205.鑑定士、ギルドで目立ってしまう
ミョーコゥの冒険者ギルドへとやってきた俺たち。
道中倒した翡翠竜の死骸を売るためだ。
ギルド会館に入る。
手前が酒場、奥が受け付けとなっている。
辺境の田舎町って聞いてた割には、人が多い印象だ。
「あとは大丈夫だ。色々世話になったな。それじゃ」
俺は御者と別れて、奥へと進もうとする。
とりあえず受付へ行くふりをして、そのままこっそりこの場を後にしよう。
『翡翠竜を売ったとなれば目立ってしまうからの』
そういうことだ。
俺は目立たずのんびりと過ごすために、わざわざここへ来たのだから……と、そのときだ。
「おーい! アイシャ! アイシャやーい!」
御者が大きな声で、受付へと声をかける。
「ちょっとお父さん! 職場に来ないでっていったでしょ!?」
受付からやってきたのは、桃色の髪をした受付嬢だ。
背が高く、丸い眼鏡をかけている。
ギルド職員の制服を、その大きな胸が押し上げていた。
「あ、あんたの娘さんか?」
「そうだ。このギルドで受付嬢をしている。母親ににて美人で自慢の娘だっ」
「も、もぉ! やめてってばっ!」
ぺちぺち、とアイシャが父親である御者の肩をたたく。
「それでお父さん、いったいなんのよう?」
「このアイさんがモンスターを売りに来たんだ。面倒見てやってくれや」
御者が俺の肩に手をやって、笑顔で言う。
「お父さんの知り合い?」
「命の大恩人さ! なにせ翡翠竜からおれを守ってくれたんだからな!」
なぜ大きな声で、それをここで言うんだろうか……。
「……おいマジか?」「……翡翠竜だって?」
近くで聞いたいた冒険者達が、俺に注目し出す。
ああほら、やっぱり……。
「えぇっと……アイさんは、冒険者のかたですか?」
ここでハイ、と答えると面倒だ。
おそらくギルド証の提出をもとめてくるだろう。
『おかーさん、ギルド証って?』
『冒険者ギルドが発効する、個人を特定するカードのことだ。登録時にもらえる。アインも持っているはずじゃ。しかし……アイン・レーシックのものをな』
そう、ここでバカ正直に、アイン・レーシックのギルド証を提出するとことだ。
なぜなら救世の勇者が来た、と騒ぎになってしまうからだ。
「いや、ただの旅人だ」
「失礼ですが、ギルドの規定により、冒険者でないかたのモンスターの買い取りは許可できません」
よし、良い口実ができたぞ。
「そうか、知らなかったな。なら仕方ない」
帰ろうとした、そのときだ。
「おいおいアイシャなんとかならないかっ?」
御者がくってかかってきたのだ。
悪気はないんだろうけど、本人が良いって言ってるんだから、それ以上くってかからなくて良いってば。
「冒険者に登録してくださるのでしたら、買い取りは可能となります」
「そ、そうか……まあ、少し検討するよ。別に急いで金が必要なわけじゃないし」
とりあえず、さっさとこの場を離れよう。
あまり長居するとややこしいことになりそうだからな……と思ったそのときだ。
「おいおいアンタよぉ……? 翡翠竜を倒したってのは、ほんとかよぉ……?」
柄の悪い大男が、俺に向かって歩いてきた。
『チンピラか。どこの街にも、こういう手合いがいるのじゃな』
「本当かどうかなんて、あんたに関係ないだろ」
「あぁ!? なんだてめえ……その口の利き方はよぉ……?」
チンピラが額に青筋を浮かべながら、俺に向かってすごんでくる。
「ケガする前に謝った方がいいぜぇ? おれは【剛拳】のリグルド。上級普遍職の【拳闘士】を持つ、ここでも名うての冒険者だぜぇ~?」
それ、自分で言うか……?
「ちょっとリグルドさん! その方はまだギルドに登録していない一般人なのですよ! 暴力は振るわないで!」
「うっせぇ! おいてめえ、さっさと謝れや。じゃねえとおれ……キレたら何するかわっかんねぇぞぉ~……?」
チンピラが顔を近づけて、せいいっぱい怖い顔をしてくる。
だがまるで怖くなかった。
しばしチンピラは俺をにらんでいたのだが、たじろぐと、俺から離れる。
「な、なんだよこいつ……どうしてびびらねえんだ?」
『当たり前じゃな。アインが今更こんなやつにビビるわけ無かろうが』
ウルスラがため息をつく。
「気が済んだか? 悪いが、これで失礼するよ」
「あ! てめえ! 待ちやがれ!」
ブンッ!
パシッ!
俺は前を向いたまま、その拳を手で受け止めた。
「なぁ!? て、てめえ! 後ろも見ずにどうして受け止めたんだ!?」
「あんた、殺気ダダ漏れだよ」
『鑑定能力が無くとも、あまたの敵と戦った戦闘経験から、相手の攻撃を予測できるようになっておるのか。さすがアインじゃ』
ぐっ、ぐっ、とリグルドが力を入れて腕を振り払おうとする。
だが闘気を使えないただの人間に、腕力で負けるわけがなかった。
「ち、ちくしょう! なんでだよ!? おれは【筋力増強】スキルを持っているっていうのに! こんなもやし相手にびくともしないなんて!」
「もうやめておけ。ケガする前にさ」
ぱっ、と俺は手を離す。
「ち、ちくしょぉお! なめるんじゃあねえええええ!」
リグルドの体が、さらに膨れ上がる。
身体強化系のスキルでも使ったのだろう。
「おいやべえぞ! リグルドのやつ、【剛力拳】を使うつもりだ!」
「あのオークを一撃で粉砕するほどの威力の拳を放つ、必殺スキルを!?」
「あの金髪の兄ちゃん、死んだな」
ギャラリーがリグルドの攻撃方法を教えてくれる。
「アイさん! 危ない! 逃げてください!」
アイシャが青い顔して叫ぶ。
「問題ない」
「死ねごらぁああああああああ!」
極限までパワーをためたリゼルグが、俺めがけて拳を振るう。
「なかなか早い拳だな」
だが、俺の右目には、止まっているようにみえた。
これは別に、鑑定能力で動きを予測したわけじゃない。
上級魔族や神たちとの攻撃は、もっともっと早かった。
彼らとの戦闘を繰り返すうちに、基礎的な動体視力は、向上していたのだ。
俺はリグルドの腕を掴んで、攻撃の威力を殺さず、そのまま投げ飛ばす。
「ほげぇええええええええええ!」
リグルドは情けない声をあげながら、木の葉のように吹っ飛んでいき、ギルドの壁に激突する。
そのまま気を失う。
ケガしないように加減をしたので、問題ないだろう。
「す、すごい……リグルドさんの必殺技を受けて、無事な人なんて……はじめてみました」
アイシャが呆然とつぶやく。
「アイさん……冒険者に、ぜひ、我がギルドの冒険者になってくださいませんか!?」
彼女は受付から飛び出ると、俺の腕を掴んで言う。
「あ、いや……別に俺は、冒険者になるつもりはなくってだな……」
「お願いします! 我がギルドには、あなたのようなすごいひとが必要なんです! お願いします! お願いします!」
……結局その後、アイシャに押し切られるようにして、俺は冒険者ギルドに【アイ】として登録したのだった。




