192.鑑定士、魔王になる
……ドサッ!
叙勲式の最中。
王から勲章をもらった後、俺はその場にうつ伏せに倒れた。
「なっ!? ど、どうしたのかねアイン君!」
王が慌てて俺に近づく。
「来るな! ぐっ……! ぐあぁあああああああ!」
そのときだ。
俺の体から突如として、黒い靄が湧き上がったのだ。
靄は俺の全身を覆っていく。
体の自由が奪われる。
ドガァアアアアアアアアアアアアン!
「今度はなんだ!?」
「天井に穴が!」
「何か降りてくるぞ!」
目だけでそれをやる。
【アインぅうううううううううう!】
5メートルほどの、異形な怪人だった。
蔦や枝が幾重にも重なり、人の形を取っている。
頭部に着いている顔に、俺は見覚えがあった。
「……イオアナ、てめえ」
【久しぶりじゃないかアインぅううう!】
……あいつ最近見ないと思っていたら、また妙な姿でかえって来やがって。
「皆様、ごきげんよう」
イオアナの肩に、こちらも見知った顔のダークエルフがいた。
「魔王だ!」「どうして!?」「魔王はアイン様が倒したはずなのに!」
エキドナが微笑みながら、イオアナの肩から降りる。
「ウルスラ……転移でみんなを避難させろ!」
『し、しかし……』
「いいから! すぐやれ!」
ウルスラが魔法を発動させる。
王様を含めたその場の全員が、別の場所へと転移する。
「……てめえ、どうして生きてる?」
俺はエキドナをにらんで言う。
「魔核があれば再生できる。忘れたのかしら?」
霊装の力を使えば、魔核ごと倒すことができるはず。
だが何かしらの魔法かスキルでも使って、魔核を保護していたのか。
「なにしに……来やがった……」
俺はふらつきながら立ち上がる。
「すごいわ。その状態で立ち上がれるなんて。さすがアイン。ミクトランの器だけあるわね」
俺は聖剣を取り出す。
霊装を試みたが、なぜかできなかった。
「アイン。あなたにはミクトランの魂を入れる器となってもらうわ」
「なんで……そんなことを……」
「この地に彼を復活させるためよ。そのために長い時間をかけて、仕込みを行っていたのよ」
うっとりとした表情で、エキドナが語る。
「最強の彼にふさわしい器が必要だった。だから、長い時間をかけあなたという最強の勇者を育てたの」
「今までの……不自然な襲撃は……そういう意図があったのか……」
「あなたが平和の象徴として認められ、こうして王都に大勢の人が集まることタイミングで、【術】が発動するようにあらかじめ仕込んでおいたのよ」
「術……だと……?」
「休眠状態のミクトランの魂を、あなたの中に仕込んでおいた。呪術で活性化させたことで、彼の魂が肉体を乗っ取ろうとしている。だから体の自由がきかないのよ」
エキドナが一歩一歩、俺に近づいてくる。
「もっとも今その状態で自我を保ててることには驚いているわ。通常の精神ではあっという間に乗っ取られている。さすが自力で勇者になっただけはあるわ」
俺はその場に膝をつく。
体が勝手に動き出そうとする。
『そうはさせません!』
パァ……! と俺の左目が光り輝く。
精霊8姉妹たちが、俺を守るように立ち塞がる。
「あら、久しぶりね。私の可愛い妹たち」
「ふざけないで! あなたは姉さまじゃない!」
ユーリが声を荒らげる。
「アイン様に……手を上げるなんて。【死になさい】」
テレジアが【誓約の邪眼】を、エキドナに使用する。
だがエキドナは平然としていた。
「霊装で強化されていない邪眼が、私に通じるとでも?」
「そんな……」
ユーリたちは個々人に、戦闘力はほぼない。
今、ここにいると危ない。
「みんな……逃げろ。俺のことは……いい……」
「そんな! できません!」
ユーリと、そしてアリスが俺に抱きつく。
「アインさんをおいていけません!」
「……アイン君をおいてくくらいなら、私たちも一緒に」
ほかの妹たちも同意見らしく、動こうとしない。
「クルシュ……俺を殺せ。今ならミクトランごとやれる」
クルシュの虚無なら、霊装をまとってない素の俺を殺すことも可能だろう。
「ばかだね……アイちゃん。そんなことできないよ」
クルシュが静かに首を振る。
「恩人である君を殺すことなんて、できないさ」
ぐっ……とクルシュが唇をかみしめる。
「慕われているわね、アイン。けどそうこうしている間に、あなたの体の自由はどんどんと奪われていっているわ」
立っているのも辛いくらいだ。
だが俺はふらつく体を無理矢理立たせ、エキドナめがけて走る。
「なっ!?」
エキドナが驚愕に目を見開く。
聖剣を振りかぶり、彼女に斬りかかる。
エキドナは軽くそれを避ける、距離を取った。
「……お、驚いた。まさか、まだ意識を保っているなんて。……さすがにおかしいわ、どうして?」
エキドナは軽く首を振る。
「ま、まあ良いわ。もう私たちの勝利は掴んだも同然だもの」
と、そのときだ。
『いいえ、それは違うわ、【アンリ】』
……どこからか、鈴の音をならしたような、美しい女性の声がした。
「なっ!? ば、ばかな……この声は……!」
エキドナが動揺する。
その声の主は、目の前の魔王を【アンリ】と読んだ。
その名前を知っている人物は、一人しか居ない。
パァアアアアアアアア!
「! ねえさまの精霊核が!」
ユーリが持っていた、白い精霊核が輝き出す。
光は俺を包み込んでいく。
「アインさんが消えてく!」
「私の、邪魔をするなぁ! やれ! イオアナぁ!」
イオアナはその巨大な腕を俺に振り下ろす。
だが俺の体はどんどんと透明になっていく。
やがて……一際強く光り輝くと、俺の意識は遠のいた。
☆
「……おい! 起きろ!」
……誰かが、俺を呼んでいる?
「おいったら! 何ボサってしてるんだ! さっさと起きやがれ!」
「う、うう……ここは……?」
俺は目を開け、周囲を見渡す。
「洞窟……いや、ダンジョンのなか……か?」
むき出しの岩肌。
奥へと続く通路。
それは、記憶のなかのダンジョンの構造に酷似していた。
「どうしてダンジョンのなかに……というか、体の自由が効くだと……? どうなってるんだ……?」
と、そのときだった。
「なに訳わからねえことブツブツいってやがるんだよ! 【下級職】のくせに!」
俺を下級職と呼ぶそいつに、俺は見覚えがあった。
「ぞ、【ゾイド】……?」
そう……そこにいたのは、かつてのパーティメンバー、ゾイドだった。
「てめえアイン。呼び捨てにするんじゃあねえぜ!」
「そうよ、お情けでパーティに入れてもらっているくせに。さんくらいつけなさい」
「ジョリーンまで……」
確かジョリーンは、ゾイドと分かれたって聞いた。
なのに二人がなぜ一緒に行動している?
『ここが過去の世界だからですよ、アイン・レーシック』