219.鑑定士、未踏破領域を余裕で踏破する
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聖杯のかけら回収の為、俺は【極黒大陸】へと向かった。
船に乗って北へ半月ほどいった場所。
ここが、極黒大陸の【入口】だ。
「お客さん、悪いことは言わねえ、引き返しな」
俺をここまで案内してくれたのは、ジャスパーが手配してくれた、熟練の船乗りだ。
半月間ずっと一緒に過ごしたので、顔なじみとなった。
「おれぁ何度もここに人を運んできた。けど誰一人として五体満足で帰ってこねえ。何百人と死んでいる。恐ろしい、魔物の腹の入り口だよ、ここは」
ごぉおおお……! と俺の眼下から、風が反響し、魔物の唸り声のような音を立てる。
すぐ目の前にあるのは、途方もない大きさの【穴】だ。
「極黒大陸の恐ろしさは、出てくるモンスターのレベルもさることだが、その環境だ」
「環境……?」
「地の獄のようなこの穴の下は、とても人間の住める環境になってねえと、帰ってきたやつらはみな口をそろえて言っていた」
ジャスパーの資料に書いてあったとおりだ。
あいつに調べてもらわなかったら、やばかったかもな。
「引き返すべきだ。あんたはいいやつだ。行って再起不能になって帰ってくる姿なんて見たくない……」
「あんがとな、おっさん。俺のこと心配してくれて」
俺は穴の淵に立つ。
「けど、俺は行くよ」
「なぜだ!? どうしてそこまでしていく!? 死ぬのが怖くないのか!?」
振り返って、俺は笑う。
「死ぬのは怖いさ。けど俺には仲間と、この目がある」
俺は、左目にはめてある、眼帯に手をかける。
『アインよ。打合せ通りじゃ。この暗黒の大陸では、おぬしの力を外に漏らさぬ』
俺は目を閉じる。
……ミクトラン、力、借りるぜ。
「よし、いくぞ。封印を解除してくれ」
強固な封印が解けると、眼帯は楽に取れた。
その瞬間、俺にかかっていた隠蔽の術式が解ける。
髪の色が、金髪から、元の黒髪に戻る。
「く、黒髪にオッドアイ!? ま、まさかあんたは救世の勇者!?」
「内密に頼むぜ、おっちゃん」
俺は微笑んで、穴に向かって飛ぶ。
すごい勢いで俺の体が落下する。
『アイン、さん! その恰好、ひさしぶり、見た、です! やっぱり、その姿、一番です!』
「サンキュー。よし、いくぞクルシュ」
『あいよーん。ひさびさにお姉さん本気出しちゃうぞ~』
俺の左目が、紅玉に変わる。
クルシュの能力【虚無】が発動。
最下層までの間にあった、途方もない距離を『無かった』ことにする。
落下が止まり、気づけば俺は下層に到着していた。
『虚無を利用したテレポートじゃな。全力のアインにとって、この程度の距離のテレポートなど余裕じゃろう。さすがアインじゃ!』
さて、最下層に到着した。
だが周囲には光が一切なく、暗闇が広がっている。
太陽の光が届かないくらい、遠くまで落ちてきたのだ。
「問題ないがな」
俺の左目が、ぽぅ……と輝く。
真っ暗闇だった視界が開けて、昼間のように明るくなる。
『はじめて、アインさんが、精霊の眼、手に入れたときみたいです』
「ああ、懐かしいな」
奈落に落ち、死熊に目をつぶされた俺に、ユーリが自分の精霊核を使って義眼を作ってくれた。
「あのとき俺に光をくれたのは、おまえだ。ありがとうな、ユーリ。今でも感謝してるよ」
『えへへっ、ふへへっ』
『はいはい、お姉ちゃん、いちゃらぶしなーい。アタシたちだって眼の中にいるんだよぉ?』
『わわっ、はずか、しー……』
世界樹の精霊姉妹9人と、完全な状態の神眼がある。
未踏破の領域に来たというのに、俺は全く怖くなかった。
彼女たちが、ここにいるからな。
「よし、行こう」
最下層には、黒い木々の生えた森が広がっている。
『どうやら地中に含まれる魔力で自生する植物の様じゃな』
「なるほど、日の光を必要としないんだな」
深い森は、ジャングルのようだった。
ずんっ、と肩に重しが乗っかるような感覚がした。
『ここは地上よりも重力が強いようじゃな』
「問題ない。黒姫」
『ええ、了解よぉ』
俺の体の周りに、結界が張られる。
黒姫の結界は本来は攻撃だけを防ぐ。
