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196.鑑定士、元の世界に戻る覚悟を決める



 エキドナから、勇者の過去について聞かされた数分後。


 過去の世界、魔界の地下にて。


『アイン。これであなたをこの過去の世界へ連れてきた理由を、わかってくれましたか?』


「……俺も、ミクトランと同じ運命をたどるといいたいんだな」


『その通りです。さすがアイン。理解が早くて助かります』


 俺とミクトランは、非常に状況が似通っている。

 

 すごい力を手に入れ、敵を倒しまくり、やがて救国の勇者となった。


 無双の力を持つ、最強の存在となった。


『今は、あなたたちの周りは気づいていないだけ。ですがいずれ人々は必ず気づくのです。あなたがこの世で、最も危険な存在であることを』


「……そして魔王になる、か」


 俺は黒い世界樹を見上げる。


『元世界樹です。枯れ果てた世界樹わたしを依り代に、。神々がミクトランの魂をこの大樹に封じたのです』


 叛逆の勇者となったミクトランを、神々は完全に倒すことはできなかった。


 彼の肉体と魂を分離させ、その魂を大樹に封じたのだという。


「肉体から魂を切り離せた段階で、ミクトランは死んでいるじゃないか。それで彼を倒したてことにはならないのか?」


『肉体が滅びた後、死んだ魂の向かう先は天界です』


「ああ……神は自分たちの住んでいるところに、ミクトランの魂という爆弾を置きたくなかったんだな。だからこの樹に魂を封印したと」


 エキドナは肯定する。

 

『あなたはこの世界に留まってください。この世界線において、神眼もなく、聖剣のないあなたは、ミクトランの器としては不適合。魔力を押さえ、目立たぬようどこか田舎でひっそりと暮らすのです』


「……未来の世界は、どうなるんだよ」


『……気にしなくていいのです。あなたは望んで神眼を手にいれたわけではなかった。自分の意思もなく、運命のいたずらに巻き込まれただけの、いわば被害者です』


 エキドナは感情を押し殺しながらいう。


『精霊と世界樹、そして魔王をめぐる戦いに、あなたは理不尽に巻き込まれただけ。無関係のあなたを、これ以上私たちのせいで不幸にしたくないのです』


「無関係じゃない。俺は守り手だ」


『いいえ、あなたは神の眼と能力を、たまたまもらっただけの一般人です。女神さまに見いだされ、守り手となるべき運命を課せられた存在ではありません。あなたは、もうこれ以上関わってはいけないのです』


 エキドナは、無関係の一般人である俺が、自分たちのせいで、ミクトランのように不幸になることを危惧しているのだろう。


 俺とミクトランは、置かれている状況が似ている。


 彼もまた、もともとは俺と同様無関係の一般人だった。


 しかしエキドナが、巻き込んでしまった。


 女神に見いだされた、運命の戦士でない彼を魔王にしてしまった。


 その過去の失敗談があるからこそ、なおのこと、一般人(おれ)をこの戦いに巻き込みたくないと思っているだろう。


『魔王は一人で十分です。アイン、この世界で幸せになってください』


 ……俺の前には、ふたつの道がある。


 ひとつはこの場に留まる道。

 多少窮屈さはあれど、魔王になることのない光の道。


 もうひとつは、元の世界へ戻る道。

 戻ればミクトランの魂に体を乗っ取られ、魔王となる。


 よしんばミクトランを退けたとしても、歴史は繰り返される危険性は高い。


 いずれにしろ、未来に帰ると、俺には魔王となる道を歩まないといけない。


「…………」


 目を閉じて、俺は深呼吸する。

 ……脳裏に浮かんだのは、ユーリたちの笑顔だ。


「……エキドナ。俺は戻るよ。もとの世界に」


『……何を、言ってるのですか。あなた、自分が何を言ってるのかわかっているのですか?』


「わかっている。けど、俺は戻りたい」


『どうしてですか!? あなたは無関係なんですよ!?』


 エキドナが声を荒らげる。


 俺のためを思って提案したことを、俺自身が無視しようとしてるからだろう。


「確かに俺は女神に見いだされた運命の守り手じゃないかもしれない。巻き込まれただけの、無関係な一般人かもしれない」


『そうです! だからもうこれ以上関わらなくてよいのです! これ以上、悲劇を繰り返させたくないのです!』


 エキドナは涙声だった。


 やはり自分のせいでミクトランを魔王にしたことを、だいぶ後悔しているのだろう。


「けど、俺はこのまま、未来にいるみんなをおいて、ひとり幸せになんてなりたくない」


 俺ははっきりと言う。


「ウルスラたち守り手や、アリスたち精霊。俺に関わった全ての人たちを、見捨てることなんて、できない」


 もちろんこの過去の世界にもウルスラたちは存在している。


 だが俺の知っている世界の彼らと、今この世界にいる彼とは別人だ。


「元の世界には、世話になった人たちがいる。守りたい人たちがいる。それに……ユーリがいる」


 仲間に見捨てられ、奈落に落ちた俺を救ってくれた、あの優しい精霊の少女に。


「俺はまだ、あの子に告白の返事をしていない」


『自分の身が破滅するかもというときに、何をふざけたことを言っているのですか!?』


「エキドナ。俺は確かに無関係の一般人だ。この先、ミクトランと同じ未来をたどるかもしれない。けど、俺はミクトランじゃない。全く同じ運命になるなんて、だれが決めたんだよ」


