197.イオアナ、復活した鑑定士に完全敗北
鑑定士アインが、エキドナと共に過去に戻っている、一方その頃。
人間たちの国の王城、玉座の間にて。
「ぐ、う、ぐぁあああああああああ!」
アインは黒い瘴気に身をむしばまれながら、苦悶の表情を浮かべる。
「アインさん! 目を覚まして! アインさん!」
金髪美少女、精霊のユーリが悲痛なる叫びをあげる。
魔王がとりついた瞬間、精霊たちはアインの体から、はじき出されたのだ。
エキドナ……否、アンリは余裕の表情で言う。
「今、ミクトランの精神が器であるアインの体を乗っ取ろうとしている。抵抗してるようだけど無駄よ。彼は魔王となる。これは絶対なのだから」
アンリはうっとりとした表情でつぶやく。
彼女はアインをお姫様抱っこすると、玉座に向かって歩き出す。
「アインを返すのじゃ!」
ウルスラたち賢者が転移してくる。
「嫌よ。彼は私のものだもの」
「ならば力尽くでも、アインを返してもらうのじゃ!」
賢者たち、そして精霊たちも、戦闘態勢に入る。
「イオアナ。蹴散らしなさい」
【…………】
「イオアナ?」
アンリが見上げた先には、存在を進化させたイオアナがいる。
頭部以外の体は、編み込まれた樹木でできている、まさに樹木の巨人とも言える姿。
そんな彼女は……うつむいて黙りこくっていた。
「何をしているの、イオアナ? 早くあの羽虫を払いなさい」
【アインは……もう、戻らないのかよ?】
「ええ。アイン・レーシックは死んだわ。それがどうしたの?」
【何でもないよ。クソッ……!】
イオアナが苛立ちげに、声を荒らげる。
「さぁイオアナ。魔王降臨の邪魔をするあの不届き者どもを殺しなさい」
【言われなくても……やってやるよ!】
イオアナの体から莫大な量の闘気が噴出する。
「凄まじいプレッシャーじゃ……アインに匹敵にするほどの力を感じる……!」
【くそっ! 何のために死ぬ思いで、ミクトランの細胞を大量に取り込んだよ!】
怒気を発しながら、イオアナがウルスラたちに突っ込んでくる。
精霊、そして賢者たちは、各々の能力を用いてイオアナを止めようとする。
だが黒姫の結界も、クルシュの虚無も、今のイオアナには通じなかった。
「【煉獄業火球】!」
ウルスラが極大魔法を放つ。
ドガァアアアアアアアアアアアン!
だが直撃を受けても、イオアナは傷一つついていなかった。
「くっ……! 霊装で強化されていないわしらの能力では、今のイオアナに勝てぬか!」
【……ああそうだよ。ボクは強くなった。強くなったんだよ】
イオアナは背後を振り返る。
玉座に座り、うつむくアイン。
指一つ動かせぬ彼を見て、ギリ……とイオアナは歯がみする。
【そうだ……ボクはアインを超えたんだ! ボクの勝ちだ! ざまあみろ! 今までボクを散々こけにしやがって!】
イオアナは凶悪な笑みを浮かべ、高らかに言う。
「皆の物! 時間を稼ぐのじゃ! アインはきっと戻ってくる!」
「「「はいっ!」」」
精霊たちが総攻撃を仕掛ける。
魔法が、能力が、イオアナの体に襲いかかった。
【無駄無駄無駄ぁあああああああああ!】
ゴォオオオオオオオオオオ!
イオアナから凄まじい量の闘気が噴出する。
それはウルスラたちを吹き飛ばし、壁に激突させる。
精霊たちは崩れ落ち、地面に這いつくばる。
【アインは、二度と戻らないんだってさぁ! だからボクの勝ち! ボクはアインを超えたんだよ! ひゃーひゃっひゃ!】
イオアナは倒れ伏す精霊たちに向かって、狂ったように笑い出す。
「負けてません!」
ふらり、と立ち上がり、ユーリが叫ぶ。
「アインさんは、まだ負けてません。今も……戦っています!」
ユーリは迷いのない瞳で、イオアナの奥にいるアインを見やる。
「私は信じてます! アインさんは、帰ってくるって!」
【うるせえ! アインは……もう帰ってこねえんだよぉお!!!】
イオアナはユーリの元へゆき、彼女の首を掴むと、片手で持ち上げる。
「アイン……さんは……来ます!」
【まだそんな世迷い言を! もういい、死ねぇええええええええええ!】
と、そのときだった。
ザシュッ……!
イオアナの腕が切断される。
「きゃっ!」
ユーリが落下しそうになるのを、【彼】が受け止めたのだ。
「アインさん!」
復活したアイン・レーシックが、ユーリをお姫様抱っこしていた。
「ば、バカな!? あり得ないわ!」
玉座のそばで、アンリが目をむいて叫ぶ。
「ミクトランが完全に意識を乗っ取ったはず! なのにどうしておまえは無事なんだ!?」
アンリにとって、鑑定士の復活は予想外だったのだろう。
額に汗をかき、驚愕の表情を浮かべている。
「決まっておろう! アインの精神が魔王を超越したのじゃ! さすがじゃ! さすがアインじゃ! さすがじゃああああ!」
ウルスラが歓喜の笑みを、アインに向ける。
「ユーリ。心配させて、ごめん」
アインは腕の中のユーリに言う。
「……ううん。わたし、信じて、ました。必ず……戻ってくるって……」
ユーリは胸の前で手を組み、目の端に涙を浮かべながら、アインを見上げる。
【アイン……アインアインアインぅううううううううううううう!!!!!!!】
イオアナは体をのけぞらせながら叫ぶ。
【よく帰ってきたなぁ! さぁ! 決着をつけよう!】
「ああ。いい加減、おまえとの因縁もここで終わりにしよう」
アインはユーリを下ろすと、イオアナを見やる。
「アインさん。霊装を」
「いや、ユーリ。問題ない」
アインは素の状態のまま、聖剣を取りだして、イオアナの前に立つ。
【いくぞアイン! 死ねぇええええええええええええええ!】
ぐぉっ……! とイオアナの巨大な腕が、凄まじい早さで、アインに襲いかかる。
グシャッ……!
【勝った!】
「いや、おまえの負けだ」
潰れていたのは、イオアナの拳の方だった。
【バカな!? 完璧に頭を潰したはずなのに!?】
「今の俺の体には、先代勇者の聖なる魔力が宿っている。だから、邪悪な力は触れただけで消滅する」
ボロボロ……とイオアナの体が崩壊を始める。
【く……くそぉおおおおおおおお!】
「終わりだ……イオアナ」
アインは聖剣を取りだし、勇者の魔力を聖剣に込める。
彼の剣は黄金の輝きを放つ。
イオアナは悟った。
この輝きは、悪を滅する破邪の光だと。
剣を振りかぶり、そしてアインはイオアナめがけて、剣を振るった。
ズッバァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアン!!!!!
日輪のごとくまばゆい光に飲み込まれながら、イオアナはつぶやく。
【最期まで勝てなかったけど……悔いは無い。全力のボクを、真正面から打ち破ってきたんだからね。さすがアインだ。さすが……ボクの……ライバル……】