208.鑑定士、屋敷の主人と認められる
幽霊屋敷にいたリッチーと戦闘になった。
「うそよ……こんな……強すぎるわ……」
愕然とした表情で、メイド姿のリッチーが俺を見やる。
「話を聞いてくれ。俺は単にこの屋敷に住まわせてもらいたいだけなんだ」
「ふ……ふふ……ぶざまね、私……」
彼女はまだ、俺の言うことを聞いてくれなさそうだった。
「【ミクトラン】様から、この屋敷を任されたのに……」
「ミクトラン……? おい、まさかおまえ……」
ゆらり、とリッチーが立ち上がる。
「こうなったら……最期の手段を使うしかないわ」
リッチーは浮遊し、両手を胸の前で合わせる。
ゴォオオおおおおお……!
『凄まじいまでの魔力の高まり。こやつ、自爆の魔法を使うつもりじゃ』
「なんだと……?」
『【灰燼滅却炎】。その身を犠牲にし、周囲一帯を消し飛ばすほど、強力な爆炎をまき散らす、極大魔法じゃ』
胸の前に、青い炎の球体が出現する。
凄まじいまでのエネルギーが、あそこに集まっていた。
『どうする? 転移で逃げるか?』
「いや、それはしない」
『では、どうするのじゃ?』
俺は深呼吸をする。
「クルシュ、いくぞ」
『なに? クルシュじゃと? おぬし、何を言っておる』
ウルスラが困惑している様子だ。
『おぬしの左目は、わしの作った封印の眼帯で覆われておる。能力は完全に制限されており、クルシュの【虚無】は使えぬはずじゃぞ?』
「まあそうなんだが、問題ない」
俺は眼帯の上から、左手を乗せる。
ぐっ、と掴む。
いくら力を入れても、眼帯はびくともしない。
だが……問題ない。
俺は禁術を発動。
力を込めて、眼帯をつかみ、引っ張る。
すると、赤い輝きが、眼帯から漏れた。
『なっ、なんと!? こ、これはまさか……!』
俺は右手を前に向ける。
「これで終わり。さようなら、ご主人さま……」
「いや、それは必要ない」
左目が、より強く輝く。
リッチーの自爆魔法も、負けじと強く発光する。
超高密度のエネルギーが、周囲を滅却しようとした、その瞬間……。
ボッ……!
彼女が発動させようとした魔法【だけ】が、消滅したのだ。
「う……そ……。ありえない……自爆魔法が、消し飛ばされた……?」
へたり込むリッチー。
俺は安堵の吐息をついた。
「こんなの、起きるわけがない……いったい、なにが……?」
『ま、まさかアインよ。わしの作った、超強力な封印術を、自力で解いたのか……?』
「解いたってほど上等なことはしてないよ。ただ眼帯を掴んで、無理矢理ひっぱっただけだ」
すると眼帯と眼球との間に、わずかな隙間ができた。
封印術がゆるんだ結果、虚無が使えたというわけだ。
『なんということじゃ……わしが全知識と技術を使って作った最強の封印術を、一時的とはいえ破るとは……さすがじゃ。さすがアインじゃ』
『いやぁ、やるねぇアイちゃん。すごい子だわほんと~』
クルシュがうんうん、と感心したように言う。
いやまあ、すげえ疲れるし、長い間封印を解くことできないんだけどな。
「どうして……?」
へたり込むリッチーが、俺に問うてくる。
「どうして、私を助けた……? おまえほどの剣術使いだ。魔法が発動する前に、私ごと消し飛ばせばよかったのに……?」
確かに魔法が完成する前に、剣で彼女ごと切れば、それでも助かったかも知れない。
俺は首を振って答える。
「おまえに、そんなことできないよ」
「え……?」
「おまえは、自分の命をかけてまで、この屋敷を守ろうとしたんだろ? そんな優しい女の子を殺すことなんてできない。それだけだよ」
リッチーが、ぽかん……とした表情となる。
「そんな……私は、優しくなんてない……。ただ……ご主人さま、ミクトラン様の……帰りを……」
そのときだ。
「ミクトランは、死にました」
「エキドナ」
精霊姉妹達の長女、エキドナが、俺の隣に転移してくる。
「え、エキドナ様っ!?」
リッチーは目をむいて、エキドナを見やる。
「久しいですね、【ロキシー】」
「ロキシー……? エキドナ、この子は?」
「ミクトランの屋敷で働いていた、リッチーのメイドです。私も数世紀ぶりだったので、すぐに彼女と気づけませんでした」
ミクトランが生きていたのは、遙か太古の時代。
確かに長い年月が経っていれば、既知の仲だったとしても、顔を思い出すのに時間が掛かるか。
