204.鑑定士、辺境の街へ到着する
翡翠竜を討伐した、数分後。
「敵も倒したし、出発するか」
俺は馬車の荷台に乗ろうとする。
「お、お客さんっ! なにしてるんですかっ!?」
御者がすごい剣幕で、俺の腕を引っ張ってくる。
「ど、どうした?」
「どうしたじゃないんですよ! 翡翠竜の死骸! まさか放置していくとか言わないですよね!」
街道脇に倒れている、エメラルド色の鱗を持つ竜を、御者は指さす。
「ああ、置いてくよ」
「置いてく!? ふざけてるんですかっ!?」
「いや別にふざけてないんだが……」
「いいですか? 翡翠竜は名前の通り鱗から爪など、体のあちこちが全部エメラルドでできてるんです! そのどれもが超希少品! 売れば一財産ですよ!」
とは言っても、別に金には困っていない。
「別にいいよ」
「良くないですよ! せっかくお客さんが倒したんですから! 持って帰ってギルドで換金してもらいましょう! でないともったいないです!」
別に換金なんてしなくていい。
だがどうにも、この御者は、俺が翡翠竜の死骸を放置することを許してくれないようだ。
「わかったよ。持って帰る」
俺は翡翠竜に近づく。
右手を前に伸ばす。
「荷台に載せるの手伝いますよっ」
御者が俺に近づいてくる。
「いや、必要ない」
俺の右手の紋章が、カッ……! と光る。
すると、シュオンッ! と音を立てて、翡翠竜が消える。
【わしのくれてやった無限収納の魔法紋じゃな】
「なんか久しぶりにモンスターの死骸を回収したな」
ユーリのいた迷宮を出てから、ほぼ敵は倒してそれきりだったしな。
それか俺の斬撃で跡形もなく木っ端微塵になっていたし、回収するものはなく、従ってこの超便利な収納紋が使われる機会はなかった。
「…………」
唖然とした表情で、御者が口を開いたり閉じたりしている。
「どうした?」
「いや……いやいやいや! 何さらっとすごいことしてるんですか、お客さん!」
ガシッ! と御者が俺の肩を掴んでくる。
「今の収納の魔法ですよね!? しかもあのサイズを一瞬でしまうってことは……まさか伝説の魔法【無限収納】ではないですか!?」
「あ、はぁ……。え、で、伝説?」
【おぬしには言ってなかったが、収納魔法は古代魔法といってな、使い手に高度な技術を要求する魔法じゃ。まあ、現代で使えるものはわしくらいじゃろう】
ま、マジか……。
そんなすごい魔法を、ウルスラは俺に付与していてくれていたなんて。
「伝説の魔法をいとも容易く、しかもぜんぜんすごいって思っていないなんて……あ、あんたいったい何者なんだ?」
「俺は……その、ただの旅人。名前は……そうだな。【アイ】だ」
【おにーさん……アイって。もうちょっと名前ひねろうよ】
ピナが左目の中で、はぁ、とため息をつきながら言う。
他に思いつかなかったんだよ……。
「アイさん……あんた、すごい人だな。古代魔法を使え、翡翠竜をワンパンで沈めた。まるで救世の勇者アイン・レーシック様のような人だな」
「そ、そうっすか……光栄っす……」
ような、じゃなくて本人なんだが。
まあ訂正しなくて良いだろう、余計な混乱を招くだろうし。
ややあって。
俺たちは馬車に乗って、辺境の街を目指していた。
「いやぁそれにしてもお客さん、あなたみたいなすごい人が、あんなへんぴな街に、いったい何のようだい?」
御者が運転席から、荷台にいる俺に話しかけてくる。
「特に目的があるわけじゃないんだが……まあ強いて言えばゆっくりしにきたんだよ」
「ううーむ……納得いかない。あんたみたいな超強い人なら、王都で冒険者やっててもおかしくないのに……」
「まあ、色々あるんだよ。深く詮索しないで欲しいな」