 エキドナは俺の身を案じる一方で、やはりミクトランへの罪悪感を覚えているようだ。


 俺と勇者とを重ねている節がある。


「俺はミクトランじゃない。俺は俺だ。自分の意思で関わると決めた。俺は戦うよ。ユーリ達のために、あの世界のために」


 たとえ俺が、いずれ守った人たちから石を投げられたとしても。


 俺は納得できる。

 だって、自分で下した決断だから。


『しかしアイン……やはり、私は……』


 エキドナがなおも言葉をつづけようとした、そのときだ。


『エキドナ。彼を行かせてあげてくれないか?』


『ミクトラン!?』


目の前の大樹が光り輝き、そこから黒髪の優しそうな顔つきの青年が現れた。


この人が、勇者だ。

夢の中で見た彼と同じだ。


『そんな……止まった時間の中で、どうして動いているのです? それに、あなたは絶望して心を闇に落としたはず……』


『アインのおかげだよ。彼の言葉が、私の魂を一時的に闇から救ってくれた。彼に会いたいと女神さまに祈ったんだ。そしたらここにこれた。もっとも、長く留まっていられないけれど』


 ミクトランは俺を見て、穏やかに笑う。


『アイン。君は私に似ている。けど君がいうとおり、君と私は別の人間だ。……私は未熟者だ。人を守る勇者であるはずが、最終的に人間という存在に絶望してしまった』


 エキドナが死んだ日。

 ミクトランは悩んだそうだ。


 自分を無職と虐げ続けた人間たちに対して、大事な人を犠牲にしてまで救う価値があったのだろうかと。


『その結果私は人間に守る価値なしと見捨て、魔王になることを自ら選んだ。だが、君は違うんだな』


 ミクトランは俺を見て、目を細める。


『さすがだよアイン。君はすごい子だ。魔王になるとわかっていてなお、人に絶望することをしない。誰にでもできる決断ではない。……私にも、できなかったことだ』


 彼は俺に近づいてくる。

 そして、右手を差し出してくる。


『君に私の力を分け与えよう。魔王のではなく、勇者として残っていた力を』


 ミクトランの右手が輝く。


 手の甲に、円環をなす龍の紋章が、浮かび上がった。


『魔王の魂が持つ負の力を、勇者の持つ聖なる力が中和してくれるだろう。ただうまくいく保証はない。けれど……君ならできると思う』


 元勇者は、俺の眼をまっすぐに見て言う。


『アイン。頼む。私が捨てたものたちを、君がすくってくれないか?』


 是非もなかった。

 俺は彼の手を、しっかり握り返す。


 繋いだ手の先から力が流れこんでくる。

 やがて、俺の右手に、勇者の紋章が浮かんだ。


『エキドナ。すまない。色々と迷惑を掛けて』


『……ううん。私こそ、ごめんね、ミクトラン』


 エキドナが嗚咽を漏らす。

 だが彼は微笑んでいた。


『エキドナ。私はもう消える。だから、アインを、世界を、みんなのことを……頼むよ』


 すぅ……とミクトランの体が透けていく。

 彼に残っていた、最後の力を俺に渡したからだろう。


 勇者ミクトランの魂は、完全に消えようとしていた。


『アイン。世界を頼む』


「ああ。任せてくれ」


 彼は微笑むと、輝く粒子となって消えた。

 後には俺だけが残る。


「エキドナ。俺をもとの世界に送ってくれ」


『……わかりました。信じましょう。彼と、彼の信じたあなたを』


 すると、あたりが白く輝き出す。


 エキドナが能力を発動したのだ。


 強く発光すると、俺の体は粒子となって消えるのだった。

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― 新着の感想 ―
[一言] 女神女神言われているけれど神ってもう全員死んだんじゃなかったんだ。 紛らわしいね。 無数の神々がいてその中に今のアイン達がいる世界を作った一部の神々が全滅、それ以外の神は一括りに外なる神で女…
[一言] さすがのアインさんついにミクトランまで言い出したwww エキドナ「さすがですアイン」 ミクトラン「さすがだよアイン」 ウルスラ「コラーッ!お主らわしの知らん所でわしの台詞を勝手にポンポン…
[一言] 結局今回の196話で前話は、エキドナがわざと嘘をついていたんじゃないかっていう淡い期待も無くなりましたね。 これは、『物語』と言えるのか? その都度設定や内容が作者の都合で変わり、それを…
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