188.四天王、鑑定士になすすべなく敗北
鑑定士アインが、ユーリから愛の告白を受けた数日後。
四天王最後の一人が、ついに動き出した。
そいつは【アザトース】といった。
ヨグ=トゥースとともに、【星狩り】と呼ばれる、最強無比の神だ。
ヨグもなかなかだが、アザトースは格の違う強さを持つ。
なにせアザトースの姿を見ただけで、あらゆる生物は恐怖し、発狂して死ぬのだ。
これは決して、能力のせいではない。
かの神を見ただけで、人は狂い死ぬことが確定する。
アザトースの見た目は、巨大な目玉がいくつもくっついているような外見だ。
だがその目玉は、よく見ると、ひとつひとつに生物の魂が入っている。
この神を見た生物は、死んで魂が抜かれる。
そしてアザトースの体内(目玉)のなかに吸収され、永遠に生かされる。
死ぬことも気を失うこともできず、アザトースによる狂気に陥ったまま、永遠の時を生きる。
生物の命を理不尽に奪い、その魂を恐怖の牢獄に永久に閉じ込めることに……しかしアザトースは何も感じなかった。
アザトースは生まれた瞬間から、自分以上に強い生物は存在しなかったからだ。
あまりにも自分が強大な存在過ぎて、それ以外のものは認識できないのである。
人が、微生物を視認しないように。
巨象が足下の蟻を認識できないように。
無意識にこの神は、認識できないがしかし存在する魂たちを集め、自身のエネルギー源としていた。
……さて。
アザトースは宇宙空間にいた。
この日もいつも通り、目の前の星を喰らおうとした。
「…………?」
アザトースは異変を感じた。
いつもなら、自分のそばについているヨグが先行して、星を蹂躙するはずだ。
アザトースにとって、ヨグは金魚の糞のようなもの。
自分という絶対的な強者のそばにいれば、食べ物に困らない。
だからという理由で、ヨグは自分のそばをうろついているだけの矮小なる存在だった。
だがそのヨグの気配を、感じなかったのだ。
おかしいと思いながらも、しかし腹が減ったので、いつも通りアザトースはその星に近づいた。
アザトースは巨大すぎる体を持つ。
生物たちはアザトースが近づくだけで、発狂し、さらに1歩近づくとみな狂死する。
「…………?」
この日、アザトースは姿を現したというのに、誰一人として狂気に陥っていなかった。
距離が足りなかったのか?
最初はそう思った。
だがいくらアザトースが近づいても、星に住まう生物たちは恐怖を感じていなかった。
それどころか、逆に、自分の最も嫌う【生きる希望】というやつを感じた。
「…………?」
なぜだ? アザトースは困惑した。
自分のような恐ろしい存在を前に、どうして正気を保っていられるのだろうかと。
生物が居ないのかと思ったが、人の気配を感じ取ることができる。
ならばみなアザトースを恐れ、おののき、甘美なる悲鳴を上げながら狂っていくはず。
……いったいなぜ、と思ったそのときだ。
「何を期待してるかわからないが、そんなものは通じないぞ」
アザトースの前に、誰かがいる。
強烈な生命反応を感じた。
よしこいつを狂わせその魂をいただこう。
「J#JLM<$"L"`+#}*#!!!!!!!!!」
アザトースは、目玉同士を震わせる。
この世のものとは思えない叫び声を上げる。
本来なら、声を聞いただけで、体は爆発四散し、死後も消えることない恐怖の感情に支配される……はず。
「でかい声出すなよ、うっとおしいな」
「…………?」
理解が、できなかった。
なぜこの個体は、人間の姿を、そして正気を保っていられるのか?
「それで俺を脅しているのか? この程度で俺は怯えたりしないぞ」
……信じられないことに。
この生き物には、自分を脅威と認識していないようだ。
彼の魂は、アザトースを前に、いっぺんも揺らいでいない。
なんという、美しく、それでいて強固な魂をしているのだろうか。
ますます、アザトースはこの魂を食べたくなった。
……だが、それが間違いだった。
『アインよ。アザトースはようやく能力を使うようじゃ。【ブラックホール】。光さえも吸収する、暗黒の渦を生成する能力じゃ』
アザトースは生まれて初めて、この能力を行使した。
……アザトースには、自分が一度殺されたという記憶が無い。
能力を使う前に、ミクトランによって速攻で撃破されているのだが……それはさておき。
アインの前に、アザトースはブラックホールを生成した。
こんなことせずとも、人を殺しその魂を吸収できる。
だがアインにはこれが通じない。
ならばブラックホールを作り、物理的に吸収するしかない。
作り出した暗黒の渦は、アインの暮らす天体を吸い寄せる。
周囲の小惑星たちは、凄まじい勢いで暗黒の渦に飲み込まれていく。
……しかし。
「そんなもので俺が倒せると思ったのか?」
アインが、霊装を纏う。
彼の体に、6つの精霊が集った。
ゴォオオオオオオオオオオオオオオ!
彼の体から噴出されるプレッシャーに、アザトースは初めて……冷や汗というものをかいた。
アインは聖剣を構えると、ブラックホールめがけて、渾身の一撃をお見舞いする。
ズバァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアン!
黒い渦は、アインの斬撃を受けて……消滅した。
『さすがじゃ、アインよ。ブラックホールを一刀のもとに両断するとは』
理解、不能だった。
いや、確かに言っていることはわかる。
ブラックホールをアインが斬った。
だが……そんなこと、できるわけがない。
この暗黒の渦はどんなものも吸い込むのだ。斬撃だって例外ではない。
『ブラックホールが物体を吸収するより早く、アインが攻撃を当てただけのこと。たいした奴じゃ、アインよ』
……アザトースは理解不能のこの生物を前に、初めて、恐怖というものを感じ取った。
駄目だ。
逃げなければ。
どうして駄目なのか、逃げなくてはいけないのか、わからなかった。
だがこれだけはわかった。
このアインには、勝てないと。
「逃がすと思うか? マオ、いくぞ」
アインの目が、青く輝く。
ボシュッ……!
……一瞬にして、アザトースが所有する生物の魂たちが、全員残らず成仏した。
エネルギー源を失ったアザトースは、死亡。
『強化した浄眼により、魂たちをすべて浄化させたのか。食料を失いやつは死んだわけじゃな。うむ、さすがアインじゃ』
……死んで初めて、アザトースは二つのことを学んだ。
死ぬということの意味。
そして、絶対的な強者が自分でなかったことを。