211.鑑定士、残党魔族から情報を聞き出す
魔族の残党を倒した数日後。
またも、屋敷に魔族が襲撃してきた。
「くくく……! この我、【沙悟浄】、貴様の命を摘む男の名前だ。覚えておくと良いよ」
『こやつも魔神の1柱じゃ。触れたものを水のように溶かす【水溶】という能力を使う』
沙悟浄はカエルのような、亀のような魔神だった。
「おとなしく【勇者の忘れ形見】を差し出すがいい人間よ。そうすれば……命は取らないでやろう」
「またそれか。そんなもん、ないって言ってるだろ」
俺はミクトランの相棒だったエキドナに確認した。
彼に忘れ形見なんて存在しないそうだ。
「嘘をつくか。まあいい。ならば力尽くで奪うまでよ。哀れな人間だ、おとなしく強者たる我に従っていれば良い物を……」
バッ……! と沙悟浄は地面に手を置く。
どぽんっ……!
やつの体が、突如として消えた。
『どうやら能力で地面を水のようにし、地下へ潜ったみたいじゃな。背後を取るみたいじゃ』
なるほど、そういう使い方もできる訳か。
ザバッ……!
「ひゃはー! ドロドロに溶けてしねえい!」
スカッ……!
「なっ!? あのサル!? どこいった!」
「後ろだよ」
俺は沙悟浄の背中めがけて、強烈な蹴りを喰らわす。
ドガアアアアアアアアアアン!
沙悟浄はそのまま吹っ飛んでいき、無様に地面に転がった。
「ぶべっ! ……な、なにをされた。地下からの強襲攻撃、どうやって避けた!」
「殺気を感じ取って避けただけだよ」
『なるほど、アインは鑑定能力を制限されておる。が、今までの戦闘経験から殺気という、相手がわずかににじみ出す気配を感じ取っていたわけじゃな。さすがじゃ』
沙悟浄はギリ……と歯がみする。
「ま、まあいい。死ぬのが少し伸びただけだ。所詮は我が魔手を完全に攻略したわけではない!」
敵がまた地面に潜る。
俺の足下が、水のように溶けた。
ドボンッ……!
気づけば俺は、地面の下にいた。
『沙悟浄がアインの足下を水にしたようじゃ。泳ぎでは向こうに分があるぞ』
【しゃーっしゃっしゃ! 見ろぉ! この沙悟浄の華麗なる水泳法を!】
流麗な動きで、沙悟浄は水中を舞う。
それくらいの自信があるってことか。
【人間は哀れだなぁ! 水の中ではもがくことしかできないんだからなぁ!】
沙悟浄が俺の周りを、縦横無尽に泳ぐ。
確かに速い。まるで魚のようだ。
【おぅら! 目で追えないだろぉ!】
バッチリ、俺と沙悟浄は目が合った。
【なっ!? なにぃいいいいいいい!?】
俺はヤツの腕を、半身を倒して躱す。
足を掴んで、そのまま頭上へと放り投げる。
ザッパァアアアアアアアアアン!
高く放り投げられた沙悟浄は、水上へと出る。
俺はその後を続く。
「そ、そんな馬鹿な! 水中では魔神随一の速さを持つこの我の動きを! 何故たかがサルごときが目で追えるんだ!」
「結局、魔神の中ではの話だろ?」
『アインは数々の強敵との戦いをその目に焼き付けている。そやつらと比べれば、魔神ごときの動きなど止まっているのと同然。さすがアインじゃ』
沙悟浄が再び、地面へ潜る。
「させねえよ」
俺は鬼神化で体を強化し、手刀を振るう。
スカカカッ……!
沙悟浄の入っている地面だけを、手刀でえぐり取り、片手で持ち上げる。
【ひ、ひぃいいいいいいいい! ば、バケモノぉおおおおおおおおお!】
「よく言われるよ。で? 忘れ形見って言うのは、一体なんのことなんだ?」
【く、詳しくは知らん! ただ確かに存在すると聞いただけだ……!】
「誰からだ?」
【ま、魔界中でうわさになってるんだ! 出所は知らん! 本当だっ!】
『……アイン君、嘘は言ってないようよ』
心を読めるアリスが言うんだ。
本当に沙悟浄はウワサの出所を知らないのだろう。
「コキュートスに聞いてみるしかないか」
【たっ、頼む……! 殺さないでくれ!】
「別に良いよ」
俺はぽいっ、と切り取った地面を、放り投げる。
「もう悪さすんなよ」」
【へへっ、すんませんでしたっ!】
沙悟浄は地面に潜る。
ザバッ……!
パシッ……!
「しゃーっしゃっしゃ! 触れてやったぞ! バァアアアアアアアアカ! こんな単純な嘘にひっかかるなんてなぁ!」
「まあ、別に引っかかってねえけどさ」
「なっ!? なっ!? なぁんだってぇえええええええええ!!!」
沙悟浄は俺の肩に触れている。
つまり、水溶は発動しているのだ。
しかし、俺は人間の姿を保ったままである。
「馬鹿な!? ありえん! 我の水の魔手は触れたものを必ず溶かすのに!」
「よく見ろ、体に直接触れてないだろ?」
『おおっ! 魔力で体全体を包み込み、鎧のようにしているのじゃな!』
魔力の鎧に阻まれ、沙悟浄の手は俺に届いていない。
これなら能力は発動せず、結果、俺は無事というわけだ。
『なんという素早い魔力操作! さすがはアイン! わしの自慢の弟子じゃ!』
「くっ、くっ、くっそぉおおおおおお!」
沙悟浄は思いきり体重を乗せて、俺に触れようとする。
俺は体から、魔力を勢いよく放出する。
ボッ……!
噴出する勢いだけで、沙悟浄は消し飛んだ。
『虚無を使わずとも、魔力の流れだけで敵を倒してみせるとは。見事な腕前じゃ』
「ふぅ……でも、忘れ形見は本当にあるんだな」
俺はミクトランの屋敷を見やる。
魔神二人は、明確な目的を持ってここへ来た。
なら、本当にこの屋敷のどこかに、勇者にして魔王だった彼が、置いていった【なにか】がある。
「本当にそんな物があるとして、それを手に入れて、どうなるんだろうな」
そのとき、パァ……! と俺の左目が光る。
長女エキドナが、俺の前に顕現する。
「もしかしたら、ですが」
「どうした、エキドナ? 心当たりでも?」
「ええ。ミクトランの【職業】が関連するのかも知れません」
「たしか、あいつは世界で唯一の職業を持たない【無職者】だったんだっけ?」
「そのとおりです、アイン。良く覚えていましたね」
過去に戻った際に、エキドナから聞いていたのだ。
「私は長年疑問でした。誰もが職業を持つこの世界で、なぜ彼だけが職業がないのかと」
「なるほど……もってない、じゃなくて、取られたってことか?」
「そのとおりです。さすがはアイン。鋭い意見です」
ミクトランが元々持っていたはずの職業、それが何らかの要因で紛失した。
それが忘れ形見ってわけか。
「ミクトランは最強の勇者となった者です。その才能は恐ろしいものでした。そんな彼が持っていた職業です」
「とてつもない力を秘めていたかも知れない、ってわけな」
つまり残党どもは、ミクトランが保有するはずだった、その特別な職業を狙ってるわけだ。
「目的は俺たちへの復讐、ってところだろうな」
なんだか面倒なことになってきたな。
『これからどうするのじゃ、アインよ』
「決まってる、取られる前に保護する。あの人の力が、悪用される前にな」




