191.鑑定士、平和の象徴となる
エキドナを討伐してから、一ヶ月が経過した。
この日、俺は王様に城へ来るよう言われていた。
「アイン、さん。おめかしして、どこ……ゆくの?」
ジャスパーの屋敷、その玄関先にて。
ユーリが首をかしげて言う。
「叙勲式に参加するんだ」
「じょくん?」
「王様が勲章くれるんだとさ。魔王を討伐した功績をたたえてだって」
魔王、すなわちエキドナを自称する、あの女のことだ。
ユーリにとって【エキドナ】とは、自分の大好きなお姉ちゃんを指すからな。
「姉ちゃんの様子はどうだ?」
「まだ、寝てます。うんとも、すんとも」
ユーリが胸の前で手でお椀を作る。
するとユーリの胸の奥から、白く輝く精霊核が出現した。
これはユーリの姉【長女エキドナ】の精霊核である。
「……ねえさま、死んじゃったのかな」
「大丈夫だって。魔王と戦う前、ウルスラが言ってたろ? 精霊核があればエキドナは復活するって」
俺はユーリの金髪をなでる。
「しばらくすれば、またお姉ちゃんに会えるさ。いつ起きるかわからないんだ。そんな悲しい顔してたら、起きた姉ちゃんが心配するぞ?」
「……うんっ♡」
ユーリが俺に笑顔を向ける。
良かった。やはりこの子は笑っている顔が一番似合う。
「ところ、で。アイン、さん。お返事……は?」
「うっ……」
返事、つまり、前にユーリからされた愛の告白への返答のことだろう。
「わたし、わくわく、お返事、わくわく!」
「ま、まだ早い。ちゃんとおまえがエキドナと再会できてからな」
まだ心の整理がついていないのだ。
「へたれ、です」
ユーリがむくれていた、そのときだ。
「やぁ坊や。待たせてすまない」
「ジャスパー。すまんな、付き合わせて」
赤髪の大商人が、俺の元へとやってくる。
いつもは彼女の付き添いで王都へ行くが、今日は違う。
「俺に付き添ってもらって、すまん」
「気にするな。勇者の従者として招かれたんだ。こんな名誉はないよ」
馬車の手配やら、本番での立ち振る舞の練習など、ジャスパーに手伝ってもらったのだ。
「さぁ。いきま、しょー!」
ユーリが俺の左目に収まる。
……ズキンッ!
「……ぐっ」
俺はその場にうずくまる。
「だ、大丈夫かい?」
「問題ない。ちょっと本番前で緊張してるんだ……」
俺は立ち上がって首を振る。
「最近よく立ちくらみが多いね。一度医者に診てもらった方がいいと思うよ」
「たいしたことないって。ほら、いこうぜ」
俺はジャスパーとともに、屋敷を出る。
ワァアアアアアアアアアアアアアア!
大歓声があちこちから上がる。
「勇者様だぁ!」「勇者様が出てきたぞぉ!」
ジャスパーの屋敷の外に、たくさんの人たちがいた。
人間だけでなく獣人、エルフ、ドワーフ。
種族のバラバラな彼らがみな、俺に笑顔を向け、手を振っている。
「まだ叙勲式がはじまってないのに。さすが坊や、大人気だね」
ジャスパーが微笑むと、俺の腕をぎゅっと掴む。
その大きくふくよかな乳房の中に腕がはさまり、気持ちが良かった。
「さぁいこう。新たな英雄のお披露目にね」
「……ああ」
俺は胸を押さえる。
妙に、胸が苦しかった。
だが緊張で胸が痛いと偽って、俺はジャスパーの後ろをついていく。
彼女の用意した馬車に乗り込むが、しかしなかなか出発しない。
「すまない、人が集まりすぎて、交通整理に手間取っているようだよ」
『さすがじゃアイン。こんなに多くの人たちから好かれるとは』
ややあって、ようやく馬車が出発する。
「アイン様ぁ!」「こっちみてー!」「すてきー!」
ジャスパーの家の前には、長蛇の列がどこまでも伸びている。
「これ、王城までずっと続いてる……なんてことはないよな?」
「そのまさかだよ。というか王都の外まで人でごった返しているよ。みんな君に会いに来てるんだね」
ガラガラ……と馬車が進んでいく。
「アイン様ばんざぁい!」
「救国の勇者様、ばんざぁい!」
外の大歓声で馬車が揺れていた。
「さすが【平和の象徴】。大人気だね」
「平和の象徴って……いつ聞いても大げさなあだなだな」
「大げさなものか。君は知らないだろうけど、君が魔王を倒したことで、本当に世界は平和になったんだ」
ジャスパーは大きな商業ギルドのギルドマスターだ。
世界の情勢に詳しいのである。
「君のおかげでモンスターはすべて消えた。魔族が襲ってくることもない。悪人たちも君という大英雄がいるおかげで、犯罪に手を出さなくなった。これが平和の象徴でなくてなんだというんだい?」
あまり外に出ない俺には、実感のないことだった。
だが大商人の彼女が言うんだ。
本当に、世界は平和になってくれたのだろう。
ーー本当に、そうか?
「…………」
「どうしたんだい、浮かない顔をして」
「いや……ちょっと気がかりなことがあってな」
「魔王のことかい? 君に言われてあの後も調査しているが、彼女はどこにも見当たらないよ」
「そう……か……」
「もう大丈夫じゃないかい? あの魔王は完全に消滅した。これは絶対だ。私が保証しよう」
とはいえ、やはり気がかりではある。
魔王は最後、自ら命を、俺に差し出すように見えた。
不自然なのはそれだけない。
やつはわざと各地に出現し、そして【自分が魔王ですべての黒幕だ】と言って回っていたという。
……不自然な点が多すぎる。
……ズキンッ。
「また立ちくらみかい?」
「大丈夫だ。問題ない……」
「城に着くまで少し寝ると良い」
俺は馬車に揺られながら、目を閉じる。
ややあって。
馬車は王城に到着した。
騎士に護衛されながら、俺は城の中を歩いて行く。
俺は国王の居る、謁見の間までやってきた。
「おめでとう、アイン・レーシック!」
「ありがとう、我らが救世主よ!」
城には各国の重鎮たちが集結していた。
みな拍手して、俺を笑顔で迎えてくれる。
気恥ずかしさを感じながら、俺は赤い絨毯の上を歩く。
……ぐらっ。
とふらつく俺を、隣を歩くジャスパーがこっそりと支えてくれた。
「……後で医者を呼んでおこう。今は頑張ってくれ」
俺はうなずいて、国王の前で跪く。
国王ジョルノは、俺に長々と、格式張った感謝の意を伝える。
俺は事前の練習通り、つつがなく式典をこなしていった。
「では、勲章を授与する」
俺は立ち上がり、国王に近づいて立つ。
国王は宰相から勲章を受け取ると、俺の胸につける。
「やはりわしの見込んだとおりだったな」
国王がこっそりと、楽しそうにウインクする。
「おぬしは英雄になる運命だったのだ」
国王は俺から離れると、声を張り上げる。
「みな! 新しく誕生した、平和の象徴アイン・レーシックに喝采を!」
ワァアアアアアアアアアアアアアア!
万雷の拍手と鳴り止まない歓声を聞きながら、俺は達成感を覚えたのだった。