190.鑑定士、エキドナと戦う
俺がアザトースを倒した、その日の夜。
ついにエキドナが、俺の前に現れた。
「こんばんは、アイン。最後を飾るには、いい夜ね」
美貌のダークエルフが、俺を見て微笑む。
「いい加減、決着をつけよう」
俺の体から、凄まじい量の闘気が漏れる。
「さすがね。魔王四天王を全員取り込んだことで、私と初めて出会ったときとは、比べものにならないくらい成長しているわ」
依然として余裕を崩さないエキドナに、俺は警戒心を高める。
「さぁ、アイン。始めましょう」
エキドナは両手を開く。
右手に炎、左手に雷を出現させる。
両手を頭上で合わせ、そしてそれを俺に向かって……ではない。
なんとエキドナは、魔法を俺ではなくわざわざ、街へめがけてはなったのだ。
ドガァアアアアアアン!
「まあすごいわ。あの一瞬で街に結界を張ったのね」
魔法の威力は大したことは無かったので、防ぐことができた。
「では、これならどうかしら?」
エキドナが手を持ち上げる。
パチンッ……!
指を鳴らした瞬間、エキドナの姿が、完全に消えた。
『アインよ。エキドナは【時間停止】をはじめとした、様々な能力を持つ。世界樹最強の精霊じゃ。十分に気をつけよ』
時間を止めたことで、エキドナは瞬間移動したように見えたのだ。
「どこへいった……?」
『……アイン君! 獣人国に姉さま……いや、エキドナがいるわ!』
俺は特級魔族ウーノからコピーした【転移】能力で、獣人国へと急いで向かう。
「あら、早かったわねアイン」
町中にたつエキドナが、俺を見て微笑む。
獣人国には、火の手が上がっていた。
「うわぁああああああ!」
「た、助けてぇえええええええ!」
獣人たちが悲鳴を上げながら、逃げ惑っている。
『……ごめんさいアイン君。未来予知が防がれたわ』
『エキドナは【阻害】の能力を使えるようじゃ。千里眼が正常に作動しなかったのじゃろう』
時間停止に加えて、未来視までも通じないとは。
「さぁ、どうするの?」
エキドナが手刀を作り、軽く手を振る。
ザシュッ……!
近くの建物が、エキドナの手刀により切断。
燃えさかる瓦礫となって、地上にいた獣人たちに降り注ぐ。
「クルシュ、いくぞ」
俺は【虚無の邪眼】を発動。
炎と瓦礫のことごとくを、消し飛ばす。
「人間だけを避けて虚無を発動させたのね。なんて繊細な能力操作なのかしら。さすがよアイン」
俺はエキドナの間合いに一瞬で入り込む。
聖剣の一撃を、エキドナの胴体めがけてたたき込んだ。
ズバンッ……!
『空振りじゃ! やつめ、当たる寸前に時間停止を使いおった!』
『……アイン君。エキドナは、今度はドワーフ国へ逃げたようよ』
やつは、また別の国に転移したようだ。
俺は復元能力で壊れた街を直し、ユーリの治癒能力を霊装で強化し、けが人を全員治した。
「ありがとう! アイン様!」
「がんばって! 魔王を倒して!」
獣人たちが俺に期待のまなざしを向ける。
俺はうなずいて、すぐにドワーフ国へと向かった。
そこでも同様に、エキドナがドワーフ国に火を放っていた。
『……アイン君。またエキドナは逃亡したわ。今度はエルフ国』
俺は獣人国でそうやったように、修復と治癒を施して、エルフ国へと急行した。
今度は到着したが、エキドナの姿は見えなかった。
『ここもエキドナの襲撃を受けたみたいじゃ』
『……アイン君。エキドナは最初の地点、つまり王都へ帰ったわ』
エルフ国の大地をやいたエキドナは、そのまま帰ったそうだ。
行動が、意味不明すぎる。
「ユーリ。メイ。力を貸してくれ」
俺は大地に治癒の力を流し、傷ついたエルフ国を直す。
と、同時に、俺は【攻撃】を行う。
王都へと転移する。
すっかり街の人たちは避難していた。
街の中央に、エキドナが居る。
ただし、彼女の体には樹木がまとわりついていた。
「メイの【創樹】で大地を直すふりをしつつ、遠く離れた場所にいる私を捕縛した訳ね。そう対応してきたということは、私が【千里眼】を使っていることもお見通しってことね」
「ああ。おまえ、自分以外の能力を、限定的にだが使えるんだろ?」
精霊たちは、みな固有の能力を持っていた。
だが例外なく持っている能力は1つだけだ。
だというのに、エキドナだけが複数持っているのはおかしい。
となれば、エキドナの能力は、他人能力を借り受ける能力と考えるのが妥当だった。
「見事よ、アイン。素晴らしい洞察力だわ」
パチンッ……! とエキドナが指を鳴らす。
一瞬にして樹木から脱出する。
俺は振り向きざまに、聖剣を振るった。
ザシュッ……!
「くっ……!」
エキドナは肩に攻撃を受けて、その場にうずくまる。
「なるほど……ついに達したのね。【八重霊装】に」
現在、俺が力を借りている精霊、全員を霊装に纏っていた。
「霊装で身体能力を極限まで強化し、音も光も……時の流れすらも超越したスピードで動くことで、時間の止まった世界のなかで動けた……ということね」
血を流すエキドナが、怪しく笑う。
「ああ……素晴らしい……最高よ……アイン……」
必殺の時間停止を封じられたというのに、なおもエキドナは笑っていた。
「決着を、つけるぞ」
「そうね。かかってきなさい」
エキドナが指をならそうとする。
やつの能力の弱点は、能力の発動タイミングがわかりやすいということだ。
時間が停止する前に、俺は超加速し、時の流れを超えた速さで動く。
時間が、停止する。
止まった世界のなか、俺とエキドナはだっ……! と駆け出す。
ガキンッ!
やつの手刀と、俺の聖剣とがぶつかり合う。
よく見ればエキドナの指先、爪は伸び、刃のようにとがっていた。
ガキンッ!
キンッ!
キンキンキンキンキンッ!
剣と爪とがぶつかり合う。
だが俺の攻撃がやつを凌駕している。
剣戟を打ち鳴らすたび、エキドナの体からは血が吹き出た。
キンッ……!
パキッ……!
聖剣に耐えきれず、ついにエキドナの爪が割れる。
「いいわ! 来て! 私を殺して!」
がら空きになった胴に、俺は一撃をたたき込む。
ズバァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアン!
聖剣の放つ極光に飲まれ、エキドナは死亡。
あとには、真っ白な精霊核だけが残された。
ワァアアアアアアアアアアアアアア!
振り返ると、避難していた国民たちが、歓声を上げていた。
「アイン様が魔王をお倒しになったぞ!」
「ありがとう! 【勇者】様!」
俺が……勇者だって?
『おぬしは魔王を倒したのじゃ。勇者にふさわしい男ということじゃろう! さすがじゃアインよ!』
「「「ありがとう、勇者様ぁああああああ!」」」
大歓声のなか、しかし俺は、素直に喜べなかった。
……果たして、本当にエキドナは倒れたのだろうか。