186.四天王、惑星外からの攻撃も通じず敗北
鑑定士アインによって、ニャルラトホテプが撃破された、翌日。
外なる神の1柱【ヨグ=トゥース】は、アインと抗戦しようとしていた。
「ーーーー」
ヨグは現在、アインたちの住む星の外にいた。
目を閉じ、力をためている。
ヨグは、夢を見ていた。
ヨグ、そしてもう1柱【盲目白痴の神】は、かつて【星狩り】と呼ばれていた。
宇宙を漂い、訪れた星を食らいつくし、また別の星へと食料をもとめ宇宙を漂う。
そんなふうに星を破壊・蹂躙し続けていた。
そんなある日、ヨグともう1柱は出会ったのだ。
霊装を身に纏う、一人の【勇者】に。
聖剣を手にする彼は、ヨグともう1柱に、対話をもとめてきた。
『できれば、立ち去ってくれないかい? 私は、争いごとが嫌いなんだ』
その勇者の言葉に、しかしヨグたちは耳を貸さなかった。
こんな脆弱な存在が、我ら【星狩り】に命令するなどと。
……だがその認識は間違いであったと知る。
穏やかに見えた勇者は、凄まじい強さを持っていた。
彼の剣により、ヨグたちは全身を切り刻まれ死亡した。
……それから何世紀たったろうか。
死んだはずのヨグたちは、復活した。
ダークエルフの手により、かつての勇者の細胞を使って、新しい命を与えられたのだ。
「ーーーー」
ヨグは、目を覚ます。
嫌な夢を見てしまった。
自分が殺される夢は、いつ見ても良い気分にはならない。
ヨグは宇宙空間から、眼下の美しく青い星を見下ろす。
……なんて美しい星だろうか。
喰らえば、さぞ美味であろうと。
「ーーーーー」
自分を殺したあの男の部下となることは、癪だ。
だが今は、何世紀も前に手に入らなかったこの星を、喰らうことができるのだ。
多少は我慢しよう。
「ーーーーー」
ヨグは両手を広げる。
その瞬間、ヨグの体が、何百、何千……いな、無限とも思えるほどの緑の触手が、あふれ出た。
ヨグの能力は、【触手】。
体を触手に変えて、どこまでも伸ばし、自在に操ることができる。
ただそれだけのシンプルな能力だ。
だがシンプル故に強い。
この触手には、触れた生命の生きる力を吸い取る機能が備わっている。
触れれば即死。
その攻撃を、宇宙空間から行うことができる。
こうやってヨグは、様々な星の命を吸い、死に絶えた星へと変えていったのだ。
「ーーーー」
今回も、楽な仕事だと思われた。
なにせかつて自分を唯一苦しめた存在が、今回は味方側にいるのだから。
あの【勇者】がいないのであれば、自分も、そしてもう1柱も負けるわけがない。
ヨグの触手は、どんどんと広がっていく。
やがてそれは、星をまるごと、覆い尽くす。
緑の触手が、美しく青い星を、完全に覆い被さった。
勝った。
ヨグは勝利を確信した。
さて、あとは生命力を、じっくりゆっくりと吸い尽くそう。
そう思っていた、そのときだ。
「ーーーー」
なんだ。おかしい。
まるで、命を吸い取れていないのだ。
確かに触手はこの星すべてを覆い尽くした。
触れている命を吸収することは可能なはず!
「どこ見てやがるんだ」
バッ……! とヨグは、背後を見やる。
そこにいたのは……。
「ミクトラン……?」
思念波ではなく、久方ぶりに、口から声が出た。
そこにいたのは、かつてヨグたちを死に至らしめた、最強の勇者。
ミクトラン……では、なかった。
「アイン……レーシック……」
だが、二人の姿が、完全に重なった。
霊装を身に纏うアインの姿は、完璧に、在りし日のミクトランとうり二つだった。
「なぜ……生きてる……?」
「そりゃおまえが見当違いの方向を攻撃してたからな」
「けんとう……ちがい……?」
そこでヨグは気づいた。
アインの背後に、あの青く、美しい星の姿があったのだ。
「なぜ……喰らった……のに……?」
「俺が見せた幻術だ。おまえは、俺が作った幻の星を本物と見間違えて、攻撃したんだよ」
ヨグは、愕然とした。
「ありえない……あの星には……生命がいた。生命の……脈動を……かんじた。ほんものだ……」
『霊装でピナの能力を強化し、数億いる生命ひとつひとつを再現してみせた。それほどまでに精巧な幻術を作り出すとは。さすがアインじゃ』
ヨグは戦慄した。
この男は、そんなおとぎ話みたいなことを、可能にするだけの力をもっているだなんて。
「なんて……ことだ。おまえ……化け物か……?」
「もう、化け物に化け物っていわれるの、慣れたよ」
アインは聖剣を手に取る。
「どうする? 降参するか? できれば俺は無駄な争いはしたくない」
ぶわっ……とヨグは汗をかいた。
そこにいないはずの【勇者ミクトラン】と、鑑定士アインの姿が、完璧に重なった。
ヨグの体は、頭から足の先に至るまで、恐怖で叫んでいた。
この男と戦っては駄目だ。殺される。
何世紀も前に感じた、初めて誰かに殺されるという恐怖。
それが、アインの実力を知った瞬間、思い出したのだ。
「星狩りとしての……矜持がある。逃げるわけには……いかない……」
ヨグは、アインめがけて、全触手を向ける。
それは雪崩なんて生やさしい表現では足りない。
巨大すぎて、常人は認識することもできず、飲み込まれて死ぬ。
その一撃を……アインは。
聖剣を構え、冷静に振るった。
パリィイイイイイイイイイイイイン!
「ぐ、ぐあぁああああああああああ!」
触手が、弾かれたのだと気づくのに数十秒かかった。
自分の伸ばした触手群、そのすべてが、凄まじい力によって逆方向へと弾かれたのだ。
「なんて……パワー……。規格外……すぎる……」
体が後方に全力で吹き飛んでいく。
ぐんぐんとあの青く美しい星が、遠ざかっていく。
「いやだ……あの星を……食べたい……!」
銀河の彼方へと吹き飛ばされながらも、ヨグは触手を星へと伸ばす。
「無駄だ。あの星に、手出しはさせない」
アインの体に、精霊の光が集まっていく。
光の数は、5つ。
やつは5体の精霊を、霊装として身に纏ったのだ。
それだけじゃない。
「ミクトランの力……感じる……」
アインの体から、かつての最強勇者の力を、ハッキリと感じた。
外なる神たちは、ミクトランの細胞を元にしている。
鑑定士の剣には、倒した相手の能力を奪う能力があったはず。
だから、今のアインは、外なる神を超越する力を得ていた。
全盛期のミクトランを、超えるほどの力を奴は持っている。
「もはや……アイン……この世界の原理から外れた……規格外の……存在となった……」
アインは聖剣を振りかぶると、強烈な一撃をお見舞いしてきた。
ズバァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアン!
聖剣の放つ輝きに飲まれながら、ヨグは後悔した。
食欲を優先せず、あの化け物から逃げてれば良かった……と。