202.鑑定士、辺境でスローライフする
俺がユーリのカレーを食べてから、数日後。
ジャスパーの屋敷。
俺にあてがわれた部屋にて。
「暇だ……」
俺はソファに座り、ぼけーっと天井を眺めていた。
ひょこっ、と上からユーリが顔をのぞかせる。
「アイン、さん……どーしたの?」
長い金髪が垂れて、俺の顔をくすぐる。
花の蜜のような甘い匂いにクラクラした。
……それと、たぷたぷと垂れる大きな乳房に、目を奪われる。
「いや……暇だなって」
ユーリが俺の隣によいしょと座る。
「ご本は、もーいーの?」
「読みたい本はあらかた読んだ。それにどうにも、俺は部屋の中で四六時中本っていうのは、向いてない」
「では、ご趣味を持つのは? わたしの、おりょーりみたいにっ」
ユーリが得意げに胸を張る。
アリスから特訓を受けているからだろう。
最近のユーリは、料理スキルがメキメキと上昇していた。
自分で料理を作り出すようになったし、もっと上達していくだろう。
「趣味……ねぇ。ないな。考えてみれば、趣味に興じる暇なんてなかったなぁ」
ユーリと出会う前、俺は冒険者として生きることに必死だった。
世界樹の守り手になってからは、戦いの連続だったしな。
「趣味、いっぱいありますよ? 編み物、お絵かき。アリスねえさま、そーゆーの、いっぱい知ってます。ねっ?」
「え?」
ユーリの逆側を見やると、いつの間にかアリスがちょこん、と座っていた。
「……こ、こんにちは、アイン君」
「お、おう……こんにちは」
この間、アリスに好意を告げられてから、なんとなく意識してしまうようになった俺である。
「ねぇさま、ご趣味たくさん! うちのアインさんに、ぜひご伝授を!」
「うちのってなんだよ、うちのって」
「……ぽっ♡」
いやんいやん、とユーリが体をくねらせる。
「編み物も絵もなぁ……」
「……なら、旅行とかはどう?」
「それもちょっと、今はおいそれと外に出るのは、難しいな」
「「?」」
ふたりが、はて? と首をかしげる。
俺は立ち上がって、窓際までやってくる。
ちょいちょい、とユーリたちを手招きする。
窓を少し開ける……。
「アイン様だっ!」
「アイン様ー!」
「ごきげんよー!」
ワァアアアアアアアアアアアア!
窓の下には、今も大勢の街の人たちが集まっていた。
さすがに屋敷内には入ってこない。
が、中に流れ込んできそうな勢いである。
……パタン。
窓を閉めて、俺はため息をつく。
「アインさん……大人気です! 鼻高々です!」
「……なるほど。人が多すぎて外に出れないのね」
「きゅーせーのゆーしゃですから! さすがです、アインさん!」
にぱーっとユーリが嬉しそうに笑う。
未だにその呼び方は慣れない。
けど国王が正式に、【それ】や魔王との戦いについて発表したからだろう。
俺のあだ名や活躍は、多くの人に伝わることとなった。
「特にここ王都では知らない人はいないってレベルだからな。外に気軽に出て行けない」
「そーいえば、アインさん。最期の戦いのあと、ほぼ、ずぅっとここに引きこもりっぱなしです」
「……王城と、ユーリの世界樹のところへ行ったきりね」
ほぼ軟禁状態だった。
まあ、別に外へ出るなと誰に言われたわけではないのだが。
この状況では、おいそれと外を出歩けない。
「家の中で趣味をするのもいいんだが、こうも引きこもり状態が続くと気が滅入るよ。たまにはのんびり出かけたいけどさ」
それを聞いたアリスは、しばしうつむくと、こういった。
「……姿と名前を変えて、田舎で過ごすのはどうかしら?」
ぽつり、とアリスがもらす。
「ん? どういうことだ?」
「……昔読んだ本に、【すごい功績を残した英雄が、名前と姿を隠して、俗世から離れた場所で田舎暮らしをする】というものがあったの」
「辺境スローライフ系ってやつですね、ねえさま!」
こくり、とアリスがうなずく。
「……ピナの幻術を使えば姿や声は変えられるわ」
「けど神眼が封印されてるから、俺は使えないぞ?」
「あたしを呼んだかーい☆」
ばーん! と扉が開いて、ピナが入ってくる。
「ピナちゃん!」
「やっほー、らぶらぶちゅーにごめんごめん☆ 邪魔するつもりは一切無かったんだけど、呼ばれた気がしたんだ☆」
ドンピシャで入ってきやがって。
聞き耳してたな。
「確かにおにいさん今、自分では幻術使えないけど、アタシの術の有効範囲内にいればなんとかなるんじゃない?」
「つまり……ピナも一緒に居れば幻術は使えるってことか」
「そーそー☆ じゃあやることはひとつっしょ!」
ピナはユーリとアリスをぐいっ、と抱きしめて笑う。
「お兄さんとアタシたち全員で、辺境でスローライフするの☆」
「それ、いい! すっごくいい、です!」
わぁ……! とユーリが歓声を上げる。
「……ピナ。アイン君は慰労のためにいくのよ? 私たちがいたら気が休まらないのでは?」
「おねえちゃんはアホだなぁ……」
ピナがアリスに、耳打ちする。
「……おにいさんと仲を深めるチャンスじゃん」
「!」
カッ……! とアリスが目を見開く。
「……アイン君」
「どうした?」
「……もし、良かったら、私も行きたいわ」
もじもじしながら、アリスが俺を見て言う。
後ろでユーリとピナがハイタッチしていた。
「別に良いんじゃないか?」
一人で田舎へ行くのもさみしいもんだしな。
「さっすがお兄さん☆ 懐ひろーい!」
ピナが喜色満面で言う。
「じゃあアタシ、ジャスパーさんに場所とか、お屋敷の手配とか頼んでくるね! こいつぁ忙しくなってきたー!」
だっ! とピナは駆け足で部屋から出て行った。
「ピナは張り切ってるな」
「……あの子、こういう行事好きだから」
ふふっ、とアリスがお姉さんな笑みを浮かべる。
「しかし身分を隠して辺境スローライフか。……うん、結構楽しみかもしれないな」
その後ジャスパーがすぐに手配してくれて、驚くべきスピードでことが進んだ。
かくして、俺は新しい展開へと移るのだった。




