分の言葉に耳を傾けてくれなかった。
ギルド内での居場所を失ったゾイドは、街を出て別の街で冒険者をすることになった。
『おまえ、仲間を置いてきた最低野郎なんだってな』
……しかしすでに冒険者の間では、ゾイドの評判は広く伝わっていた。
人の悪口ほど早く伝わる物はない。
彼は単独の冒険者としてやっていくほかなかった。
ゾイドは焦っていた。
なんとしても、失った信用を取り戻さないと、と。
自分の分に合わない、難易度の高いクエストに挑んでは、失敗するということを繰り返していた。
もうダメだと思った……そのときだった。
偶然立ち寄ったダンジョン。
そこの壁に手を触れた瞬間、別の場所に転移したのだ。
ここは隠しダンジョンだ! とゾイドは悟った。
しかし脳裏によぎったのは、地獄犬の群れ。
ここにも恐ろしい敵が潜んでいるのでは……?
しかしゾイドは引けなかった。
悪評を塗り変えるには、より大きな成功を収めないとだめなのだ。
ゾイドは意気込んで、隠しダンジョンの中へ進んで……そして、迷子になった。
うだるような暑さの中、ゾイドは敵の脅威におびえながら、あてもなく進んだ。
やがて落とし穴トラップに引っかかった。
死んだと思ったその瞬間、隠しダンジョンの外にいた。
『死ぬことはないからまたいつでも挑戦してね~』
脳裏に、妙な声が聞こえた。
だが声の主の正体よりも、値千金の情報の方に興味が移った。
ここの隠しダンジョンでは……死なないと。
トラップに落ちても外に出るだけだった。
死の危険が無いのなら、何度だって挑めば良い!
ゾイドはギルドにこの情報を伝えないと決め、再び挑んだ。
……しかし。何度挑んでも、ダメだった。
ダンジョン内は複雑な構造をしていた。
トラップも山盛りだった。
極め付きに……モンスターの山。
幸いというかなんというか、自分の通るルートには、Sランクのようなバケモノはいなかった。
『正解のルートにしかSランクは配置しないよ~。だって正解じゃないルートにそんな敵置いてても護衛の意味ないもんね~』
その後ゾイドは何十何百と挑んだ結果、ようやく、彼は正解のルートに入ることができたのだ。
しかし、最悪の事態が待ち受けていた。
強力なモンスターと鉢合わせたのだ。
そこにいたのは、常識では考えられないほどの大きさの、【ワニ】だった。
ゾイドは正解ルートに入った瞬間、このワニ型モンスターに見つかった。
恐ろしい速度でこちらに近づいてきた。
ワニは木々を砕き、そしてゾイドの剣、防具、そして肩の肉も紙のように食い破った。
ゾイドは命からがらワニから逃げ、現在に至る。
「ぢくしょ~……痛え……いてえよぉ~……」
『外に出たいならギブアップって言ってね。その言葉がトリガーになって自動で転移が発動するから』
2度目にダンジョンに入ったとき、そんなことを言われた。
「誰がギブアップするか。隠しダンジョンは、アインだってクリアできたんだ。上級普遍職のおれができないわけない……!」
と、そのときだった。
「グルァウウアアアアアアアアアア!」
ワニが、すぐ近くで吠えた。
その巨大な足を振り上げると、ゾイドの背中の上に振り下ろす。
「うぎゃぁああああああああああ!」
とっさに避けたが、左腕が完全に踏み潰された。
「腕がぁああああああ! 腕がぁあああああああああああああああ!」
悲鳴を上げるゾイド。
一方ワニは、やっと見つけた餌を前に、にぃっと笑う。
「あ……ああ……」
じょぼぼぼ……。
ゾイドは恐怖で、失禁してしまった。
腕はケガし、武器は失っている。
どう見ても撤退すべきだ。
「ぎ、ぎぶ……ぎ、ぎぶぶ……」
ガチガチ、と恐怖で歯が震え、うまく言葉が口を出なかった。
ワニが、大きく口を開く。
そしてゾイドの頭をかみ砕こうとした……そのときだった。
だれかが、ワニの上に着地する。
ザシュッ……!
どしぃいいいいいいいいん…………。
そこには……首のない、ワニがいた。
「うそ……だろ? 死んでる……? いや、倒された? いったい……だれが……?」
「ゾイド。てめえ何してるんだ、こんなとこで?」
「はぁああああ!? あ、アインぅうううううううううううう!?」
ゾイドは驚愕の表情を浮かべる。
ワニの上に立っていたのは、鑑定士アインだった。
「な、なんでゴミ拾いのてめえがここにいんだよ!?」
「なんでって……このダンジョンを突破するために来たんだよ」
バカな! と否定したかった。
しかし彼がワニを一撃で倒したのは事実だ。
「砕鰐。Sランクか……。Sランクのばっかりだな」
「うそ……だ。でも……倒したし……ご、ゴミ拾いが……。上級職のおれでも倒せなかった、この敵を……?」
嘘だ……嘘だ嘘だ……! とゾイドは頭をかきむしる。
だがアインが、自分より弱かったゴミ拾いが、自分よりも遥かに強者になっていることは……明白だった。
「……え? こいつも助ける? ……わかったよ」
アインは右手を差し出す。
そこにいずこから、水が溜まる。
アインはゾイドの顔に、その水をぶっかける。
「ケガ直しといたよ。じゃあな。【昏倒】」
アインがゾイドの肩に触れた瞬間。
強烈な睡魔が襲った。
「おいピナ。こいつもうギブアップだ。外に出してくれ」
こんなゴミに、負けたくない……と思いながら、ゾイドは気を失ったのだった。
……そして気付けば迷宮の外にいた。
ケガが完全回復していた。
そして、なぜか隠しダンジョンに、もう入れなかった。
……後日、アインが隠しダンジョンを突破した知らせを、冒険者ギルドで聞かされる。
ゴミだと見下していた相手から、情けをかけられ、力の差を見せつけられ、名誉までも横取りされた。
ゾイドは……惨めさに泣いたのだった。




