198.鑑定士、魔王と戦う
俺がイオアナを撃破した、その直後。
「ありえない……私の完璧な計画が……こんなサルに潰されるなんて」
アンリは膝をついて、呆然つぶやいている。
俺は聖剣を手に、彼女の元へゆく。
「もう終わりだ。諦めろ」
「諦める……? ふっ、ふふふ! あはははは!」
アンリはふらりと立ち上がる。
「私が彼のためにどれだけ尽くしたかわかっているの!? 諦められるわけがないわ!」
魔法陣が足元に現れ、そこに何かが出現する。
「首なしの死体?」
『イオアナの肉体じゃ。首から下は事前に、切り離してあった様じゃな』
「もしものときのために、器のスペアを用意しておくのは当然でしょう!?」
アンリは爪を伸ばすと、自らの首を撥ね、イオアナの死体にくっつけた。
「私は諦めない! さぁミクトラン! あなたの魂を、この器に!」
アンリが叫んだその時だ。
黒いオーラが、アンリの肉体にまとわりつく。
【がっ! ぐぅ! あがぁあああああああああ!】
アンリがガクガクと体をけいれんさせる。
次第に体が黒く変色していく。
体中に目玉がびっしりと生えた、まさに化け物といった異形の存在となった。
【ははっ! やったわミクトラン! ふたりは一つになれたのよぉ!】
狂ったようにアンリが……いや、魔王が笑う。
【あとは唯一の邪魔者! アイン・レーシックを倒すのみ!】
「そうはさせません」
パァ! と俺の左目が輝く。
白髪の精霊が、俺の前に顕現した。
「エキドナねえさま!」
長く美しい白髪をたなびかせながら、エキドナが微笑む。
「ユーリ。久しぶりですね」
「ねえさま、良かった……元に戻ったのね」
ぐすぐすとユーリが涙を流す。
「泣いている暇はありません。妹たち、それにアイン。いきましょう。幕を引くために」
「ああ。みんな、力を貸してくれ」
精霊姉妹9人の体が、それぞれ輝く。
白、藍、金。
紫、緑、橙。
桃、赤、青。
9色の光が、俺の体に身にまとう。
世界樹の精霊たちの全員の力が、俺に流れ込んでくる。
俺は黄金の衣装を身にまとい、同じく日輪のごとく輝く聖剣を手にする。
聖剣の腹には9つに煌めく宝珠が収まっている。
『ついに世界樹と一体となったか。まさに【完全霊装】。さすがアイン。その姿、おぬしこそが真の勇者じゃ』
「いくぞ魔王。決着の時だ」
【うるさい! 終わるのは貴様だ!】
魔王の右手には、漆黒の剣が握られる。
刃の腹には、9つの眼が浮かんでいた。
『あの剣は【崩壊剣】。一振りで次元をゆがめ、世界を崩壊させ、全人類を一瞬で虚空のかなたへと消し飛ばすほど強力な剣じゃ』
【死にさらせぇ!】
魔王が漆黒の剣を振り下ろす。
突如として、世界が崩れだした。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ…………!!!!
【終わりだアインそれにエキドナぁ! 私たちの勝ちだぁああ! 】
地面が、空が、海が割れる。
この世に存在するすべてのものが崩壊を起こしだす。
物体全てがねじれ、歪み、そして後には無が残った。
周囲にあった星々すらも消え去った、完全なる無。
【なのに……どうしておまえらは生きてるんだよぉおおおおおお!】
何もかもが消え去った世界で、俺は普通に立っている。
そして、この世界にいた人たちも、ちゃんと生きている。
『今アインは世界樹と完全に一体化しておる。この世界は世界樹の魔力を使い、女神様が作ったのじゃ。ならばアインは世界を一つ作り出すくらい、造作もない。さすがはアイン、あっぱれじゃ』
【せ、世界を作り出しただとぉおおおおおおおお!?】
崩壊が始まる寸前に、別次元にもう一つの世界を作り出した。
あとはそこに、全人類を転送させたのだ。
崩壊したのはさっきまで俺たちがいた世界である。
【ありえない! ありえないぃいいいいいいいい!】
漆黒の剣を手に、魔王が俺に切り込んでくる。
俺は右手を前に出し、魔力を開放する。
パリィイイイイイイイイイイイイン!
【ぐぁあああああああああああああ!】
黄金の魔力に剣を弾かれて、魔王が吹き飛んでいく。
聖なる力が魔王の体を焼く。
魔王は体を再生させようとするが、そのそばから細胞は破壊されていく。
【馬鹿な! こんなの間違っている! 私の思い描いた運命に、こんな展開はあってはならないんだよぉ!】
魔王が崩壊剣を、俺に向かって連続して切りつけてくる。
世界を崩壊させるほどのエネルギーが、黒い刃となって俺に殺到する。
だが俺はそのすべてを躱し、捌き、そして弾いた。
【なんでぇ!? ねえ、なんで勝てないんだよぉおおお!】
魔王が、幼子のように泣きじゃくる。
化け物の背後に、幼女アンリの姿を幻視した。
【どうして私は勝てないの!? 教えてよおぉおおおおお!】
魔王が俺に突っ込み、刹那で距離を詰める。
そして渾身の一撃を、崩壊の剣とともに叩き込んできた。
俺はその動きを、見ていた。
完全霊装を手に入れ、強化された俺の眼は、森羅万象をこの目に写す。
いくら早かろうが、今の俺には関係ない。
ズバンッ……!
俺は魔王が攻撃するタイミングで、その剣を、腕ごと切り飛ばす。
運よく直撃を避けた魔王は、俺のそばに膝をつき見上げてくる。
【こんなのおかしいよぉ! 魔王は世界最強なんだ! なのになんでおまえに勝てないんだよぉおお!?】
魔王……いや、アンリは泣いていた。
「簡単な理屈だ。魔王は独りで、勇者には仲間がいるからだ」
アンリは己の為に、いつも他人を利用していた。
自分のために平気で人を傷つけ、利用し、そして平然と切り捨てる。
「アンリ。世界にはおまえとミクトランしかいないとでも思っているんだろ?」
【そうだ! ミクトランだけだ! 彼が私の全てなんだ!】
「それは間違いだ。この世界には自分以外の、大勢の人たちが暮らしている。その平和を脅かしてまでも、願いをかなえようとするのは間違っているよ」
【うるさい! 私は間違ってない! 私は、正しいんだぁああああ!】
魔王は新たな崩壊剣を作り出し、全身全霊の力を刃に込める。
「終わりだ、魔王」
俺は勇者の聖剣に、世界樹の全魔力を注ぎ込む。
まるで太陽がそこにあるかと錯覚するような、まばゆい、黄金の輝きを放つ。
俺は上段に構えた聖剣を、魔王めがけて振り下ろした。
ズバァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアン!!!!
『なんということじゃ。魔王ごと、次元を一つ消し飛ばしよった。さすがはアイン。わしらの最高の守り手よ』
俺がさっきまでいた無の世界は消え去り、みんなのいる次元へと帰っていた。
背後には青く輝く星があり、俺の勝利を見届けてくれたのだった。