193.鑑定士、強くてニューゲームする
謎の声が聞こえてきてから、数分後。
俺はゾイド、ジョリーンとともに、ダンジョン内部を進んでいた。
「もしかして……あんた、エキドナか?」
俺は歩きながら彼女に呼びかける。
魔王ではなく、ユーリたちの長女のことだ。
エキドナの姿は見えない。
ただ、声だけがする。
『そのとおりです、アイン。よくわかりましたね。さすがあの子たちの守り手』
「いやまぁ……。というか、過去の世界ってどういうことだ?」
『言葉通りです。私の能力は【時空王の神眼】。ようするに時間操作です』
「つまり……エキドナの力で、時間を元に戻したことか?」
『ええ。もっとも、意識のみを過去に戻すタイムリープですが』
ユーリたち同様、またよくわからない単語を使ってきたな。
「肉体は過去に戻ったわけじゃないんだな?」
『そのとおりです。理解が早くて助かります』
つまり魔王に精神を支配されていた俺の魂だけが、過去の世界へとやってきたわけだ。
「状況はわかった。けど……なんでそんなことをしたんだ……?」
と、そのときである。
「おっ。ラッキー。地獄犬の死骸があるぜ~」
剣士ゾイドが、しゃがみ込んで言う。
「あれ? この展開って……」
ゾイドたちに同行する俺。
道中、地獄犬の死骸。
……俺はこの状況に、非常に既視感があった。
『あって当然です。ここは過去の世界。つまりあなたが一度経験したことのある時間軸なのですから』
「ということは、この後の展開は……」
「おい何ぼさっと突っ立ってるんだボケ! さっさと死体からアイテムを回収しやがれ!」
ゾイドが俺に近づいて、殴り飛ばそうとする。
……殴ろうと、してるのか?
こんなにゆっくり?
パシッ……!
「あ……?」
「え? 遅……」
殴ろうとするゾイドの手を、俺は余裕で受け止めた。
「は、離せよ!」
「え、ああ……すまん」
俺はゾイドの手を離す。
「アイテムの回収だったな」
俺はしゃがみ込んで、地獄犬を鑑定するふりをしながら、俺は自分の体を鑑定する。
ステータスやコピーした能力は、軒並みなかった。
ただ魔力、そして闘気量はそのままである。
「……どうなってるんだ?」
『魔力や闘気は持ち主の肉体ではなく、精神に付随しているものですからね」
なるほど。
確かに今の俺の肉体だけは、ユーリたちとで会う前のものだ。
だが莫大な量の魔力、そして神の闘気は精神(意識)にくっついているものなので、タイムリープする前の状態ということか。
『それにあなたは魔族や神、四天王といった強敵と戦った経験がある。彼らと比べれば、あんな剣士の攻撃など止まって見えるでしょう。……たとえ神眼がなくとも』
エキドナの解説はもっともだ。
……しかし俺は違和感を感じた。
なにゆえ、エキドナはこんなに丁寧に、俺の現状を説明してくれるのだろうかと。
「おいアイテム回収できたのかよ? ちんたらしてんじゃねえゴミカス」
ゾイドから殺気を感じた。
俺は体をずらす。
スカッ……!
「なんだ、蹴りをいれようとしてたのか」
「て、てめえ……なにしやがった。う、後ろに眼でもついてるのか……?」
目をむくゾイドに、俺は心のなかでため息をつく。
……なんて、弱いんだ。
神などの攻撃は、視認してから回避では攻撃が当たってしまう。
だから戦うときは相手の魔力や闘気のゆらぎを感じ取り、相手の動きを先読みする。
もはや無意識でやっていた技術だ。
「アイテムは回収したぞ。早めに戻ろう」
そう、この後どうなるのか。
俺は一度経験したことなので、わかっているから。
「バカヤロウ。もっとほかにも地獄犬の死体が転がってるかもしれねえだろ。回収しに行くぞ」
「いや、それはやめておけ」
「なんでだよ!」
俺は前方を見やる。
敵の気配を感じた。その数は10。
「敵が来るからだ」
すっ……と俺は前を指さす。
「なっ!? へ、地獄犬の群れだと!?」
巨大な黒い犬の群れが、俺たちめがけて走ってきた。
「おいおいなんだよ聞いてねえぞこんなにいるなんて!!!」
ゾイドは予想外のことに驚いていた。
俺にとっては二度目なので、動じない。
「に、逃げるぞ! 10匹なんて相手してたらおれたちの命が危ない!」
「けど! どうやって!」
ジョリーンが叫ぶ。
にやり……とゾイドが邪悪に笑う。
「ジョリーン。麻痺の魔法を……アインにかけろ」
「はぁ……」
どうして同じ歴史を辿るのだろうか。
『歴史とはそういうものです。条件が同じならば、同じ方向へと収束されていくのです』
「収束する歴史……ね」
「【麻痺】!」
そうこうしてる間に、予想通りジョリーンが、俺に麻痺の魔法をかけてくる。
「おら犬っころどもぉおおおおおおお! メシがここにいるぞぉおおおおおお!」
麻痺で動けないと思っているゾイドが、声を張り上げる。
「わりぃなアイン! 死んでくれ!」
だっ……! とゾイドが駆け出す。
背中を向けて走り出したところを、俺は素早く、彼の腰から剣を奪う。
彼からしたら、目にもとまらぬ早さだったのだろう。
ゾイドは、自分が武器をなくしたことに気づくことなく、また俺が無事であることにも気づかずに、逃げていった。
『なるほど、魔力で体を覆い、麻痺の魔法を打ち消したのですね。さすがですねアイン』
魔力には身体能力を強化する性質がある。
それを使って、魔法抵抗力を向上させたのだ。
ジョリーン程度の麻痺の魔法なんて、俺には効かないのである。
「アオォオオオオオオオオオオン!」
先頭を走っていた地獄犬の一匹が、俺めがけて走ってくる。
だが……遅い。
神や四天王たちと比べたら、圧倒的な遅さだ。
俺は魔力で身体能力を向上させる。
目の前までやってきた地獄犬めがけて、剣を振るった。
ズバンッ……!
「ぎゃっ……!」
地獄犬は俺の一撃を受けて、肉体を残さず消し飛んだ。
「弱い……鬼神化も禁術も、闘気すら使ってないのに倒せるなんて……」
『今のあなたは、神眼はなくとも、魔力量や過去の戦闘経験がある。タイムリープする以前とほぼ変わらない戦闘能力を備えているのですよ』
「なるほどな……。ただ一つ加えるなら武器もない。今のでもうボロボロだ」
『この安物の剣では、あなたの腕の振りに耐えきれなかったのでしょう』
「手加減したつもりだったんだがな」
残りの地獄犬たちが、俺の元へ殺到する。
俺の手足を、地獄犬たちがかみつく。
「それで攻撃してるつもりか?」
だが俺は体を魔力でガードしている状態だ。
地獄犬の攻撃なんて、微塵も通じない。
俺は魔力を体から放出する。
「ぎゃ……!」
魔力を受けた地獄犬たちは、その勢いで吹き飛ばされていく。
そして壁に激突する前に、体は塵となって消えた。
『莫大な量の魔力に体を削られて死んだのですね。さすがですアイン』