だが神眼の闘気で強化すれば、物理攻撃だけでなく、物理現象すらも防ぎ中和できる。
『重力場を結界が中和することで、楽に歩けるようになったのじゃな。さすがアインじゃ!』
『ウルスラママてんしょん高くない?』
『きっとアインさんの、全力が見れて、うれしいんだと、思います』
ウルスラが嬉々としていう。
『ユーリの言う通りじゃ。こやつはわしの弟子じゃからのぅ。弟子の活躍は師匠として喜ばしいものじゃ』
奈落で彼女に鍛えてもらってから、もうずいぶん経つような気がする。
けど1年も経っていないんだよな。
思えば遠くに来たものだ。
「次だ」
しばらく進んでいくと、巨大な怪しいキノコが自生する地域にたどり着いた。
「超鑑定」
キノコを調べると、その胞子は人間に寄生して、栄養を奪うものであることが分かった。
さらに特殊な魔法が付与してあり、防御結界では防げないらしい。
また火で燃やすこともできないそうだ。
『どうする? 聖杯のある場所への正しいルートは、ここを通らねばならぬぞ』
『……千里眼で周囲を確認したけど、ここら一帯がキノコだらけで迂回できないわ』
俺は息を吸って、口を閉じる。
そして、そのまま進む。
俺の神眼は、キノコの胞子1つぶ1つぶを、しっかりと視認できていた。
胞子のない場所を見極めて、慎重に進んでいく。
『し、信じられぬ。目に見えぬほど極小の胞子を目でとらえ、ぎりぎりでかわしながら進むなど! もはや人間業ではない、さすがじゃアイン!』
呼吸を止めている間に、なんなくキノコ地帯をすり抜けることができた。
ホッと一息をつく。
『おかー、さん。さっきから、敵、でないね。不思議、です』
『ふふん、ユーリよ。それは違うのじゃ!』
森を進みながら、ユーリが母であるウルスラと会話する。
『先程からモンスターの気配はする。しかし誰一人として、アインに近寄らぬだけじゃ』
あちこちで、巨大なモンスターたちが、こちらの様子をうかがっている。
だが、みんな体を震わせていた。
『アインと言う、無双の力をもつ絶対的強者に、恐れをなしておるのじゃ!』
『なるほど、さすがアインじゃ、です!』
『そ、そうじゃな……うむ。しかしユーリよ、わしのセリフをな……とるでない……』
向こうが怯えてくれているおかげで、余計な戦いを避けられるのは助かった。
ウルスラの鑑定によると、SSSランクほどのモンスターたちらしい。
だが俺はこいつらと戦ったとしても負ける気がまったくしなかった。
魔神や神、外なる神といった強敵と比べれば、SSSランクなんて赤子のようなものだ。
そんなふうに、俺は極黒大陸のなかを、すいすいと進んでいった。
そして、俺は目的地への入口へとたどり着いた。
「ここか」
苔むした石の柱が、あちこちに倒れている。
朽ち果てた遺跡、といった趣だ。
遺跡の中に、石の扉が放棄されていた。
この扉の向こうに、目指すべき場所がある。
『アインよ。どうやら門番がいるようじゃ』
俺が扉に近づくと、そこらに落ちている石の柱たちが集合しだす。
やがてそれは、巨人になった。
「なんか懐かしいな」
『なつかしー、です』
ユーリのいた奈落。
そこのボスモンスターが、岩の巨人だった。
「あのときは怖くて仕方なかったけど、ユーリとウルスラに励まされて戦ったんだっけ」
恐るべき巨人を前に、俺の心は微塵も揺らがない。
俺は普通に、巨人に近づく。
そいつを見上げると、向こうはびくっ! と体を縮こまらせる。
「やめとけ。命は大切にしろよ」
ぐ、ぐぐ、とゴーレムが怯えるが、咆哮をあげながら、俺に殴りかかって来る。
俺は新しく作った刀を手にとり、軽くふるい、さやに収める。
ずずぅううううううううううん……!
石の巨人はバラバラになって、俺の背後で崩れ落ちた。
『高速で敵の体を連続で斬ったか。身体強化術を使わないでこの速さ。まさしく神業。見事じゃアインよ』
俺は刀を仕舞って、ふぅ、と吐息をつく。
「さて、と」
石の扉に近づく。
封印術がほどこされていたが、俺は刀を一閃させて壊す。
『恐ろしく高度な封印術式が、幾重にも施されていたが、一刀のもとに切り伏せるとは。さすがじゃ!』
「よし、いくか」




