207.鑑定士、死霊と戦う
俺は屋敷を守る結界を破り、内部へと侵入する。
受付嬢のアイシャは『何かあったら危険です! 高ランクの冒険者を応援に呼んできますからね!』といって、ギルドへ戻っていった。
「そんなに危ない相手なのか、リッチーて?」
俺は手入れの良く行き届いた廊下を歩きながら、賢者ウルスラに尋ねる。
『まちまちじゃな。リッチーの強さは生前の魔法使いとしての腕に依存する』
「ウルスラの見たてだと、ここのリッチーはどの程度のやつなんだ?」
『結界魔法の精度から察するに、なかなかの使い手とみた。上級魔族くらいの腕はあるじゃろう』
ウルスラと会話していたそのときだ。
『お出ましのようじゃな』
俺は立ち止まる。
廊下の、少し離れた場所に、1人の女性がいた。
黒いショートヘア。
黒いワンピースに、白いエプロンドレス。
ふくよかな胸部と、驚くほど白い肌。
目の下の泣きぼくろが特徴的だ。
……そして、その人に足はなく、青白い炎がスカートの端から漏れていることも。
「あんたがこの屋敷に住むリッチーか?」
『……出て行け。ここは、ご主人さまの屋敷だ。何人たりとも踏み入れることは許されない』
リッチーは俺へ敵意を向けてくる。
青い炎が、彼女の周囲に浮かぶ。
「勝手に入ってすまない。ただ、今日からここにすまわせてもらうことになった。あんたの生活を邪魔する気はない。できれば一緒に住まわせて欲しい」
『黙れっ! ご主人さまの屋敷を汚すな! 出てゆかぬのなら殺してやる……!』
どうやらやる気みたいだ。
女の子とやり合うのは、苦手なんだけどな。
『アインよ。リッチーは上級火属性魔法【劫炎監獄】を使う。強力な炎の結界を作り、内部の人間を焼き殺す』
リッチーは俺に手を向ける。
足下に魔方陣が出現。
俺の周囲に、結晶状の結界が張られる。
ゴォオオオオオオオオオオオオオッ……!
超高温の青い炎が四方八方から吹き出し、俺を焼く。
『その結界の強度は外の物の比ではない! 魔族すらも退ける強力なもの! 貴様ごとき軟弱な存在では決して破れない! 炎に焼かれて消えるが良い!』
キンッ……!
ずぉっ……!
『ば、ばかなっ!? 炎の結界を、斬っただとぉおおおおおおおおお!?』
俺は服についた火の粉をぱっ、ぱっ、と手で払う。
『い、いったなにが……? どうやって……!』
「斬っただけだよ、素手でな」
『ふむ、闘気で強化したおぬしなら素手で結界を裂くことなど容易い物よ。さすがじゃアインよ』
炎のダメージはゼロだ。
手刀で切り裂いた際の風圧で消し飛んだからな。
『くっ……! こ、こうなったら極大魔法を使うまで! はぁああああああ!』
リッチーの足下と背後に、無数の魔法陣が出現する。
「大事な屋敷なんだろ? 極大魔法なんて使うなよ」
『うるさい下郎! 死にゆく貴様には関係の無いことだ! 【煉獄業火球】!』
突如、超高温の火の玉が、リッチーの眼前に現れる。
太陽と見まがうそれは、俺めがけて射出される。
ドガァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアン!
迷宮主の岩巨人をも一撃で破壊するほどの、強烈な一撃だ。
衝撃と炎は、俺を粉々にしようとしてくる。
やがて、煙と爆風が晴れる。
『そ、そんな!? どうして!? なぜ無事なんだおまえはっ!?』
「闘気で鎧を作りガードしたんだよ」
『あ、あり得ない……極大魔法の直撃を受けて無事な人間なんて……いや、貴様は本当に人間かっ!』
なんか久しぶりに聞いたな、そのセリフ。
俺は周囲を見渡す。
極大魔法の爆発を受けたのに、屋敷の壁には傷一つ負っていなかった。
『結界の魔法と修復の魔法が同時にかけられている。破壊された箇所が瞬時に戻ったのじゃろう。あやつ、なかなかの魔法の腕前じゃな』
賢者様が言うんだ、そうとうの使い手なのだろう、この人は。
俺は彼女の元へ向かう。
愕然とした表情で、膝をつくリッチー。
「もう十分だろ? 無駄な戦いはしたくないんだ」
『……私は負けない。私は! ご主人さまの屋敷の守護者だっ!』
リッチーは立ち上がる。
莫大な魔力が、彼女の体から噴出する。
『アインよ。敵は召喚魔法を使うつもりじゃ。上級牛頭男。下級天使くらいの強さを持った、召喚獣じゃ』
「ブボォオオオオオオオオオオ!!!!」
巨大な青い体をした、牛頭の男がそこにいた。
右手には極太のバスターソード。
左手には長槍を持っていた。
『殺せ! そして守るのです! ご主人さまの帰る家を!』
「ブボォオオオオオオオオオオオオオ!」
牛男がバスターソードを振り上げて、その巨体からは考えられないほど、超スピードで剣を振る。
『勝った!』
ピタッ……!
『なっ!? なんですって!?』
俺は指先で、バスターソードをつまんで止めた。
『あ、ありえない! 下級天使と同等の強さを持っているのよッ!』
「久々に使ったな、これ」
俺は禁術を発動させていた。
禁術。魔力と闘気を混ぜ合わせ、莫大な力を得ることができる、禁断の技術だ。
『猛者との戦いを経て、アインは義眼を封じられていても、魔力と闘気の完璧な配合は、呼吸をするようにできるのじゃ。うむ、さすがじゃ』
グッ……!
バキィイイイイイイイイイイン!
指先に力を少しいれただけで、バスターソードは真っ二つに折れた。
『ま、まだよ! 串刺しになさい!』
『ブブオォオオオオオオオオオオ!』
牛男が体重を乗せ、槍で突撃してくる。
巨体から繰り出される強烈な刺突を、俺は上空へジャンプしてかわす。
『は、速いっ!』
俺は空中で、折れたバスターソードを奪い取る。
半ばで折れているその剣を手に、俺は禁術で強化した一撃を、牛男にお見舞いする。
ズバァアアアアアアアンッ……!
縦に、回転するようにして放った一撃。
ミノタウロスを一刀両断した。
それだけでなく、屋敷を守っていた強力な結界すらも切り裂いた。
『うそ……でしょ……。ミノタウロスを……倒すなんて。それに……屋敷の結界は……何百年もかけて作った、最高傑作の結界なのに……』
天井と壁、そして床すらも、今の斬撃によって破壊されていた。
付与されていた修復の魔法すらも破壊するほどの威力だったようだ。
「すまん、加減したつもりだったんだ。ウルスラ、直してくれ」
ウルスラの修復魔法により、破壊された壁と結界は元通りになる。
『うそよ……ありえない……。私の最高傑作の結界が、こうもあっさり再構築されるなんて……』
『なかなかの腕前じゃ、小娘。しかし、わしには及ばぬよ』
『さっすがおかーさん! です!』
リッチーは茫然自失のていで、その場にしゃがみ込むのだった。




