195.鑑定士、勇者の過去を知る
2周目のキングを倒した後。
俺は【とある場所】までやってきた。
「ここは……どこだ?」
『あなたたちが【魔界】と呼ぶ場所です。私の魔法で、あなたの意識だけを魔界へと転送しました』
「意識だけ飛ばすなんて、そんな器用なこともできるだな、おまえ」
世界樹姉妹の長女だもんな。
それくらいはできるか。
「というか、今体ってどうなっているんだ? ほっとくとキングがまた来るんじゃ?」
『時間を止めているのでご安心を』
俺の意識は、魔界の荒野を、エキドナ主導のもと歩く。
「魔界ってこんな荒れ果ててるんだな」
日の光は届かず、地面にはカサカサと栄養のない土が広がっている。
木々は生えているのだが、よく見ると植物ではなく、植物型のモンスターだった。
『かつては緑あふれる土地だったのです。しかし世界樹が枯れてしまったことで、ここまで荒廃してしまったのです』
「……世界樹って、おまえがってことだろ? なんで枯れたんだよ」
『単純な話です。世界樹を独占しようとするため、争いが起きたのです』
世界樹。
魔力を無限に生み出す、不思議な大樹。
『この世界は魔法によって発展してきました。魔法の源である魔力。それを無限に作り出す樹は、貴重な資源です。魔力は石油、世界樹は油田。それを独占しようと考えるものが出てきても不思議ではないのです』
ちょいちょい謎ワードが出てくるが、話の腰を折ってはいけないと黙る。
『世界樹は、世界を豊かにするために女神が作りました。そしてその世界樹を守護するために守り手が選ばれました』
「アンリが?」
『いいえ、最初はアンリの祖母が初代の守り手でした。彼女は優秀な魔術師で、彼女の張った結界のおかげで、人々は私に近づけなかったのです』
俺たちは、見晴らしの良い丘までやってきた。
魔界には日の光がほとんど届いていない。
魔法の光によって、薄ぼんやりとあたりを照らすことで、なんとか明るさを保っている。
俺は丘を降りて、魔界の大地を進んでいく。
『そんななか私はミクトランと出会いました』
「いや、結界で人が入れないんだろ? どうやって出会うんだよ」
『ミクトランはこの世界でただ一人の【無職者】だったのです』
「むしょくしゃ?」
『彼は職業を持っていなかったのです』
……そんな人間がいるなんて。
俺でさえ【鑑定士】っていう職業があったのに。
「それじゃ……ミクトランはかなり、酷い人生を送っていたんじゃないか?」
『ええ。周りから迫害され、馬鹿にされ続けていました。……それでも、彼はとてつもなく優しい人でした』
エキドナの声音は、どこか嬉しそうだ。
『彼は世界樹のすぐ近くにある村に住んでいました。昼寝にちょうど良い木陰だといって、いつも世界樹の根元までやってきていました」
「昼寝って……だいぶ抜けてるんだな。って、結界が張っていたんじゃなかったのか?」
『職業を持たない彼は、脅威と見なされず、結界をスルーできていたのです』
まあこの世界の人間は全員が職業持ちだからな。
人間=職業持ちといっても過言ではない。
そこにおいて職業のない人間は……もはや人間と見なされていなかったのかもしれない。
『結界内に無遠慮で入ってくる彼のことを、最初は警戒していました。けどだんだんと彼の人となりを理解し、警戒するのも馬鹿らしくなってきました』
「ミクトランの前に姿を現していたのか、おまえ?」
『……ええ。アンリの祖母には反対されたのですが……それでも……』
まあ、気持ちはわからなくもない。
さみしかったのだろう。
誰とも会話できず、ふれあえず、長い間孤独だったのだ。
人に飢えていたのだろう。
『彼とふれあううちに、私は彼のことが好きなっていきました。……もっとも、彼が私の好意に気づくまでには、かなり時間がかかったのですが』
そういえば夢のなかで、そんなことを言ってたな。
『彼のことが好きで、でも告白できない日々が続いていました。そして……ある日事件が起きます。アンリの祖母が死んだのです』
「死んだら、結界はどうなるんだ? アンリがいたから大丈夫だったのか?」
『……いいえ。アンリは祖母と比べて、魔法の才能に恵まれていませんでした。結界を張ることはおろか、通常の魔法すらまともに扱えませんでした』
「それじゃあ、守り手として不適格だろ」
『ええ。……そこで、ミクトランが言ったのです。自分が、私を守るって』
俺たちは魔王城まで到着する。
その途中なんどか魔族とすれ違った。
しかし時の止まったこの世界では、俺に気づくことすらできない。
「ミクトラン以外の人を守り手にするって選択肢もあっただろ? なんで無職者を選んだんだ?」
『……彼以外に、私の身を任せたくなかったのです』
考えてみれば当然か。
他の人間たちは世界樹を利用しようとする奴らばかりだったみたいだしな。
「けど無職者じゃおまえを守れないだろ」
