185.鑑定士、変身能力持ちの四天王と戦う
シュブ=ニグラスを討伐してから、数日後。
ジャスパーの屋敷にて。
「やぁ、少年」
俺の部屋に、大商人ジャスパーが入ってきた。
ソファに座る俺の隣に、彼女が腰を下ろす。
「最近すごい活躍しているみたいじゃないか」
「…………」
「どうしたんだい? 無視とは酷いね」
ジャスパーが俺の腕に抱きついてくる。
大きな乳房が、腕に沈んでいく。
「なぁそろそろ私との結婚、本格的に考えてくれないかな? 私は十分、君に尽くしたと思うのだがね」
ぐい……っとジャスパーが顔を近づけてくる。
潤んだ瞳は美しく、ふわりと鼻腔をくすぐるのは、南国の花を想起させる甘い匂いだ。
「ああ、そうだな……」
ジャスパーが嬉しそうに笑い、唇を近づけてきた……そのときだ。
「おまえが本物だったらな」
俺は聖剣を取り出すと、ジャスパーの喉元に突き刺した。
「うぎゃぁあああああああああああああああ!」
ジャスパーは俺を突き飛ばすと、地面に転がる。
「なにをするんだぁ!? 私はおまえの恩人なんだぞ!?」
「ジャスパーは確かに恩人だ。が、それはおまえじゃない。おまえは誰だ?」
俺はジャスパーもどきを見て言う。
「お得意の鑑定能力を使えばいいだろうが!」
「鑑定能力を欺くほどの擬態能力を使うんだろ、おまえ?」
「なっ!? なぜわかった!?」
ジャスパーもどきの姿が、泥のように解ける。
それは水銀のような、てかてかした、金属っぽい液体となる。
やがて水銀は別の肉体へと変化する。
そこにいたのは、ジャスパーとは似ても似つかぬ、銀髪の幼女だった。
「鑑定はできなかった。が、千里眼でジャスパーが俺を殺す未来は見えた。ジャスパーがそんなことするわけがない。だから攻撃した」
「そんな……もし。ほんとう。ジャスパー。だったら?」
「ありえない。俺は彼女を信頼している。そんなことする人では決して無いからな」
「しんらい……。そんなあやふやなもので。【にゃる】が一撃食らうなんて……みとめない!」
ニャルは両手を大剣に変える。
ジャスパーもどき襲撃が未来視できた時点で、屋敷からは全員退去させている。
「にゃる。【ニャルラトホテプ】。外なる神が1柱! おまえごとき。人間。まけない!」
だっ……! とニャルが俺めがけて走ってくる。
霊装を身に纏い、俺は応戦する。
ニャルが大剣を、俺に向かって振り下ろす。
『……アイン君。剣でガードは駄目。水のように形を変えて斬りつけてくるわ』
アリスの助言に従い、俺はバックステップでニャルの攻撃を躱す。
「くそっ!」
ニャルが連続して、両手の剣で俺に斬りかかってくる。
ブンッ……!
スカッ!
ブンッ! ブンッ!
スカッ! スカッ!
「なんで! どうしてあたらない!」
「おまえの攻撃は全部この目が見切ってるからだよ」
ニャルは俺から距離を取る。
両腕を触手へと変形させる。
無数の触手の先端には、刃がついていた。
「どうやら擬態というか、変身能力を持っているようだな」
「しね! 刃の嵐。のまれてきえろ!」
ニャルが触手を高速で動かす。
ビョォオオオオオオオオオオオオ!
嵐となって、周囲となったすべてを粉々にしていく。
俺は剣ではなく、右手を前に出す。
「カノン。念動力だ。やつを吹っ飛ばすぞ」
カノンを二重霊装。
俺は見えない衝撃波を、ニャルめがけて放つ。
ドガァアアアアアアアアアアン!
ニャルはジャスパーの屋敷の壁を破壊し、王都の外まで吹き飛んでいく。
郊外の草原に、ニャルは膝をついて、荒い呼吸を繰り返していた。
「はぁ! はぁ! なんで! 鑑定能力! つかえない! なのにどうして【死毒】をみぬいた!」
やはり触手の先端には毒が塗られていたみたいだ。
「能力じゃない。経験則だよ。おまえは搦め手を使う奴だからな。毒くらいは用意しててもおかしくない」
『おぬしには数え切れない強敵と戦ってきた戦闘経験がある。たとえ鑑定能力がきかぬとて、蓄積された知識から相手の能力を推察できるとは。さすがじゃアインよ』
ふらり……とニャルが立ち上がる。
「ニャルは……負けない! こうなったら……奥の手つかう!」
「降参した方がいい。擬態して俺を暗殺しようとした時点で、力で俺に劣っていることがわかりきっている」
「たしかに。にゃる。四天王のなか。いちばん。ひりき」
ニャルが俺を見て、にやりと笑う。
「でも。おまえになれば、ちがう」
「俺になる……だと?」
幼女の体が、水銀となってドロドロに溶ける。
それは一度水たまりとなり、別の形へと変化する。
そこにいたのは……。
「……俺か」
「そう! おまえに擬態した!」
霊装状態の、アイン・レーシックが、俺の眼前にいる。
その手には聖剣が握られていた。
「にゃる。能力。【完璧なる擬態】! 相手の情報を完璧にまねる!」
「なるほど。ただ外見を変えるだけじゃなくて、霊装化した俺のステータスすらもコピーできるという訳か」
俺の顔をしたニャルが、邪悪に笑う。
「そう! おまえ! 自分の力! 自分でやられろ! 死ねぇ!」
ニャルが俺めがけて特攻してくる。
なるほど、霊装を身に纏っているためか、なかなかに早い。
「まぁ、問題ない」
俺はニャルの起動を千里眼で見切り、やつの剣を、攻撃反射する。
パリィイイイイイイイイイイイン!
「うわぁああああああああああ!」
ニャルが凄まじい早さで、上空へとすっ飛んでいく。
俺はやつのもとへと飛翔する。
「馬鹿な!? おまえと同等。速度。威力! なぜ見切れる!?」
「俺の目はすべてを見切る神眼。たとえ相手が俺であっても、動きは見きれる」
「く、くそぉおおおおおおおお!」
ズバンッ! ズバンッ! ズバンッ!
ニャルは強烈な斬撃を繰り出す。
だが俺はすべて避け、あるいはパリィした。
「完璧におまえの力コピーした! なぜおまえにはおまえの攻撃がきかないんだよぉ!」
「簡単な理屈だ。おまえは俺のうわべだけをコピーしただけだからだ」
『そうか。ニャルはアインのステータスと能力をコピーした。だがそれらを使いこなせていないのじゃな』
「そういうことだ。ニャル、おまえの動きはハッキリ言って素人以下だ」
『いくらアインの超越した能力を持とうと、それを操るニャルの腕が劣っていれば負けるのは必定。それをわかっていたのじゃな。さすがじゃ』
ギリ……っとニャルが歯がみする。
「ちっくしょぉおおおおお!」
ニャルが聖剣を上段に構えて、単純に振り下ろそうとする。
「聖剣はそう使うんじゃないんだよ」
俺は霊装によるエネルギーを、すべて聖剣に込める。
極光の輝き放つ刃を、ニャルめがけて振り下ろした。
ズバァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアン!
光の奔流に飲み込まれ、ニャルは消滅したのだった。