187.鑑定士、ユーリから告白される
……俺は、夢を見ていた。
『ねぇ、ミクトラン』
『ん? なんだい、エキドナ』
そこはどこかの草原だった。
巨大な樹木、世界樹の下に、一組の男女が座っている。
黒髪の、優しそうな顔つきの青年が、ミクトランだろうか。
その隣に座る、白髪の美しい女性が、エキドナだろう。
……これは、なんだ?
突然のことに俺は困惑する。
ミクトランが生きていたのは、遙か古代だと聞いた。
当然、俺が見聞きした映像ではない。
では何が俺に見せているのか……?
『いつも、ごめんね。あなたばかりに、戦わせてしまって』
エキドナが申し訳なさそうに、隣に座るミクトランに言う。
『あなたはわたしの、本当の守り手ではないのに……』
『気にしなくて良いよ。【あの子】はまだ子供じゃないか。あんな小さな女の子を、戦わせるなんて私にはできないよ』
すると世界樹の背後から、ひょっこりと、小さな女の子が顔を出す。
『うわさをすれば。おいで』
ミクトランは手招きをする。
その小さな女の子は、あわてて顔を引っ込めてしまった。
『やっぱり、私はあの子に嫌われてしまっているようだ。守り手としての役割を取ってしまったからかな?』
するとエキドナは目を丸くすると、くす……と笑う。
『ん? どうしたんだい?』
『ううん、なんでもないわ。あなたってほんと、鈍感なのね』
『え? そんなことないさ』
『そんなことあります。私の好意に気づくまで何年もかかったくせに』
エキドナは唇をとがらせて、そっぽを向く。
ミクトランは近づいて、彼女の手に自分の手を重ねる。
『ごめんよ』
『うん、許します』
二人は微笑むと、口づけをかわす。
……その背後で、さっきの幼女が、じっと二人を見ていた。
ぎゅっ……と幼女が唇をかみしめる。
『……しんじゃえ』
ぽつり、とその子が小さくつぶやいた。
その視線の先にいるのは、幸せそうなミクトランとエキドナだ。
キラキラと輝くばかりに幸せなふたりとは対照的に、その子の眼はどす黒く濁っていた。
『……あんなおんな、しんじゃえばいいのに。そしたら……ミクトランは……私のものなのに……』
☆
「……夢、か」
ヨグ=トゥース討伐から、数時間が経過した。
ジャスパーの屋敷、自分の部屋にて。
俺はむくり、と半身を起こす。
「さっきのって、やっぱりユーリの姉ちゃんとミクトラン、だよな。ふたりは……恋人関係だったのか」
無論夢のなかのできごとが、史実である可能性は低い。
夢の内容なんて嘘みたいなもんだ。
……だが、驚くほどに夢のなかの映像は鮮明だった。
そして、起きてなお、その内容は俺の頭の中にこびりついている。
「夢じゃなくて、過去の記憶を見せられていたのか? ……でも、どうして俺が?」
考えてみても、わからなかった。
「……ちょっと夜風にでもあたるか」
目もさえてしまったので、俺は窓をあけ、外に出る。
飛翔能力で、ジャスパーの屋敷の屋根に座り込む。
「…………」
魔界とつながったというのに、俺たちの住む世界は実に静かなものだった。
モンスターの活動は、ある時を境にぴたりととまった。
魔界から流れ込んでくる魔族もどきもまた、動きを止めている。
ジャスパーから聞いたが、この世界の人々は、普通に生活しているようだ。
と、そのときである。
「アイン、さぁん……」
俺が出てきた窓の方から、ユーリがにゅっと顔を出す。
「ユーリ? どうしたんだ?」
「アインさん、いなくて。気になった、です」
「ちょっと考え事しててな」
「なる、ほど! わたしも……いきます!」
よいしょ、とユーリが窓から体を出そうとする。
「危ないって。転けるかもしれないんだから」
「へいき、です! こけ、ません!」
ガッ!
「あぅん」
ユーリが足を引っかけ、ころころと屋根を下って落ちていく。
「あーほらもう……」
俺は飛翔能力でユーリを回収し、屋根上へと着陸する。
ユーリを下ろそうとしたのだが、ふるふると首を振るった。
「もうちょっと! お姫様抱っこ……おねがいします!」
どうやらこのポーズが、お姫様だっこというらしい。
ユーリは実に嬉しそうに、俺の体にぎゅーっとしがみついた。
彼女は、薄いパジャマ一だけを着ていた。
「ゆ、ユーリさん? 下着は……?」
「? ブラ、は、寝るとき……はずしますけど?」
それがなにか? と首をかしげる。
「いえ、なんでもないっす……」
なるほどだから、体に当たるみずみずしいアレがとんでもなく柔らかいのだな。
ほどなくして満足したユーリを、俺は下ろす。
二人で並び、屋根の上に座る。
「月が綺麗だなぁ」
今日はよく晴れていた。
藍色の空に、黄金の月が浮かんでいる。
「!」
ユーリが顔を真っ赤にして、わたわたと慌てる。
「きゅ、きゅーに……びっくり、しました。けどけど……わたしにも、こ、心の準備がそのぉ~」
「? どうしたんだよ」
「ふぇ?」
きょとん、とユーリが目を点にする。
「こ、告白じゃあ、ないの?」
「何を告白するんだよ? おまえに隠し事なんてないぞ?」
ユーリは何かに気づいたような顔になる。「アインさん、知らないんだ……」とかなんとかつぶやく。
「どうした?」
「なんでもない、ですよっ」
ぷくーっとユーリはほおを膨らませると、そっぽを向く。
「な、なんで怒ってるんだよ……」
「アインさん、乙女心……もてあそんだからです!」
「そんなことしたつもり一切ないんだが……」
困った。ユーリを怒らせてしまった。
ううーん、何か俺してしまっただろうか?
「どうしたら機嫌直してくれる?」
「じゃあ……アインさん。目、つむってください」
俺は言われたとおりにする。
するとユーリの手が、俺のほおを包む。
チュッ……♡
俺の唇に、ユーリの唇が重なる。
「これ、で、ゆるし……ます♡」
まただ。
霊装を最初に身につけたときもそうだった。
ユーリとキスをしてから、俺の体は炎のように熱かった。
「アイン、さん。わたし……ね。最近、気づいたこと、あります」
ニコニコしながら、ユーリが俺に言う。
「わたし……アインさんのこと、好き……です♡」
「あ、ああ……俺も好きだよ」
するとユーリは苦笑しながら、ふるふると首を振る。
「アインさんの好き、人間としての好き。……けど、今の好きは、違います」
ユーリが微笑をたたえながら言う。
「わたし、女の子として、アインさんのこと、大好き……です♡」
俺は、全身が炎であぶられているような感覚に陥った。
これって、愛の告白……だよな。
「返事、は、全部、終わった後で……いいです。今は、大変だから」
「そ、そうか。うん。わかった」
……俺は心を落ち着けて、ユーリに言う。
「この戦いが終わったら、ちゃんと、おまえに返事をするよ」