『ええ。ですので……私は彼と契約を結びました。私の精霊としての力を、彼に分け与えたのです。それが【聖剣】です』
俺たちは魔王城に侵入する。
『聖剣を手にした彼は、世界樹を狙ってやってくる魔物や魔族、悪しき心を持つ人間などを全て返り討ちにしていきました』
「聖剣を持っただけで、そんなに強くなれるのか?」
『ええ。彼は職業がないからこそ、他の誰よりも努力する人でした。長い時間を努力に費やし、頭をひねって、聖剣の性能を存分に生かし……やがて努力だけで最強の剣士へと至ったのです』
聖剣には、倒した相手の魔力や闘気を吸収する機能はついている。
だがそれだけだ。
俺のように神眼を持っていたわけじゃない。
それなのに最強になれるとは……。
『彼は世界樹に向かってくる敵を倒し続けました。やがてモンスターも魔族も、彼に勝てないと諦めました。悪しき人たちも世界樹の守り手の前では無力であると悟り、いつしか私は平穏を手にしていました』
「……どこかで、聞いたような話だな」
エキドナは続ける。
『そしてその頃になると、ミクトランは【勇者】と呼ばれるようになりました』
「どうしてだ?」
『彼は世界樹によって来る魔物たちだけでなく、無辜の民を襲うモンスターたちも倒して回ったのです』
世界樹の防衛のみならず、人を襲うモンスターすらも倒していったのか。
「すげえな、そいつ」
『ええ、素晴らしい人でした。たとえ自分をかつて虐げてきた人たちですら、ミクトランは魔の手から救っていたのです』
ミクトランは、立派な男だったようだ。
「やがて魔の物たちは、人前に一切現れなくなりました。世界は平和となり、人々はミクトランに感謝の念とともに、こう呼び名をつけました。【平和の象徴】と」
俺たちは魔王城の地下へと進んでいく。
やがて、俺は地下深くまでやってきた。
そこには、黒い世界樹が立っていた。
『人々は世界が平和になったことを喜びました。……ですが、数年経ったある日です。人々が、世界樹をめぐって、人間同士で争うようになったのです』
「そんな……どうしてだよ?」
『今でもその理由はわかりません。ただ、先ほども言いましたが、私という資源を独占したいと思う気持ちは抑えられる物じゃありません。何かの【きっかけ】で、それが爆発したんです』
それからは人間同士での醜い争いが続いたようだ。
『その現状を憂い、ミクトランは戦争を止めようと仲介に入りました。……しかし誰一人として、彼の言うことを聞きませんでした。世界樹が欲しいと。まるで、何かにとりつかれたかのように』
その後ミクトランは、自分の力を使って、彼らの戦争を鎮めようと尽力したそうだ。
『ミクトランは最強の剣士です。彼がいれば確かに争いは止まりました。……しかし戦争は止まりませんでした。激化の一途を辿るばかりでした。……それどころか、ミクトランを非難するものすら現れたのです。世界樹を手に入れる邪魔をするなと』
彼はそれでも、人々の平和のため、そして何より、世界樹エキドナを守るために、人々の戦争を止めて回ったそうだ。
『彼は徐々にやつれていきました。止まらない戦争と憎しみの連鎖に、精神をやんでいました。……戦争のせいで、私と過ごす時間も、どんどんと減っていきました……』
そして、ある日のこと。
『ミクトランが他の戦争を鎮めている間……世界樹は人間の手によって、切り倒されてしまったのです』
「それって、死んだってことか?」
エキドナは静かに肯定する。
『私が死んだことで、ミクトランは深い絶望と怒りに支配されることになりました。そして人間たちを殺しだしたのです』
守る対象だった人間たちが、憎むべき対象になってしまったのだ。
『人々は気づきました。世界は勇者がいるから平和になった。しかしモンスターも魔族の居ない世界において、今最も危険な人物が、他でもない勇者であると』
気づいたときにはもう遅かった。
憎悪に支配されたミクトランは、人々を襲い続けたという。
『人間たちは神に祈りを捧げました。そしてついに神々はミクトランを滅ぼそうと動き出したのです。……ですがミクトランの強さは神を凌駕していました。神ですら、叛逆の勇者となった彼には敵わない』
「もう世界はおしまいじゃないか?」
『ええ。……ですが主神ゼウスは、ミクトランの封印に成功したことで、なんとか人間たちは滅ぼされずにすみました』
ですが……とエキドナは続ける。
『世界樹を切り倒したことと、そしてミクトランが暴れ回ったせいで世界は荒廃してしまいました。そこで神は総力を決して、別の次元に、新しい世界を創り、そこに人間たちを転移させたのです。それが……あなたたちが今住んでいる世界』
「……じゃあ、魔界は、俺たち人間が元々住んでいた世界だっていうのか?」
『ええ。そして長い年月が経ち、今に至るわけです。……これが勇者が魔王となり、封印されるまでの物語です』