184.鑑定士、影使いの四天王と戦う
俺が影の巨人を、虚無の力で消し飛ばした、数分後。
王都郊外にて。
目の前に、人間型の女魔神が現れた。
『【シュブ=ニグラス】。魔王四天王の一人。魔神じゃが、そのステータスは先日の神とは比べものにならぬ。影を使い、眷属を作り出したり、攻撃したりする』
ウルスラがすぐさま、鑑定能力で、相手の情報を教えてくれる。
俺はユーリを霊装した状態で、シュブと相対する。
シュブは一見すると、普通の女性に見える。
着物を着て、側頭部からは【山羊の角】を生やしている。
「ハッ! なぁんだ。間近で見ればただの非力な子供ではないでありんすか。わらわは、何を怯えていたのでありんすえ」
ふぅ……とシュブは深呼吸する。
余裕ある笑みを浮かべて、シュブは言う。
「わらわはシュブ=ニグラス。ミクトランの細胞から作られし、【外なる神】の1柱でありんす」
「そとなるかみ、ってなんだ?」
「文字通り、この世の理から外れた神のこと。今までおぬしが相手してきた雑魚とは比べものにならないと思った方がいいでありんすえ」
確かにやつらとは、比べものにならないくらいのプレッシャーは感じた。
「小僧。今すぐにその場で這いつくばり、わらわに命乞いをしなんし。そうすれば、苦痛無く殺すことを保証するでありんす」
「おとなしく殺されるつもりはない」
「ハッ! まさかと思うが、たかが人間の分際で、外なる神であるわらわに、このシュブ=ニグラスに勝てるとでも、よもや本気で思っているのでありんすえ?」
「当然だ。誰が相手であろうと、俺たちに危害を及ぼす敵は排除する」
「まったく、わらわの慈悲をむげにするとは。やはり人間とは愚かで非力な存在でありんす。彼我の圧倒的な実力を計り知れぬとは……なんとも、哀れでありんすなぁ」
シュブが両手を広げる。
「死ぬ間際になって気づくのでありんす。己の相手にしている人物が、どれほど強いものであったかを!」
『アイン。くるぞ。影を使った眷属を召喚し、おぬしに襲わせるつもりじゃ』
ずぉ……! とシュブの足下に、影が広がる。
影は沼のように粘性を帯びていた。
沼のなかから、巨大な【ヤギ】が出現する。
正確に言えば、黒い触手が幾重にもかさなり、ヤギの形を取っていた。
影のヤギは全部で1000体。
『アインよ。どうやらあの山羊、1体だけで主神ゼウスを超える能力を持っているようじゃ』
「我が愛しき山羊の子らよ。愚かなアインを殺しなんし」
シュブは優雅に、俺に向かって手を向ける。
影山羊たちは、この世のものとは思えないような、金切り声を上げる。
「ほう、山羊の鳴き声は常人ならば聞いただけで即死、よくて発狂するのでありんすが、それを耐えると。存外やるようでありんすえ」
「山羊の鳴き声程度で死ぬわけがないだろ。そんなこともわからないのか?」
「……調子に乗るなよ羽虫が! 我が子らよ! 彼奴を踏み潰せ!」
シュブが命令すると、山羊のが、いっせいに俺に向かって走り出そうとする。
「なんだ、やるのか?」
ビタッ……!
「や、山羊が動きを止めた……? 奴は何もしてないのに……い、いったいどんな攻撃を!?」
「何もしてねえよ。びびったんじゃないか?」
「そ、そんな馬鹿な! おい貴様ら! 何をこの程度のガキにびびっている! 殺せ!」
親の命令に、しかし子供である山羊たちは従わない。
それどころか、ジリッ……と後退しはじめた。
「貴様らぁ! こんな人間ごときに恐れをなすなんて! それでも外なる神のうみし子供か!」
だがいくらシュブが怒鳴っても、山羊たちは俺に襲いかからない。
「攻撃しないのか? じゃあ、こっちからいくぞ。テレジア」
『おおせのままに……アイン様♡』
俺はテレジアを霊装。
「アリスも力貸してくれ。範囲攻撃だ」
俺はユーリ、アリス、そしてテレジア。
3人の精霊たちを身に纏う。
「いくぞ、山羊ども。【死ね】」
その瞬間……。
ずぁあああああああ………………。
山羊たちが突如として、塵となって消えていったのだ。
「ば、馬鹿な!? 相手は何もしてないのに!」
「テレジアの能力は視界に入っている生物に、強制的に言うことをきかせる。それを霊装で強化し、この場にいた全員を殺した」
「し、しかし山羊は1匹でゼウスを超える能力を持つ。それを言霊で殺せるはずがない……!」
「俺は神を11柱取り込んだことで、さらにパワーアップしてるんだよ」
結局主神ゼウスとは戦わなかったが、今の俺なら余裕で倒せる。
それくらいまでに、俺はパワーアップしていた。
「そんな……わが眷属のなかでも最強の能力を持つ影山羊を殺すなんて……」
シュブが愕然と、その場に膝をつく。
「影巨人を殺したときより明らかに闘気量が増えている……こんな桁外れの力は感じなかったのに……」
「最初から全力を出すわけ無いだろ。ピナの幻術を応用して、あえて力が弱いように見せてたんだよ」
アリスの未来予知を使い、敵襲があることはわかっていた。
強敵の襲撃は予想の範囲内。
だから俺は、街に虚無の防御結界を張るなど、いろんな策を用意しておいたのだ。
「なんてやつだ……人間を超えた強さをもちながら、相手を決して侮らず策を巡らせる高い知能を持つなんて……」
シュブが戦慄している。
俺は聖剣の切っ先を向ける。
「実力差を見誤ったのは、おまえのほうらしいな」
「くっ……! くそ! だが……ここで貴様は終わりだぁあああああああ!」
そのときだ。
シュブの影が広がる。
俺の足下に彼女の影の沼が出現。
どぷん……! と俺の体が、沼の下に沈む。
「わが影の沼は底なしの毒沼よぉ! さらに!」
沼のなかには、俺を取り囲むように、数え切れないほどの眷属がいた。
影の巨人だけでなく、影山羊も。
遙か遠くに広がる影の世界で、無限ともいえる数の眷属たちが俺に敵意を向けてくる。
「そこは決して脱出不可能な影の領域! おまえは死ぬまで眷属たちを相手に戦い続けるんだよぉ!」
四方八方から、敵が押し寄せる。
確かに、1匹ずつの力はたいしたことない。
だがこの物量で、休まず攻められては……。
「まあ問題ないがな」
俺は聖剣を取り出す。
「ユーリ。クルシュ。マオ。アリス。……いくぞ」
俺は4人の精霊を身に纏う。
四重霊装。
聖剣を持ち上げて、そして勢いよく振り下ろす。
ズバァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアン!
周囲にいた敵は、千里眼と虚無の範囲攻撃で、全滅。
強化された浄眼は、俺を閉じ込める影の領域を浄化。
そして空間を引き裂く斬撃によって、俺は外に脱出することができた。
斬撃は外にいたシュブをも斬り殺していたらしい。
『さすがじゃ、アインよ。敵は恐るべき強さを持つ四天王じゃった。だがそれを撃破するとは。見事じゃ』