外見は変えているとは言え、俺の中身はアイン・レーシックなのだ。
ふとした拍子に、素性が表に出る危険性もある。気をつけねば。
「ところで……今から行く場所って、どんなところなんだ?」
俺は御者に聞いてみることにした。
「【ミョーコゥ】っていう、本当にド田舎の街だよ。周りは田んぼと森ばっかり。その森には魔物がよくいるから、冒険者たちの数は辺境の割に多いな」
のどかそうな街だ。
……が、冒険者も多いのか。
冒険者は各地で仕事をする。
もしかしたら、俺と絡んだことのある冒険者もいるかもしれない。
なるべく、冒険者には関わらないでおこう。
「お客さん、街にそろそろつくが、冒険者ギルド前に下ろせば良いだろっ?」
「え……?」
業者の言葉に、俺は耳を疑う。
「なにせ翡翠竜を討伐したんだ。ギルドで死体をわたし換金しないとだろう?」
「いや……えっと……申し出はありがたいが、いいよ。金に困ってるわけじゃないし、あとで自分で行くし」
「いや、遠慮しなくて言い! あんたミョーコゥは初めてだろ! ギルドの場所もわからないだろうし、おれが案内するよ!」
まぁ、確かにギルドの場所は知らないけど……。
そもそも行く予定もないし……。
だからといって、御者の行為を無下にするわけにも……ううん。
そんなこんな迷っているうちに、馬車は【ミョーコゥ】へと到着した。
田園地帯のど真ん中に、この街は位置していた。
大きな河川が街の真ん中を通っている。
街の周囲を、魔物避け用の壁がぐるっと囲んでいる。
「田舎の町って感じしないな」
【魔物の森が近くにあるためじゃろうな。魔物を求めて冒険者が多く来る。冒険者が来れば必要な物資を商人が運んでくる。人と物が多く出入りすれば、街も自然と発展していく】
なるほど……。
とはいえ街の外は平地がどこまでも広がっている。
遠くに山が立ち並び、なだらかな稜線が見える。
「不便さはなく、空気も美味しい。なかなかいいとこだな」
【手配してくれたジャスパーに感謝じゃな】
のんびりできる場所を、大商人ジャスパーに探してもらったのである。
「お客さん! 冒険者ギルド前に到着したぜ!」
馬がいななくと、馬車が止まる。
「あ、ありがとう。あとは俺が自分でやっとくよ」
「いいって! ギルドへ来るのも初めてだろう! おれが受付まで案内してやるよ!」
御者が運転席を降りて、俺の元へやってくる。
「ほんと大丈夫だって、ありがとう。あんたにもあんたの仕事があるだろ? 俺は自分のことは自分でやるからいいって」
「いいや! あんたは命の恩人だ! あんたがいなかったら、今頃おれは翡翠竜に殺されていた! その恩を返したい!」
俺が発見した段階で、翡翠竜は馬車を認識していなかった。
確かに、あのままミョーコゥに向けて馬車が歩いていたら、竜に捕捉されていただろうけど。
「別にほんとたいしたことしてないからさ。恩とか感じなくても良いよ」
「あんた……ほんと、ほんっっとうに良いやつだな!」
にかっ! と商人が笑って、俺の背中をバシッとたたく。
「あんなすごい強いモンスターからおれを守ってくれただけでなく、金銭どころか何も要求しない。それでいて謙虚! あんたほどいい人、おれは初めて会ったよ!」
俺は別に大したことしてないのに、やたら賞賛されていた。
「さっ、ギルドへ行こうか!」
ガッ! と御者が俺の肩を掴んで、冒険者ギルドへ連れて行こうとする。
振り払って逃げることも、もちろん簡単にできるんだが……。
ここで逃げたら、せっかく案内してくれようとしている、彼の厚意を無下にすることになるし……。
結局、俺は断れず、ギルド会館へと入るのだった。




