233.鑑定士、みんなで風呂に入る
敗れしものたちを倒し、イオアナを退けたあと。
俺、アイン・レーシックは、温泉に浸かっていた。
「ふぅー……朝風呂は気持ちいいなぁ……」
ここは俺が買った、辺境の屋敷。
もとはいにしえの勇者ミクトランが使っていたものだった。
俺がここに住むことになってからそんなに経過していないのに……。
「なんだか随分長く、ここにいる気がするな……」
最近とみに時間の感覚がわからなくなる。
そういえば魔王を倒して英雄になったのも、思えばつい最近のことなんだよなぁ。
「姉妹捜しに魔王討伐。そして、聖杯の回収……急がしさ目白押しだな」
そもそも魔王討伐後、ゆっくりしようとしてやってきたのがここ辺境の地だったはずだ。
それがいつの間にか、ミクトランの忘れ形見、聖杯の回収作業をやっている。
「ふぅ……ま、いいんだけどさ。でもちょっとはのんびりしたい……が」
俺は、わかっている。
この展開を、知っている。
こうして俺が風呂に入ってくると、ピナやクルシュが嗅ぎつけて、必ず侵入してくるのだ。
「ふっ……甘いぜ。きちんと黒姫直伝の結界を張ってあるからな」
玄武の娘、黒姫。ピナを生み出した賢者にして母親だ。
彼女の使う結界術は堅牢で、ちょっとやそっとでは中に入って来れない。
屋敷に設えた露天風呂、ぜったいあいつらタイミングを狙って入ってくる。
だから、先手を打って、入って来れないよう結界を張っておいたのだ。
「これでゆっくり湯船につかれるぜ……」
と、そのときだった。
「あ、アインさぁ~……ん」
「ユーリ?」
どこからか、俺の愛する恋人、精霊のユーリの声がした。
「アインさぁ~……ん。た、たしゅけてぇ~……」
「ユーリ!?」
彼女の悲鳴? が聞こえた。
これは……ユーリに何かあったんだ!
「待ってろユーリ! すぐいく!」
風呂になんて浸かっている場合じゃない。
俺は結界をといて、急いで現場に駆けつけようとして……。
「お兄さんきゃーっち☆」
背後から誰かの腕が伸びて、俺の背中に負ぶさってきたのだ。
ぐにゅり、と柔らかな物体が潰れる。
「ぴ、ピナぁ……!?」
ユーリの妹、ツインテールいたずら娘のピナが、にししと笑いながらそこにいた。
「やっほー☆ そんなに急いでどこいくの~?」
「いやちょっと、急いでるんだって離してくれって!」
ぐにゅり。
「アインさん、そんなに、急いで……どこ、いくのー?」
正面には……金髪の美少女、ユーリがいた。
「ゆ、ユーリ!? あれ、どうして?」
悲鳴を上げて助けを求めていたはずなのに。
「にしし☆ お姉ちゃん」「うん、ピナちゃん」
「「ドッキリ大成功~☆」」
……俺は全てを悟った。
これは、俺を驚かすためのサプライズだったのだ。
そして……。
「いやぁ、お兄さんにはやっぱり、ユーリお姉ちゃんの悲鳴がききますなぁ」
「ごめん、ねアインさん……別に、わたし、だいじょーぶ、だよ?」
「ああうん、なんとなくわかったから……」
大方このいたずら娘とともに、このサプライズを計画したのだろう。
ユーリは結構、子どもっぽいところがある。
でも、それもまた彼女の魅力の一つだ。
「お兄さんがいけないんだよぉ~。温泉に結界なんて張るなんて、こざかしいまねしちゃってさ~☆」
「おまえらが……というかおまえが主に、乱入してくるからだろうが……」
はぁ、と深々とため息をつく。
「悪気はないもーん」
「はいはい、じゃ、離れてくれ……」
ややあって。
俺とユーリ、ピナの三人はゆっくりと温泉に浸かる。
ただし、両隣には美少女精霊姉妹が、ぴったり寄り添っている。
「いやぁ、それにしても……今朝は大変だったねお兄さん」
じっ、とピナが俺を見てくる。
たぶん、イオアナたちの襲撃のことを指しているのだろう。
まあ余計な心配かけないように黙っておくつもりだったのだが……。
「悪いな、起こしちまって。うるさかったか?」
「いや、ぜんぜん。黒姫ママの結界で防音されてたし~」
「え、じゃあなんで戦いがあったって気付いたんだ?」
するとユーリが、心配そうに俺を見てくる。
「アインさんの……気持ち、流れてきました。精霊核を、通じて」
俺の眼帯に覆われているほうの左目を、ユーリがなでる。
ここにはユーリたちの精霊核を使ってつくられた、神眼が収まっている。
そうか、ここを通して感じ取れたのか。
「みんなそんなことできるのか?」
「いいや。お姉ちゃんだけだよ、深く繋がっている二人にしかできない芸当。ひゅーひゅー熱いね~☆」
「「…………」」
「おやおや若いお二人は真っ赤になって、どうしちゃったのかな~☆」
ピナがからかってくる。
こういうとき本当に生き生きしてるなこいつ……。
「ま、冗談抜きにさ、お姉ちゃんめっちゃ心配していたんだよ。ほら……前にも同じようなことあったじゃん? 何も言わず戦ってさ」
おそらく魔王戦のことを言っているのだろう。
魔王を倒したと思ったら、精神支配を受けて、そのまま俺はすわ帰らぬ人になりかけた……。
エキドナの助けがなかったら、あのまま闇に意識が沈んでいただろう。
そのときユーリにとても心配をかけていた。
「同じことばかり繰り返して……ごめんな」
「ううん……いいの。アインさん、優しいの、知ってるから……でも……」
ユーリは俺のことを抱きしめて、ちゅっ、とキスをする。
「もう……一人で背負わないで。ほら……わたしたち、恋人、でしょう?」
長い戦いと旅を終えて、俺たちは恋人になった。
そう、あのときとちがい、守り守られる関係じゃないんだ。
「そうだな。そうするよ」
「はい……♡」
俺たちは微笑んで、また唇を重ねる。
いつの間にかピナはいなくなっていた。
『やれやれ、なかなか進展しないから、ピナちゃんが助けてあげないとだめなんだから~』
どうやらピナはフォローしてくれたようだ。
目の中から彼女の声がする。
『今日くらいは二人きりで過ごしてあげなよー☆』
ああ、ありがとうな。
俺たちはまったりと温泉に浸かりながら、他愛ない話をするのだった。
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