206.鑑定士、幽霊屋敷に住む
静かに暮らすために、辺境の街ミョーコゥへとやってきた俺たち。
ギルドで一騒動起こしてしまったあと、俺はこの街での拠点である、屋敷へと向かっていた。
「アイシャさん。別についてこなくていいんですよ?」
俺の隣を歩くのは、ギルドの受付嬢アイシャだ。
「いえ、お構いなく。アイさん、この街は初めてでしょうから、是非ご案内させてくださいっ」
「いや……悪いって。初対面の俺なんかに、そこまでしなくていいよ」
「遠慮なさらないで! アイさんは我が冒険者ギルドの期待の星ですから!」
なんだか妙なことになってしまった。
俺は、単にユーリ達と静かに暮らしたいだけなのにな。
「ところでアイさん、もう一度確認なんですけど、本当に街外れの【洋館】に住まわれるつもりなのですか?」
アイシャが不安げに尋ねてくる。
「ああ。知り合いから、そこの館に住むようにって言われてるんだ。何かまずいのか?」
「まずいというか……その【洋館】には、出るんです」
「出る? なにが」
「幽霊が」
『ひっ……!』
俺の左目から、アリスの小さな悲鳴が聞こえた。
「……だ、大丈夫か?」
俺は小声で、アリスに尋ねる。
『な、なにか……?』
「……いやおまえ、今なんか悲鳴を上げてなかったか?」
『そ、そう……? 気のせいよ、アインくん』
まあ気のせいならいいか。
「洋館に幽霊が出るってのは本当なのか、アイシャ?」
「ええ。なんでも、かつてその館に住んでいた主人の帰りを、ずっと待っているという女の幽霊が、夜な夜な屋敷の中を徘徊しているんです。そして興味本位で入ろうとした侵入者に襲いかかって……」
『ひぅっ……!』
またアリスが小さな悲鳴を上げていた。
だ、大丈夫だろうか……?
『も、問題ないわ。ええ……問題ない』
なんだか自分に言い聞かせているように、アリスが言っていた。
ひょっとして怖いのが苦手なのではなかろうか?
「幽霊のうわさって言うのはどれくらいマジな話なんだ?」
「うわさでなく、実際に多くの人が洋館に足を踏み入れようとして痛い目に遭っています。目撃証言によると【リッチ】がいたとか」
「リッチ?」
『アンデッド系の魔物の一種じゃ。強力な魔法の使い手が死ぬとリッチとなる』
ウルスラが解説してくる。
なるほど、アンデッド系モンスターね。
「ただ屋敷には強力な結界が幾重にも張り巡らされているせいで、実際に洋館の中に入ったものはいません」
あくまで外から見た不確かな情報、ってわけか。
「そんな館に、本当に住まわれるのですか?」
「そうだな。特に問題ないだろう」
幽霊屋敷と怖がられているのなら、かえって好都合だ。
人が不用意に近づいてこないだろうからな。
ややあって。
幽霊屋敷(仮)までやってきた俺たち。
鉄の柵で作られた門の外から、屋敷の中の様子を見やる。
レンガ造りで、二階建て。
庭もあってなかなか良い感じだ。
「というか、庭の手入れが行き届いてるのな」
芝生はきっちりと切り揃えられ、花壇もきちんとある。
結界が張ってあって中に入れないとなると、幽霊が庭の手入れをしてるのだろうか?
「まあ、中に入ってみればわかるか」
「あ、あの……アイさん」
「ん? どうした、アイシャ」
受付嬢アイシャが、不安げに俺を見やる。
「本当にここに住むのですか? リッチが住み着いてるんですよ?」
「ああ。何か問題でもあるか?」
「ありますよ。相手は強力なアンデッドです。呪い殺されるなんてことがあったら……」
「まあ大丈夫だろう。じゃあなアイシャ。送ってくれてありがとう」
俺はアイシャに礼を言って、屋敷へ入ろうと、門に手をかけようとする。
「あぶないです! それに触れた人は感電して重傷を負ったと聞きます!」
バチッ……!
触れようとした途端、手に電流が走った。
「これが結界か。なるほどな」
「えぇえええええええ!? な、なんでアイさん無事なんですか!?」
アイシャが目を品むいてさけぶ。
「電流がほとばしるのが見えたからな。すぐに手を引っ込めただけだ。何か驚くことでもあったか?」
「ありますよっ! 電気より早く動いたってことですよね!? 人間業じゃないですよっ!」
光や雷より早く動く敵なんてザラだったからな。
特別なことであるとは、どうにも思えなかった。
『……アインくん。強敵と戦いすぎて、感覚が麻痺してるのね。その……電気だけに』
アリスがぼそっとつぶやく。
「……お、おう。そ、そうだな」
ど、どうしよう……。
え、これもしかして……ギャグ、なのか?
『アインさん! 笑ってあげてっ。ねえさま、今、自己改革ちゅーでして、ユーモアを取り入れようと、してるんですっ!』
『……ゆ、ユーリやめて。そういうの……言わなくていいから……』
アリスが消え入りそうな声で言う。
ああやっぱりギャグだったのか。
「お、面白かったぞっ」
『……穴があったら入りたいわ』
フォローに失敗してしまった。
後で謝っておこう。
「でもアイさん。結界のせいで中に入れませんよね? どうするんですか?」
「問題ない」
俺は左右を見回す。
屋敷の塀の近くには、木が生えていた。
その下に木の枝が落ちている。
「こいつでいいか」
俺は手頃な長さの枝を1本手に取って、門の前までやってくる。
「あの……アイさん? 一体何をなさるおつもりで?」
「結界が邪魔だからな。斬ってみる」
「ご、ご冗談を……。いくらアイさんが強い冒険者だとしても、リッチの張った高度な結界を斬るなんてできるわけないですよ。それに木の枝で? 無理に決まってます」
俺は闘気を練り上げる。
呼吸を整え、そして手に持った木の枝を振るう。
ズバンッ……!
「と、特に何も起きない……?」
そのときだ。
ずるり……と、鉄の柵が斜めに切断されたのだ。
上半分は音を立てて、向こう側に落ちる。
「えぇえええええええええええ!?」
アイシャがガクーン、と大口を開けて叫ぶ。
「よし、いくか」
「あ、あああああアイさん! な、なにをしたんですか何を!?」
アイシャが俺の腕を引いて、目を白黒させながら問うてくる。
「何って、斬った」
「鉄の柵ですよ!? それを木の枝でキレるわけがないじゃないですかっ!」
『木の枝の強度と切れ味を闘気で強化したのじゃな。アインの闘気の腕ならば、ただの枝がそこらの名剣や魔剣に引けを取らぬほどの上等な代物になるであろう。さすがアインじゃ』
ウルスラが感心したように言う。
「いや、まあ。でもできたから、問題ないだろ」
俺は屋敷へ向かって歩き出す。
「ま、待って! まだ結界が張られてますよ!」
「よいしょっ。ん? どうした?」
「うぇえええええええ!? け、結界まで斬れてるぅうううううううう!?」
アイシャが再度叫ぶ。
結構テンション高いなこの人……。
『当然じゃ。今までアインはあらゆる難敵をすべて切り倒してきた。どこをどう斬れば、相手を倒せるか……鑑定能力が無くとも、知識経験としてその身に染みついておる。こんなひ弱な結界なんぞ、アインには紙にも同然じゃ。さ』
『さすがアインさん、です!』
『ゆ、ユーリ……それ……わしのぉ……』
『えへへっ♡ 一度言って、見たかったのっ』
結界を斬った俺は、屋敷の内部へと進むのだった。