213.鑑定士、久しぶりに隠しダンジョンへ潜る
俺たちはミクトランの忘れ形見を探していた。
屋敷の中に転移の魔法陣を見つけ、それに触れてみた。
気づけば、俺は見知らぬ場所に立っていた。
「ここって……ダンジョンか?」
真っ暗闇のなかに、結晶でできた通路が無数に延びている。
通路は下へ下へと伸びていた。
らせん状をかたどっている。
『どうやら隠しダンジョンのようじゃな』
ウルスラの声が、右目の賢者の石から聞こえてくる。
賢者様とは意識を共有しているので、目の前の光景を見て上での意見だろう。
「ということは世界樹がある……のか?」
『いや、世界樹の気配はせぬ。ただ同じような空間になっているのは確かじゃな』
「なるほど……ここにミクトランの忘れ形見が置いてあるのか」
通路の端までやってくる。
そこの見えない闇の奥へと、道は延びていた。
「いくか……って、アリス?」
「…………」
精霊の少女アリスが、俺の腕を掴んで、ブルブルと震えていた。
「ど、どうした?」
「……怖いの」
「なにが?」
「…………」
目を閉じて、ぎゅーっとアリスが腕にしがみついてくる。
何に怯えているのかわからない。
だが知り合いの女の子が怖がっているのは、見過ごせなかった。
「大丈夫だ、アリス。怖くないよ」
俺はアリスの頭をなでる。
震えていた彼女だが、俺を見上げると、ほっと吐息をつく。
俺たちは通路に戻る。
「もしかして高いところが駄目なのか?」
「……そう」
「なるほど……すまん。気づいてやれなくて」
「……ううん。ありがとう」
アリスが淡く微笑む。
本当に美人だよな、この子。
「どきどき、わくわく」
「ユーリ……どうした?」
「おきに、なさらず! ねえさま……ごーごー!」
離れたところで、ユーリがきゃあきゃあと黄色い声援を送る。
どうにも最近、ピナやクルシュみたいになってきてるんだよなぁ。
「ほら、危ないからふたりとも、目の中に戻ってな」
「…………」
「あ、アリス?」
彼女は俺の腕を掴んで、離そうとしない。
「……もう少しだけ。駄目?」
「いやまぁ……別に良いけど……」
ふわり、と花のような良い香りが鼻孔をつく。
とてつもない美少女の憂い顔が近くにあって、ドキドキとしてしまう。
唇や、服の裾からわずかに覗く胸が、い、いかん。
「じー……」
「ゆ、ユーリさん。これは、ちがうんすよ」
「ぽっ♡」
いやんいやん、とユーリが体をくねらせて、俺の左目に戻る。
また何かを激しく誤解させてしまった気がする……。
ややあって。
「……もう、大丈夫」
「そ、そうか」
アリスはうなずいて、俺の目の中に戻った。
『ねえさま、いくじなしー!』
『……私には、無理よ。自信ないもの』
『だいじょーぶ、です! 自信もって! ごーごーごー!』
何をゴーゴーなのかは、あまり深く考えないでおこう。
「さて……潜るか」
通路は緩やかな傾斜になっている。
こつこつ……という足音を立てながら、下へ向かう。
「あんまダンジョンっぽくないな。敵もいないし、罠もなさそうだ」
『そうでもないぞ。敵が来るみたいじゃ』
四角錐の結晶が、空中に浮いていた。
「これモンスターなのか?」
『精霊と同じ類いのようじゃな。ライト・エレメント。レーザーを放ってくる。気をつけよ』
四角錐は回転すると、俺めがけて、凄まじい早さでレーザーを撃ってくる。
チュンッ……!
レーザーの軌道を見極めて、俺は半身をねじって交わした。
『すごいです! アインさん……あんな早いの、どうやって?』
「まあこれくらいなら普通に見切れるよ。早い攻撃には目が慣れてる」
左目の神眼が封印されてはいるものの、戦闘経験は俺の中に蓄積されている。
素早い敵との戦いによって、素の動体視力はとんでもないことになっているのだ。
四角錐が連続してレーザーを放ってくる。
俺はそのすべてを見切って避ける。
無限収納の魔法紋から、俺は武器を取り出す。
『それって……アインさん。わたしの……木刀?』
「ああ。修業時代にお世話になったヤツだ。また使わせて貰うぞ」
聖剣が失われた現在、俺に合った武器は存在しない。
軽く振っただけですぐに壊れてしまうのだ。
しかし、かつて奈落で修行していたときに使っていた、この木刀ならば。
世界樹の上等な枝から作られた枝ならば、強度は申し分ない。
「うん、なじむ。やっぱユーリが一番だよ」
『あうぅ~……♡ しゅきぃ~……♡』
さて。
武器を手にした俺は、闘気で身体強化し、いっきに距離を詰める。
四角錐の全方向から、凄まじい数のレーザーが照射された。
だが俺は最低限の動きだけで全てをかわし、エレメントを正面から斬りつける。
ズバンッ……!
四角錐は一刀両断されると……ずるり、とその場に落ちる。
『アインほどの達人となれば、刃のない木刀でさえ、相手を切断できるのか。うむ』
『さすがアインじゃ、です!』
『ゆ、ユーリ……おぬし……わしのぉ……』
『おかーさんばっかり、ずるい、です! わたしもさすがじゃって……いいたいのじゃっ』
よくわからないが、ユーリが楽しそうでよかった。
「精霊とも普通にやれるな。よし、先へ行こう」
俺は木刀を片手に、ダンジョンを潜っていく。
『ファイア・エレメントじゃ。球体状の結晶。ぶつかると大爆発を起こす。気をつけるのじゃ』
敵がすごい勢いで、かつ死角から俺にめがけて突進してくる。
俺はバク宙でそれをかわし、木刀を振る。
パリィイイイイイイイイイイイン!
攻撃反射によって超高速で敵はぶっ飛んでいく。
壁にぶつかって爆発を起こした。
『破裂するより早く弾いたわけじゃな。うむ、』『さすがアインじゃ、です!』
「次だ」
ウィンド・エレメント。
星の形をした結晶が、無数に周りを飛んでいる。
それらは手裏剣のように、俺に襲いかかってきた。
俺は力を込めて、木刀を振るう。
びょぉおおおおおおおおおおお!
風圧で手裏剣は全て吹っ飛ばされ、壁にぶつかり、ガラスのように砕け散った。
「次だ」
その後も襲い来る精霊達を、何事もなく俺は倒していく。
『……アイン君、すごいわ。能力を制限されているのに』
『能力が使えずとも、こやつの戦闘経験は消えるわけではないからな。うむ、さすがじゃ』
『おかーさんに、先手を取られたっ』
そんなこんなありつつ、ついに俺は、最下層までたどり着いた。
「何でボス部屋っぽい扉まであるんだよ……」
どん詰まりにには、大きな結晶の扉があった。
『この奥に強い気配を感じるな。ゆくか?』
「当然だ」
俺は扉に手をかけて、ぐいっと押し、中に入るのだった。