「エキドナ様、お久しぶりです。しかし、数世紀ぶりというのは、いったい……?」
「もしかしてこの子、時間が経っていることに気づいていないのか?」
「時間……? どういうこと……?」
俺とエキドナは、ロキシーに、ミクトランがいた時代からかなり時間が経っていることを。
その間に起きたことを、かいつまんで説明する。
『この女は外界に興味がないようじゃった。幽霊と言う老いることのない体も相まって、外の時間の流れに気づいていなかったのじゃろうな』
「そんな……ご主人さまは……もう……」
悄然とした表情で、ロキシーはつぶやく。
「はは……そうだったんだ。じゃあ、私のしていたことって、全部……無駄だったんだ……」
落ち込むロキシーに、俺は言う。
「無駄なんかじゃないって」
俺はロキシーのそばにしゃがみ込む。
彼女の頭の部分に触れる。
実体はないけど、思いは伝わるだろう。
「おまえは、立派にミクトランの帰る家を守った。あいつがいつ帰っても良いように、庭もこの中も綺麗に保ってさ。きっと、おまえのご主人さまも天国で喜んでるよ」
屋敷の中も外もは、驚くほど整っていた。
きっと何世紀も、この子が手入れをしていたのだろう。
こんなにも大切に思ってくれていたのだ。
ミクトランも草葉の陰で笑ってるさ。
「アインの言うとおりです。ロキシー。今日までよく頑張りました」
じわ……っと、ロキシーが目に涙を浮かべる。
「あり、ありがとう、ございます……。エキドナ様。それに……アイン、様」
カラスの濡れ羽のような、美しい瞳を、彼女が俺に向ける。
彼女の心が少しでも晴れてくれたようで、良かったよ。
「ところでロキシー。これからのことなのだけれど、あなたはどうする?」
主人であるミクトランが居なくなった。
となれば、従者たるロキシーが、この地に留まる理由はない。
「アイン様」
「どうした、ロキシー?」
「……どうか私を、ここに置かせていただけないでしょうか?」
すっ……とロキシーが頭を下げる。
「あの御方はもう戻っては来ません。ですが、私は愛するこの屋敷を、守っていきたいのです。駄目でしょうか?」
「いや、良いと思うぞ」
ロキシーは顔を上げて、笑顔を俺に向ける。
「ありがとうございます……新しい、ご主人さま……」
潤んだ目でロキシーが俺を見やる。
「いや、おまえのご主人さまはミクトランだろう?」
「そうです。しかし、あなたもまた、この屋敷の主人なのです。いけま、せんか……?」
「いやまぁ、別にいいけど……」
花が咲いたような笑みを浮かべ、ロキシーが俺に近づいてくる。
俺の唇に、ロキシーが唇を重ねてきた。
「えっ!?」
「「「えぇ~~~~~~~!?」」」
精霊少女達が顕現し、驚きの声を上げる。
ロキシーはやや照れたように目線をそらす。
「こ、これは契約……です。屋敷のシモベたる私が、主人と結ぶ儀式……です」
頬を赤らめながら、ロキシーが言う。
「…………」
ふらり……とアリスがその場に倒れる。
「ねえさま! し、しっかりしてぇ~!」
ユーリが青い顔で、姉を抱き起こす。
「ありゃあ、アリスお姉ちゃんライバルまた出現じゃーん」
「これは楽しくなりそうだねぇい~?」
にやにや、と笑うクルシュとピナ。
いや何のことなんだ……と戸惑っていたそのときだ。
「アイさん! 味方を連れてきました!」
受付嬢アイシャが、冒険者達を引き連れて、俺たちの元へとやってきた。
「り、リッチーだ!」「最強の死霊系モンスターだ!」
怯える冒険者達は、武器を構えて、ロキシーを見やる。
「落ち着いてくれ。彼女は俺の従者になったんだ。もう悪さはしないよ」
俺が冒険者達に説明する。
「「「おお~~~~~!」」」
なぜか知らないが、冒険者連中は、感心したように声を上げる。
「す、すげえ……!」
「あのリッチーを従えただと!?」
「おれたちが束になっても敵わない相手を、屈服させるなんて!」
「「「さすがっす、アイさんっ!」」」
……冒険者達が、俺にキラキラとした目を向けてくる。
やべえ。目立ってしまってないか、これ……?
『やはり、隠していても、おぬしがただものではないということは、わかってしまうのじゃな。うむ、さすがアインじゃ』
俺は深々とため息をつく。
果たして、ユーリ達と静かに、暮らしていけるのだろうか……?
不安だ、すごく。




