183.四天王、人々を絶望させようとするが失敗
鑑定士アインを含めた、人間たちの暮らす世界を【人間界】という。
魔族たちの世界【魔界】は、人間界へと侵攻を開始した。
両世界を阻む次元の壁は、四天王【ヨグ】によって破壊された。
魔王城の屋上にて。
「くふ……くふふふ……♡」
魔王四天王の一人【シュブ】。
はだけた和服が特徴的な女の魔神だ。
彼女は口元を押さえて笑う。
だが口の端は耳のあたりまで引き裂かれていた。
「ああ……楽しみでありんす。わらわの生み出した【子】たちに怯える、人間どもの恐怖の感情が……♡」
シュブはうっとりとした表情を浮かべる。
「シュブ。よだれ。きちゃない」
その隣には、ゴスロリ服を着た幼女が立っている。
「仕方ないでありんす、【ニャル】。久しぶりにおなかいっぱい、食べられるのだから」
「にんげん。恐怖。絶望。マイナスのかんじょう。シュブ。しょくりょう。……しゅみわるい」
うげっ、とニャルが言う。
「そうでありんす? おぬしのように、人間を頭からバリバリむさぼるよりかは、上品だと思いんす」
くすくす、とシュブが上品に笑う。
「にゃる。じょうひんだもん」
ぷくっとニャルがほおを膨らませる。
「まぁまぁ。ではそろそろ、子供たちの様子を見るとしなんし」
シュブの影から、ごぼ……とヘドロの泡のようなものが立つ。
彼女の影は、沼のようになっていた。
そこから大量の【カラス】が湧き出る。
影のカラスだ。
無数のそれらは、人間界の各地へと飛んでいく。
「シュブ。【能力】。べんり。うらやましー」
「ふふっ。どうもありがとう。……さて、世界中に散らばった影のカラスは、【親】であるわっちと感覚を共有している」
にちゃ……とシュブが邪悪な笑みを浮かべる。
「愚かで脆弱な人間どもが、わらわの産んだ【子供】たちに恐怖し、絶望する姿を、全身で感じ取ることができるのでありんす……」
三日月のように大きく歪んだ口元から、大量の唾液がボトボトと落ちていく。
「シュブ。まだー。はやく。にんげんども。くいたい」
「あなたが食った後にはチリ一つ残らない。そしたら恐怖の感情がなくなる。だから食事の順番はわらわ、おぬしの順だと決めたでありんすえ?」
「ちぇー。はやくたべたい。ごはんたべたい」
不満そうにニャルがつぶやく。
「さぁて……絶望に震える、新鮮な恐怖の感情。いただくとしますえ……」
シュブは影カラスと視覚を共有。
「手始めに獣人の国の様子でもみなんし。泣き叫び狂い出すケダモノたちの姿は、極上の一言……って、んん?」
そこで、シュブは気づいた。
「おかしいでありんす……」
「シュブ。どーした?」
「誰からも、恐怖の感情を、吸い取ることができないのでありんす?」
カラスの映像を見やる。
獣人の街の一つに、注目する。
「なっ!? こ、これはいったいどうなってるのでありんす!?」
「まちに……結界?」
街一つを覆うような、巨大な結界が張られていた。
それによって、シュブの作り出した化け物たちは、足止めされているのである。
「あ、あり得ない……。子供らはわらわと比べて力は弱いが、しかし上級天使相当の力を持っているんでありんす! それが大群として押し寄せてるのに、なぜ結界はびくともしないんでありんすえ!?」
影の沼から作られし化け物たちは、光の結界を前にただ立ち尽くしているだけだ。
「どーした? シュブ。手。かすか?」
「ふ、不要でありんす! 子供たちよ、合体しなんし!」
化け物たちは体をドロドロに溶かす。
それらは混ざり合い、1体の影の巨人を作り出した。
凄まじい大きさだ。
山が小石のように見える。
「さぁ、目障りな結界を破壊しなんし! 神と同レベルの力を持つおぬしなら、たやすくぶち破れるはずでありんす!」
影の巨人は親の命令に従い、腕を大きく振りかぶる。
ぐぉっ……!
どごぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおん!
「少々驚いたでありんすが、所詮は人間の作り出した脆弱な結界。外なる神の力を前に無力でありんす」
ふふ……とシュブは余裕たっぷりに笑う。
「シュブ。きょじん。しょうめつした」
「はぁああああああああああああ!?」
さっきまでの余裕はどこへやら。
シュブは目玉が飛び出るほど、大きく目を見開く。
「そ、そんなありえない! 攻撃を防ぐどころか、攻撃した巨人を、いったいどうやって消し飛ばしたというのでありんすか!?」
シュブは攻撃の瞬間を捕らえた、カラスの記憶を再生する。
巨人の腕が結界に当たる。
その瞬間、巨人が跡形もなく、消し飛んだのだ。
「これ。鑑定士。のうりょく。虚無」
「馬鹿な!? 結界に虚無の能力を付与したというのでありんす!? そんな芸当、たかが人間ごときにできるわけがありんせん!」
ぶんぶん! とシュブは頭を振り乱す。
「シュブ。てだすけ。する?」
「不要だと言ってるでしょう!? なに!? わらわを馬鹿にしてるのでありんす!?」
「そーじゃない。えきどなさま。せりふ。おもいだして」
ニャルは真剣な表情で、シュブに言う。
「鑑定士。つよい。あなどったら。あしすくわれる」
「ふざっけんな! このわらわが!? ミクトラン様の細胞を元に作られた、最強の存在であるわらわが、人間ごときにやられると言いたい!?」
「そーじゃない。そーじゃないよ。おちついて」
「黙れ小娘! ちっくしょうなめやがってぇえええええええ!」
シュブの瞳に明確な怒りの炎がともる。
「こうなったら……もっとだ! もっと合体するのよ!」
影の巨人が10体出現。
それらがくっつき、混ざり合う。
圧倒的な大きさの巨人へとなる。
雲を突き破り、見上げてもその全貌が見えない。
「くそっ! ふざけるな! ふざっけるなあ!」
視線を向ける先には、獣人たちの街がある。
ぎり……っと歯がみする。
「なぜ!? 誰一人として、恐怖しない!?」
と、そのときである。
「来たぞ! アイン様だぁ!」
獣人の街から、鼓膜が破れそうになるほど、大きな歓声が上がる。
街の上空に、1人の小柄な少年が現れたのだ。
「我らが英雄がやってきたぞー!」
獣人たちは皆笑顔で、アインに手を振っている。
希望に満ちた表情を浮かべていた。
「すごい。だれも。アインがまけること。かんがえてない」
「なめやがって! 踏み殺せ、影の巨人よ!」
超大型の巨人が、足を振り上げた、そのときだ。
アインの髪の毛に、赤いメッシュが入る。
彼は右手を前に突き出す。
目が、赤く輝いたその瞬間。
ボシュッ……!
「し、信じられない……きょ、巨人が……跡形もなく消し飛んだ……だと……」
瞬きする間もなく、アインの手によって、我が子は殺されてしまった。
「あやつは……化け物なのか……?」
「きかくがい。つよさ。にんげんじゃない」
四天王たちは、戦慄したのだった。